【BL】第五王子様は昔の「約束」を守りたいようですよ?

大外内あタり

第一話 第五王子は寝坊したいようです

 レゼンの朝は暗闇から始まって、手を伸ばし暗幕を開けてから太陽に照らされ、一番先に見える青っぽい銀髪で始まる。

 ありがたくも、この十八年間を生きてきて体内時計は正確な時間を刻んでくれた。

 のも、この隣で、くーくー寝こけているヤツのおかげである。

 気づいたら人の隣で寝るコイツは、少しでも惰眠をむさぼろうとベッドの暗幕を、全て閉じ、朝の陽光が入らないようにするのだ。

 それが何十年。

 日の光が入れば、コイツも自然に起きる。

 濃い青のアクアマリンのような瞳を開けて、


「もう、あさぁ?」

 ラズリルは目を擦りながら、はだけた服を直そうともしない。

「ああ」


 短く答えるが、ラズリルはすり寄ってくるので、レゼンは「ダメだ」と突き放す。

 人で暖をとって寝ようとするので、起き上がり、突き放されて仰向けになったラズリルを同じく起こした。

 ふわぁあとあくびをしながら、勘弁したように大きなため息とともに起きてくれた。勘弁したいのはレゼンもそうなのだが、もう何十年と過ごしている事に、今さら止めてくれとは言えない。

 最初は言っていたが、頑として譲らないラズリルにレゼンは負けたのだ。


「ほら、起きろ」


 ベッドから降り、すべての暗幕を柱に結びつけると「なぜか」置いてあるラズリルの服を確認してから、まだベッドの上でふらふらしているラズリルを引っ張り、服を着せてやる。

 いつもの白を基調とした金糸が踊る前ボタンを胸元までつけて、首回りは詰め襟でフックをひっかけ、ズボンも履かせてやると介護しているみたいだとレゼンはため息をついた。

 最後には靴を履かせ、ベッドの端に転がしておく。その間にレゼンは同じ白を基調とした赤が踊る糸飾りの服に着替えていれば、しばらくして扉がノックされ、いつも通りの使用人たちが「はいってもよろしいでしょうか」と聞いてくる。


「はい」

 とレゼンが答えれば、静かに家令のロプレトが他の使用人を従えて、水桶を持って入ってきた。


 使用人にタオルをもらい、水桶に一度浸けてから絞る。

 それでレゼンは自分の顔を拭いた後、別のタオルを貰い、同じようにして今度はラズリルの顔を拭いてやる。

「うにゃあ」とか言うが、ごしごしと拭いてやり、朝は済んだな、これで終わりだとサイドテーブルの光り時計を見て青ざめた。


 朝食の時間に三分遅れている。

「どっ……あっ……えっ!」

 戸惑う時間が数秒、レゼンはラズリルの手を引いて、

「すみませんっ、あとを任せます!」

 駆け出した。


 ここでのルールその一、朝食は城にいる王族、全員で。

 体内時計が狂ったか。そういう後悔はあとだ。今は食卓についているだろう、国王陛下たちとラズリルの兄弟たち。


「んー、なんで走ってるのお」

「朝食に遅れてるんだよ!」


 実を言えば、二人は遅刻をするのは初めてじゃない。初めてじゃないから焦っているのだ。

 遅刻して口を酸っぱくされているのはラズリルだが、その世話係みたいな関係に、なっているレゼンは、できるだけ遅刻したくない。


 王族の食卓という人質という立場なのに、そこの席に加えてくれる両陛下には頭が下がらないのだ。

 そうレゼンは人質。

 隣のハルタ国から、このラズリルがいるシャリュトリュース国に差し出された人質なのである。


「ほら! 早く歩け!」

「ごはんなんて、あとでいいよお」

「ばかっ」


 食事より睡眠を所望するラズリルをレゼンはなじりながら、食事の間の扉を開く。

 もうそこには国王、王妃、珍しく第一王子と第二王子の四人が席に着いていた。

 ひくり、と口角が痙攣する。


 いつもは国王ロンダルギアと王妃キャト・リューズだけなのだが、いつもギルドの魔物討伐でいないことが多い第一王子のバウンド、そして国立研究所で引き籠もりの生活をしているはずのリーヴの二人がいた。


