第二章 整形庭園と貴婦人の探し物⑨
二人が最後に辿り着いたのは、庭の端にある一角。刈り込まれたツゲに囲まれて、円筒型の花壇が幾つか並んでいる。花壇の縁は銀色のラムズイヤーが飾り、中央には灌木が植えられ、人型に刈り込まれていた。
「トピアリーですね」
「トピアリー? なんだそれは」
「庭木をいろいろな形に刈り込んだもののことです。丸や三角など簡単なものから、鳥や動物など複雑なものまで形は様々。これはかなり精巧です。でも、誰でしょう?」
細部まで綺麗に刈り込まれた庭木を見上げる。同じ人型ではあるが、よく見ると花壇ごとにそれぞれ特徴を持っていた。
「おそらく聖人や使徒を模しているのだろう。たとえばこれ、聖書らしきものと、シャベルを持っているように見えないか?」
アイリは手前のトピアリーを指さす。確かに右手に本のような物を、左手にシャベルを持っているように見える。
「あっ!」
サラはポンと手を打つ。そのトピアリーが、園芸を司る聖人を模していると分かったからだ。ポイントはシャベル。彫刻や聖画でも共に描かれるほど、その聖人を象徴するアイテムだ。
「間違いないだろう。他のもよく特徴を表していて、ちゃんと判別出来る。大したものだ」
「ええ、これだけ精緻に刈り込めるのは、
「庭師。あいつか」
感心していたアイリの顔が、一気に曇る。先程のことを思い出したのだろう。
「とにかくこれで庭を一通り見て回ったわけだが、サラは何か分かったか?」
「この広い庭の中から、何かを見つけ出すのは困難だということが分かりました」
「要するに、何も分からなかったということだな」
きっぱりと切り捨てられ、サラはしゅんと首を竦める。
「僕も似たようなものだ。さすがに何か手掛かりがないと難しい」
「手掛かりですか?」
「そうだ。例えば、公爵が残した愛の証とは、おそらく二人の結婚を証明するものだと推測される。ということは隠し場所も、それに係わっているのかもしれない」
「なるほど。結婚や婚約、挙式なんかに纏わる花とかですかねえ?」
「いいぞ、サラ。結婚に纏わる花といったら、何がある?」
サラは腕を組んで唸り出す。
「う~ん、結婚式を彩る花は、時代や場所によって変わります。古代には結婚式にギンバイカの花輪を用いたそうです。それが少し時代を下ると、新郎新婦の頭上にバラの花冠を載せていたと聞きました。三、四百年前には新婦がカーネーションを身に着けるのが流行ったそうです」
「詳しいね。ギンバイカといえば、エルウィンの花嫁はブーケにギンバイカの小枝を入れるそうじゃないか」
「はい。結婚式の後にそれを庭に植えると、その家は繁栄すると言われています」
「古くからギンバイカの純白の花は純潔を、常緑の葉は不変を示すと言われている」
「よくご存じですね」
サラが目を丸くして驚くと、アイリは得意気に小鼻を膨らます。
「まあ、園芸に興味はないが、歴史や伝承は好きだからね。最近では女王陛下が挙式でオレンジの花を髪に飾られたのを機に、それが流行っている。オレンジは多産を象徴するかね。僕の時もそうだった」
「えっ、いま何と?」
「何でもない」
素知らぬ顔で横を向くアイリ。はて重要なことを聞き洩らしたような、とサラは首を捻るが、何も思い出せなかった。
「とにかく、結婚式に纏わるものを、少し考えただけでこれだけ出てくる。それに最近では花言葉なんてものまで流行っていて、それまで考え出すときりがない」
「花言葉ですか?」
サラにはピンと来ない。花言葉がもてはやされているのは上級階級であって、庶民のサラには縁がなかった。
「結局、どれも決め手がないな。これでは絞り込むことすら出来ない」
アイリは頭の後ろに手を組んで、忌々し気に庭を睨む。
「もう少し手掛かりが欲しいですよね。第一、夫人に見つけて貰わないと困るわけだから、公爵さまだって何か手掛かりを残していると思うんです」
「同感だ。ペンダントに施された花の意匠。あれ、何の花か分からないのか?」
「残念ながら。あの花は花びらが六枚ありました。花弁は五・四・三が一般的で、六枚となるとパッと思い浮かびません」
答えながら、サラは情けなくなる。折角、アイリが頼ってくれているのに、何も答えられない。悔しくて、唇を強く噛み締めた。
「そうなるとあとは、夫人が聞いた公爵の言葉くらいだな。手掛かりになりそうなのは」
「リボンを解いて、って言葉ですね。でも、どういう意味なんでしょう? 庭にリボンなんて結ばれてないですし――」
唐突にサラの言葉が途切れる。
(あれ、いま何かが引っ掛かった。えっ、でも何?)
「どうしたサラ? 面白い顔して」
「面白い顔は生まれつきです! じゃなかった。アイリさま、分かったかもしれません」
「何が?」
「プレゼントの隠し場所です」
「あれは、さっき見た花壇じゃないか」
サラがアイリを連れて行ったのは、テラス。そこから指し示したのは 先程まで見ていた聖人の花壇。
「よく見て下さい。先程は近すぎて気付きませんでしたが、上から見ると、ツゲが複雑な幾何学模様や格子柄を描いているのが分かりますか? そしてその線を結ぶように花壇が設置されている。この様式を『ノット花壇』といいます。ノットとは紐やリボンの結び目のこと」
「結び目?」
アイリはテラスから、身を乗り出すようにして花壇を見やる。常緑低木のツゲが描く縦三本と横四本のライン、そのラインが交わる十二か所に、あの聖人のトピアリーを抱く円形の花壇が配置されていた。
「なるほど。花壇が紐の結び目ということか。そして公爵の言った、解くべきリボンというわけだな」
「そうだと思います」
自信はある。おそらく間違いない、とサラは思う。問題は結び目が、リボンが十二個もあること。夫人へのプレゼントは、十二の花壇のどこかに隠されているはずだ。最悪全部の花壇を掘り返す手もあるが、出来るならそれは避けたい。この美しい庭を、出来るだけ傷つけたくはないから。
そうアイリに告げると、主は不敵に笑う。
「どうやらサラの希望を叶えてあげられそうだ」
「えっ?」
「サラのお陰で、あの公爵の言葉が手掛かりになっていることが分かった。そして愛の証は、天国の門の鍵と共に埋まっているのさ」
サラに向かって、もう一度アイリは微笑んだ。そしてテラスを庭に向かって降りていく。サラは慌てて、その後を追った。
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