第三章 風景庭園と中庭の謎①

「明日、ハートフォート公爵のガーデンパーティーに行く。サラも一緒に来い」


「えっ?」


 裏庭で作業していたサラに、アイリがそう声を掛けたのは午後のティータイム。裏庭に持ち出されたテーブルで、アイリは淹れた紅茶を楽しんでいる。背後にはティーポットを持ったマーサが、影のように控えていた。


 まるで園芸に興味のなかったアイリだが、最近はこうして裏庭で過ごす時間が増えてきている。よい兆候だと、サラは思う。


「ハートフォート公爵は長く内相を務められた大物だ。政界で活躍されると同時に、所領である北西部のアップルシャルロットで製鉄業に莫大な投資をおこない、いまやエルウィンで最も裕福な貴族と呼ばれている」


「へえ、凄い方なんですね」


 のこぎりく手を止め、サラはアイリの話に聞き入る。


「ああ、傑物と言っていい。そんなハートフォート公爵だが、政界を退いてからのめり込まれている物が二つある。一つは若い頃から続けている慈善活動。そしてもう一つが、園芸だ」


 細く長い指を二本、立てて見せるアイリ。


「とてもよい趣味を見つけられましたね」


「サラならそう言うと思ったよ。だが、園芸に対する公爵の熱の入れようは半端ではない。リットンの邸宅や、所領にあるカントリーハウスを大改修して、巨大な庭を造らせたらしい。さらに国内外から珍しい植物を集めているとか」


「巨大な庭、珍しい植物」


 そそられるワードが並ぶ。サラの目に羨望の光が灯る。


「その公爵が、このたび特に珍しい植物を手に入れたらしい。その植物のお披露目を兼ねて、ご自慢の庭でパーティーを開催するそうだ。マーサが情報を入手してきた。どうだい、サラも行きたいだろ?」


「はい、喜んでお供します」


 勢い込んで答えるサラに、アイリは満足気に頷く。


ねえさん、一つ問題が」


 二人の会話に割り込んで来たのはマーサだった。


「問題? なんだ?」


「うちにはハートフォート公爵からの招待状が届いてない」


 確かに、問題だ。招待されていないのでは、行ったところで中に入れない。


「届いていないだと? どういうことだ。出し忘れているのか、郵便の不手際か……」


「単に相手にされていないだけだよ。公爵家にとってガーネット家など、吹かなくても飛ぶような、虫けら以下の家だからね」


 呆れ顔でマーサが指摘する。いつも通り、端的で分りやすく、正確で 辛辣で、容赦がない。


「なるほど。しかし困ったな。招待状がないとなると、強引に押し掛けるしかないのだが。公爵家ともなると警備も厳しい、突破するには相応の……」


 何やら物騒なことを、ぶつぶつ言い出すアイリ。やがて結論が出来たのか、ぽんと、一つ手を打つ。


「気は進まないが、仕方ない。ここはあれに頼ろう。マーサ、手配してくれ」


「了解」


 それだけのやり取りで通じ合ったらしく、マーサは室内へ戻っていく。

 二人のやり取りについてけず、すっかり取り残されてしまったサラ。小さく手を上げ、恐る恐る主に訊ねる。


「あの、大丈夫なのですか?」


「問題ない。サラは明日の用意をしておくように。ところでサラ」


「はい、何でしょう?」


 てっきり話は終わりだと思っていたら、サラは少し驚いた。


「キミは一体、何をしているんだい? 先程から鋸を挽いてばかりいるが、庭師を止めて、大工にでもなったのか?」


 アイリの言う通り、サラは庭に持ち込んだオーク材を、ひたすら鋸で切断していた。慌てて手を振る。


「違います、違います。底上レイズド花壇ベッドを修復しようと思って。決して、大工になったわけではありません」


「レイズド・ベッド? なんだい、それは?」


「土を高く盛り上げ、その土が崩れ落ちないよう板や石で囲んだ栽培区画のことです。ほら、庭の隅のあれのことです」


 折れた板が転がり、崩れた土の山を指し示す。ずっと前に壊れてしまった底上げ花壇だ。


「ふむ。だが、普通の花壇も石などで縁を囲うが、何か違いはあるのかい?」


「普通の花壇は地面か、もしくは地面より少し高いくらい作りますが、底上げ花壇はもっと高く土を盛り上げるのです。そうすることで植物の根付きがよくなり、排水や土壌の改善にも繋がります」


「なるほど。で、いまは周囲を囲む木材を準備しているわけだな」


「はい。だから、決して大工になったわけではありません。あたしは庭師ガーデナーです」


 生真面目に答えるサラに、アイリは噴き出す。


「大工云々は冗談だ。悪かった。さあ、作業を続けてくれ」


 そう言うと、アイリが再びティーカップを持ち上げる。それを見届け、サラも作業を再開した。



 翌日、屋敷中に響いた激しい物音で、裏庭にいたサラは跳び上がる。音がしたのは玄関の方。


(わわわっ、強盗!?)