「よお、お寝坊さん」

 ロンダルギアとキャト・リューズは慣れているので、少しため息をつく。

 お寝坊と言ったのは第一王子のバウンドだ。

「誠に申し訳ありませんっ」


 せっかく、あまり食事を共にしない二人がいる時に寝坊するなど……とレゼンは、頭を下げ、ラズリルにも頭を下げさせる。

「はっはっはっ」

 バウンドは豪快に笑い、眼鏡をあげながらも表情の硬いリーヴは、

「久しぶりに、と思いましたのに。お前たちは」

 呆れられた。


 キャト・リューズの隣にラズリルを座らせて、その隣にレゼンが座ると、まっていましたと言わんばかりにロンダルギアは祈る。


「こんにちも穂が揺れ、生きるものたちが尊ばれ、心は民と共に、手と足に感謝致します。我らはシャリュトリュースのために」

「シャリュトリュースのために」


 同じように手を組んだ全員が唱える。

 一種の儀式だ。レゼンが何千回と唱え、すべてに感謝することが、できることが、なんと幸せなことか知っている。


 王族は、決して王族のためにいるわけではなく「民」を導くのためにいるのだ。

 ここで暮らし始めてから、初めて習ったのは、その気持ちである。


「うぅ、ねむい」

 食事も質素で、サラダにスープ、肉料理、または魚料理にパン。言葉だけならいい暮らしと言われるだろうが、レゼンの中の王族のイメージは自国を思い出させる。


 サラダを作ったのに食べず、スープは牛の乳を使ったもの、毎日ソースがかかった肉料理を食べて、とても柔らかいパンを食べた。

 無駄にキラキラした指輪や腕輪に首飾り、整えた髪に豪奢な宝石飾り。よく悪口を言う父と母。乳母に任せっきりの双子の弟たち。黙っている自分は異常だったかもしれない。


 久しぶりに思い出したなとレゼンは思いながら、ねむいと言ったラズリスを見た。

 とりあえずナイフとフォークを持ちながら、もそもそと食べている。

「夜更かしでもしたのですか」

 キャト・リューズの瞳がこちらを向いた。

 ラズリルはラズリルで「ううん」と言って濃い青の瞳を自分の母親に向けて、首を振る。


「なんか眠いんです」

「春先だもんなあ、眠くなるのはしょうがねえ」

 応援とはいかずもバウンドが大きな口を開けて肉を食べた。

「バウンド兄上、ラズリルの寝坊は、今に始まったことではありませんが、ここのところ、酷いんです」


 レゼンは「兄」と呼び、バウンドの言葉を否定する。


「なにかの病気じゃないだろうね?」

 次に尋ねてきたのは父のロンダルギアだ。

「それも。コイ……ラズリルは俺の時計に細工までして寝坊しようとしたんですよ」

 ラズリルは微笑み、

「だって、たくさん寝たいでしょ?」と答えた。

「大丈夫です。病気じゃないです」

 答えにレゼンは呆れたように横を見る。


「いい歳なのですから、しっかりしないといけませんよ」

 リーヴの声に、やっと起きたのかラズリルは目を見開いて、

「あれ、バウンド兄さんとリーヴ兄さんだ」

 今、気づいたと言わんばかりの声を出して二人を呆れさせた。


 食事は互いの近状を伝え合いつつ、進み、終わりの水を飲みながらリーヴが本題だと言わんばかりにバウンドに朱の瞳を向ける。

「それでバウンド兄上は食事の席に私を呼んでおいて「何もない」はないでしょう? 父上も母上もいるのですから」


 言葉にバウンドは笑い「そう急かすな」と返す。

「なにかあったのか」

 ロンダルギアは民思いの人間だ。

 バウンドがしていることを思えば口にする。


 そう、この長兄は王族の身でありながら「武」を極めんと、日々、国中に出る魔物退治に精を出しているのだ。長兄でありながら、だ。

 本人が決めたことに陛下たちは反対しなかった。

 油断をすれば死に至るかもしれないのに「やってみろ」と逆に言ったのである。

 今も身分を隠しつつ、日々の生活全てを国中の洞穴や森に出入りして魔物の動向を見ているのだ。


 逆にリーヴは引き籠もりだ。

 昔から歴史や骨董に魔術など、机に向かうものであればなんでも好きである。

 それがたたったのか、リーヴは国が所有するもの全ての役職の総まとめ役を務めていた。

 これも陛下たちは「やってみろ」と言ったのである。


 なので、この正反対な第一王子と第二王子が、滅多に顔を合わすなんて、国王や、王妃の誕生日ぐらいだろう。

「父上の耳にも入れておきたくてさ。こっから東のーちょっと西くらいか、新しい洞穴を見つけた。どうも、この間の激しい雨季の時に土砂崩れを起こして出てきたらしくてな」


 レゼンは、隣のラズリルの顔を見た。

 爛々として十六の男児は冒険を楽しんでいることだろう。


「元々塞がれていたところだから、空気毒はあるかもしれないし魔物はいない、てぇ話だったんだが、どうも洞穴の中で独自の生態系や進化してたらしくてな。なら空気が入る場所があるってんで、うちのギルドの斥候を多めに派遣したんだよ」

