第三章 風景庭園と中庭の謎②
玄関からラウンジに場所を移し、アイリとウィリアムはソファに腰を落ち着けた。
マーサが二人のために、お茶と朝食代わりのサンドイッチを用意。その間に、アイリはサラを呼び寄せ、あらためてウィリアムを紹介してくれた。
「それじゃあ、アイリさまとペンブルック伯爵さまは幼馴染なんですね。そして元婚約者」
「そう。親同士が勝手に決めた、ね」
勝手に、の部分を強調して、アイリは答えた。
「なるほど。ところがお父上が亡くなったため、アイリさまは男爵家を継承することになり、伯爵さまとの婚約を解消した、と」
「ああ。そして婚約を解消したのが、たまたま結婚式の当日だったというわけさ」
アイリは何でもないことのように答え、用意されたばかりのカップに口を付ける。
「しかも式の真っ最中。誓いの言葉を交わす寸前に」
マーサがぼそりと小声で補足する。
「いや、危なかった」
「結婚式の最中に婚約破棄だなんて、どうしてそんな無茶を」
「仕方ないだろう。申請していた『特別継承権』が受理されたのが、たまたま結婚式当日だったんだ」
アイリは悪びれる様子も見せない。サラとしては頭の痛くなる思いだ。
「よく問題になりませんでしたね」
「いや、なったよ。何しろ三大公爵家の一つ、リッチモンド公爵家の跡取りの結婚式だからね。それは盛大だった。エルウィン島で一番権威あるモンテスキュー大聖堂で、王侯貴族がずらりと並ぶ中での婚約破棄だったからね。卒倒するご婦人が続出したくらいだ」
「ウエディングドレス姿で来賓のテーブルの上を駆け抜け、リットンの街に飛び出して行っちまった。あとは
「そうそう、あの時のアイリーンは美しかった。いま思い出しても、ボクの胸は高鳴る!」
ため息交じりのマーサの補足に、ウィリアム伯爵は嬉しそうに何度も頷く。
「大聖堂から抜け出した後は、馬車を奪って逃走したんだが、その道中でサラと出会ったというわけさ」
「あっ!?」
突然、記憶が繋がる。初めて出会った時のアイリは、確かにウエディングドレス姿だった。あれは結婚式から逃げ出して来たためで、都会の風習ではなかったらしい。ようやく腑に落ちた。
アイリは婚約を破棄し、式場を逃げ出した。ということは、婚約を破棄され、式場から逃げられたのはウィリアム伯爵ということになる。その時、ウィリアムはどうしていたのだろう?
サラはアイリの後ろに立つマーサに視線を送った。
「逃げ出す
「マーサ、そんなにボクを褒めるな。照れるだろ」
本当に照れくさそうに、ウィリアムは頭を掻く。初めて会った時から気付いてはいたが、かなり神経の太い方だ。
「大変だったのはその後さ。面目を潰されたリッチモンド公爵家の連中はもちろん、参列していた王侯貴族、威厳を汚されたモンテスキュー大聖堂からお叱りを受けた」
「要するにエルウィン中を敵に回したわけですね。よく助かりましたね」
アイリはあっけらかんと話しているが、どう考えても詰んでいる。この状況を、一体どう打破したというのだろう。
「一時はガーネット家を取り潰すという話も出ていたようだが、助け舟を出してくれる人が現れたんだ」
「誰です?」
「女王陛下、リッチモンド公爵、そして当事者であるウィリアムの旦那本人だ」
アイリに代わって、マーサがつらつらと上げていった名前に驚く。ある意味、一番怒っていてもおかしくないメンバーだ。
「アイリーンは女王陛下のお気に入りだ。それにガーネット家を継承出来たのも、女王の一声があったからと聞く。むしろ『特別継承権』の受理が、結婚式当日までずれ込んでしまったことを気に病んでみえたのかもしれないね」
「なるほど。女王陛下は負い目を感じておられたんですね」
ウィリアムの説明に、サラは大きく頷く。が、そんな二人をアイリはせせら笑う。
「気に病む? 負い目? そんな可愛げのあるようなお方じゃない。むしろこうなることを見越して、わざと式当日に受理を出したのさ」
皮肉に顔をゆがめるアイリ。我が国の行く末が心配にならないでもない、サラだった。
「な、なるほど。それで、ウィリアム伯爵さまは良かったんですか? アイリさまに、その、逃げられてしまって……」
最後の方は、声が小さくなってしまった。
「何を言っているんだい、サラ! 愛しい人が望むなら、結婚式の一つや二つ、どうということはないさ。それにアイリーンを妻として迎えるにふさわしいのは、ボクしかいないからね。だから、いつでも帰っておいでアイリーン! ボクの腕の中に!」
そう言って両腕を大きく広げるウィリアム伯爵。当然のことのように、アイリは虫けらを見るような目でそれを拒否した。
そんな二人を見ながら、サラはウィリアムの器の大きさに感心する。だが、同時にその器の底には、大きな穴が開いていることにも気付いてしまった。
(ウィリアムさまは、悪い人ではないです。でも、まともな人でもないんですね)
「ちなみに父上であるリッチモンド公爵も、この親にしてこの息子、といったお方だ」
マーサが的確な説明を加える。
「父もアイリーンが嫁に来てくれる日を、首を長くして待っているよ」
「公爵に伝えてくれ。その首が引きちぎれても、その日が来ないことを約束すると」
要するに、アイリを助けてくれた三人が三人とも、変わり者だということだ。だが、この変わり者三人により、アイリとガーネット家の命脈は保たれた。
「さて、くだらん昔話に興じていたら出掛ける時間だ。僕は着替えてくる。サラも準備をするように」
アイリはソファから立ち上がる。時計を確認すると、ハートフォート公爵のガーデンパーティーに行く時間が近づいていた。
「よし、ボクが着付けを手伝おう」
「来るな!」
二階へと上がっていくアイリとウィリアム。
「いつも、ああなんですか?」
「いつもああだ」
「意外と相性いいのでは?」
「どう思おうとサラの自由だが、姐さんの前では口にはするなよ。本気で絞め殺されるぞ」
サラとマーサは、美男同士がじゃれ合っているようにしか見えない二人を見つめる。
「さて、俺は姐さんの手伝いをしてくる。サラも用意しな」
「あれ? でも、招待状の件はいいんですか?」
招待状がないと、会場には入れない。そしてガーネット家に招待状は届いていないはずだ。
「だから、ウィリアムの旦那を呼びだしたのさ」
三大公爵家の一つであるリッチモンド家の跡取りであるウィリアムには、当然招待状が届いている。そのウィリアムの同伴者として会場に入ろうというわけだ。
いままでもウィリアム伯爵を使って、未招待のパーティに出たことがあるらしい。
「なるほど、
「ただのダシだよ」
果たしてどちらの使用人の物言いが酷いのか。
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