 扉を蹴破り、いままさに強盗が侵入してくる場面が鮮明に浮かび上がる。慌ててシャベル片手に、玄関ホールへ向かう。


「我が愛しきアイリーン! 迎えに来たよ!」


 サラが玄関ホールに飛び込むと、一人の紳士がホールをせわしなく歩き回っている。しかも舞台に躍り出た役者のように仰々ぎょうぎょうしい台詞せりふと、大袈裟な身振りを交えて。身なりはよく、仕草も優雅だが、何しろ怪しい。


(どどど、どうしよう。強盗ではなさそうだけど、強盗より厄介そうな気がします。殴っていいの? 殴った方がいいの? 殴っていいよね!?)


 手にしたシャベルを強く握りしめながら、それでも判断に迷うサラ。おたおたする彼女を尻目に、マーサがその横を通り抜けていく。


「相変わらず騒々しいですね、ペンブルック伯爵さま」


 マーサは呆れ顔で、変人、いや紳士を出迎える。


「やあ、マーサ。今日も実に不機嫌そうだ。いつになったら君の素敵な笑顔を、ボクに見せてくれるんだい?」


「見たこともないのに、どうして笑顔が素敵だと分かるんです? 見たら、きっと後悔しますよ」


「相変わらず手厳しいね、マーサは。おや、君は見かけない顔だね。新しく入った子かい?」


 マーサに声を掛けていた紳士が、少し離れたところにいたサラを見つける。慌ててシャベルを、背中に隠す。


「あ、あのサラ・サザーランドと、ひぃーーー!」


 名乗る間もなく、金髪碧眼の紳士の顔が目の前すれすれに。美形のようだが、いきなりここまで近づかれると恐怖を感じてしまう。そんなサラの気持ちなどお構いなく、紳士は興味深げにサラを眺めまわす。


「サラ! 君がサラか! 話は聞いているよ、アイリーンからね。ウィリアム・ペンブルックだ。よろしく!」


 いきなり両手を握られ、ぶんぶんと振り回される。ウィリアムと名乗った紳士のペースについて行けず、頭は真っ白になり、されるがままのサラ。


「よしたまえ、ウィリアム。僕の大切な使用人たちを、困らせないで貰いたい」


 凛とした声が、頭上より振ってくる。サラにとっては、まさに助けの声だ。


「おお、麗しのアイリーン! 会いたかったよ!」


 ウィリアムはサラを解放し、二階へと続く階段を見上げるなり、両腕を広げひざまずく。歓喜のあまり、今にも泣き出しそうな勢いだ。


 うんざりした顔で、アイリが階段を降りてくる。


「ああ、今日も輝くばかりに美しいね、アイリーン! 君のその輝きが、我が心を熱く燃やしてくれる!」


「そのまま燃え尽きるといい」


 熱い眼差しと、冷たい視線が交差する。

 差し出されたウィリアムの手を無視して、アイリはホールに降り立つ。


「サラ、大丈夫か? 驚かせてしまったな。すまない」


「あ、いえ、大丈夫です。それよりアイリさま、こちらの方は?」


 恐る恐るウィリアムの方を見る。


「彼はウィリアム・ペンブルック伯爵。シムネル、ハートフォートと並ぶ三大公爵家の一つ、リッチモンド公爵家の跡取りだ」


「公爵家の跡取りなのに、伯爵さまなのですか?」


「それはリッチモンド公爵がご存命だからだ。爵位は当主だけのものだが、その場合、相続人である長子は家が所持する二番目の爵位を名乗るのが慣例となっている。だから、ペンブルック伯爵なんだ」


 ややこしいだろ、とアイリ。確かに、とサラは頷く。


「それで、アイリさまとペンブルック伯爵さまのご関係は?」


「ウィリアムと呼んでくれたまえ。そしてアイリーンは、我が婚約者さ」


 えっ、とサラが叫ぶより早く、アイリの飛び蹴りがウィリアムの顔面を捉える。


「元だ、元! 元婚約者! 勘違いするな!」


「ふふふ、そうだったね。確かに婚約者という関係は解消された。もう結婚式も挙げたのだから、いまは正式に夫――ぎゃふん!」


 再び会話に入り込んできたウィリアムの鳩尾みぞおちに、アイリの拳が突き刺さる。


「あ、アイリさま、結婚されていたんですか!?」


「違う! 未遂だ! 未遂!」


 もう、何が何だか。

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