「それに私が関わるのですか? そのようなことは兄上の」

「まあまあ、聞けって」


 バウンドはコップの中の水を揺らしながらせっかち気味の弟を制して続けた。

 なんでも大体の魔物は大きく育ち、岩などはしっかりしており、何人かで討伐任務として訪れても平気そうなものである。しかし、問題は空気の出所だった。

 斥候の情報では、青く染まった湖があり、それを背景にして何かの文字が書かれた

一枚岩があったと言う。


 意味ありげではあったが文字は国のものではなかった為、分からずとこっからが、とバウンドが続ける。


「湖に巨大な魚がいたんだよなあ、これが」

 聞いただけにはなるが、四メートル以上はありそうな魚が牙を剥き、顔を出して、斥候たちを襲ったのだと言う。

 少数精鋭もあり、手慣れた斥候たちは、すぐさま引き返して事なきを得た。


「で、お前の専門だろ?」

 とバウンドはリーヴを見る。

「なるほど。見たことのない文字が書かれた石碑というところですか」

「兄さん、なにかの発見だったりする?」


 すっかり目が覚めたラズリルが二人の兄に向かって聞く。

 最近は仕事詰めだったので、この手の話は心に効くらしい。

 同じくラズリルの側近行為をしていたレゼンも、この手の話が嫌いという訳じゃない、むしろ好きなくらいなのだが、隣と一緒に爛々する訳にもいかないので、口を一文字にして冷静です、と装っていた。


「まあ、まだ誰も手を加えてねぇ場所だからな。慎重にならねぇと。だが、石碑なんてあった日にゃぁ、弟を使うしかないだろ? 弟想いなにぃちゃんだからな」

「使うという言葉が引っかかりますが、まあ、兄上が猪突猛進と石碑を壊さなかっただけ、世の進化があるというものです」


 そこにキャト・リューズが二人を見ながら目を光らせる。

「安全が一番というもの。それができるのですね?」

 強さにバウンドとリーヴは、一回呼吸を止めてから「できます」と答えた。

 母の強さというかキャト・リューズは、いつも、

「できるか、できないか」「やるか、やらないか」を口にする。

 自由を尊重しつつ締めるところは締める、まさしく母親然とした女性だ。


「僕も行きたいなあ」

「お、一緒に行くか? たまにゃぁ剣を振るわなきゃぁ鈍っちまうもんな」

 ラズリルが口にすれば嬉しそうにバウンドは返す。

 それにレゼンは、残念という気持ちを隠しつつ断った。


「今、オルーチ村に水を引く計画が上がってまして、その調整が上手くいっていないんです」

「なんでも米っていう異国の食べものを育てたい、ていうか村長が直談判に来たんだよねー。麦とかと同じで穀物で。でも、それを実行するには土地が必要だって」

「はい。その土地を作る為に木々の伐採、川からの水引きと大がかりで」

 決して税が足らないという訳ではない。


 他にはできないことをやってみたいという感情が強いのかもしれない。

 また米はできた実を加工し、麦と同じく長い間保管が可能で水と火で食べられるという。

 魅惑的な内容だが、それに見合う対価が必要というものだ。


 土地を開発するのに木々の伐採や水を引く為の水路を作る人間が必要だ。それを、国から出してもらえないかという話である。

 また土地によっては村との境界線上のこともあるし、森なら魔物がでるかもしれない。ようは問題が山積みで上手くいってないのだ。


 こういった仕事は国王の政務かと思いきや、国王の政務の三分の二はラズリルが、やっている。

 それはラズリルが王位継承権第一位。というか、継ぎ人であると決まっているからだ。


 第一王子バウンドは、己の「武」の為、ギルドや盗賊などの管理を、第二王子リーヴは「知」を極め、国の歴史や書物などの管理を、第三王子であるラシャは、ある日の舞踏会であった辺境伯の令嬢に惚れて、そのまま令嬢の実家で暮らし国境の統治をしているし、問題の第四王子のトバックは「世界を見て回りたい」と旅にでてしまっている。


 それぞれの能力が伴い、ラズリル以上は「大変でありながらも好きなこと」をやって生活しているのだ。


 だが、ラズリルが嫌々と政務をこなしている訳ではない。

 むしろ机に向き合ったり、現場に行くなど、行動力が強く、民からも「五の君」やら「第五さま」と言われたりしている。


 これで寝坊癖がなければな! とレゼンは思うのだが、このことをキャト・リューズは強く批判することはない。


「できることができている」「やるべきことがやれている」以上である。

 国王のロンダルギアは不安そうな顔をする時もあるが、妻がそうであると思っている以上のことはしないと決めているようであった。


 レゼンは、はと呆然していたことに気づき、こちらを見ているアクアマリンにため息をつく。

 これは「どうにかしてバウンド兄さんについていきたい」という目だ。


「あのバウンド兄上、その碑文というのでしょうか、そこまで安全に進むには、どれくらいの時間が必要でしょうか」

「んあ? お前とラズリルなら、今でも平気だろ? その開拓の問題が終わったら、すぐにでも連れて行けるぞ」


 そう言ってからバウンドは顔を顰めた。

「だがなぁ、新しい生態系ってのは、今の状態を壊す可能性ってのがあるからよぉ、その石碑を調べ終わったら、入り口を塞いじまおうと思ってる」

「えーっ!」

「まぁ、時間はあっから、そっちの仕事をちゃんとして終わるころにゃぁ道中の安全は保証されるってんだ。そっからの方がリーヴもいいだろ?」


 静かに聞いていた朱の瞳が開いて、こくりと頷く。

「その辺りの歴史や土師を一通り調べておきます」


 ここで話は締めくくられ、ロンダルギアが「今日も良い日になりますように」と、口にして各々は席を立った。

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