第二章 整形庭園と貴婦人の探し物⑧

「ペンダントを渡す直前まで庭をいじっていたというし、公爵は園芸好きで有名だ。そしてペンダントの中央には花の意匠」


「なるほど、庭を探せ、と言っているようなものですね」


 アイリとサラは連れ立って庭へと向かう。夫人から庭に入る許可は貰ってある。


「図らずも庭を捜索することになってしまった」


「最高じゃないですか!」


 無邪気にはしゃぐサラ。その様子に呆れ気味のアイリに続いて、シムネル邸の庭へ降り立つ。目に飛び込んで来た緑の景色。美しく整備され、見る者を圧倒するその姿、サラは感嘆のため息を漏らす。


「なかなかいい庭なんじゃないか? 僕にはよく分からないが――」


「この庭は、典型的な整形庭園フォーマル・ガーデンです」


 おっ、と振り向くアイリ。そこには一心に庭を見つめるサラがいた。


「整形庭園?」


「はい。特に王政の盛んな国で好まれた様式で、文字通り整形された庭園です。最大の特徴はシンメトリー。この庭も中央を走る水路のような池を境にして、左右対称にフォーマルな花壇を配し、統一美を誇っています」


「なるほど。本来、自由気ままな自然を統制し、統一美を見出した庭というわけか」


「そうなんです! この様式の庭は広くなだらかな土地が必要で、起伏の多い土地柄のわが国では残念ながら流行りませんでした。それだけに、これだけ見事な整形庭園は貴重――」


 はっ、とサラは我に返る。


「す、すみません、一人でベラベラしゃべってしまって。し、しかもアイリさまの言葉を遮るなんて……」


「いや、構わない。なかなか、よい講義だった」


 叱責されるかと震えたサラだったが、思いがけずお褒めの言葉を貰ってしまった。満足気なアイリの顔見て、ほっと胸を撫で下ろす。


「本当に素敵な庭です。あたしなら、毎日散策するのに……」


「先程の夫人のことかい?」


 物憂げな表情のサラに、アイリは声を掛ける。


 庭の散策に出る際、一緒にどうかと、アイリは夫人を誘った。サラの助言だ。

 公爵が園芸好きなら、当然、夫人も好きに違いない。毎日のように庭を歩いている彼女が一緒なら、散策もより楽しい、もとい探索もスムーズに進むと考えたからだ。


 当たり前に色よい返事を期待していたが、


「申し訳ありません。私、庭にはあまり出ないんです。その、虫が苦手で。ここから眺めるのは好きなんですけど……」


 すまなさそうに、夫人は首を振った。


「あの時のサラの顔は傑作だった」


 思い出したのか、アイリは堪らす噴き出す。。


「笑わないで下さい」


 むすっ、と頬を膨らますサラ。


「すまんすまん。そう、気を悪くするな。夫人だって、庭を嫌っているわけじゃない。眺めるのは好きだと言っていた。楽しみ方はそれぞれさ」


「そうですね」


 アイリに言葉に、サラは素直に頷く。


「そうだ、顔といえば初めてアイリさまを見た時、あたしは整形庭園のことを思い浮かべたんです」


「うん? どういうことだ」


「はい。顔の中央を真っすぐ通る鼻梁を中心に、眉、瞳、唇と完成度の高いパーツが完璧なシンメトリーで配置されている。ああ、この人のお顔は整形庭園のように美しい。そう思ったのです」


 サラはうっとりしながら、言葉を紡ぎ出す。それを聞くや、アイリは声を上げて笑った。


「いままでいろんな物を引き合いにして、この美貌を誉めそやされてきたが、庭に例えられたのは初めてだ」


 豪快な笑い声とは裏腹に、その頬は赤みを増しているように見えた。照れていたのかもしれない。


 笑われたのは心外だが、アイリの珍しい表情が見れたので良しとする。



 庭の散策を始めると、アイリは意外な熱心さを見せた。


 咲き並ぶ花を、一つ一つ丁寧に確認しているようだった。とても園芸に興味がないとは思えないその姿に、サラは少なからず驚く。


「こうして見てみると、青い色の花というのは、存外少ないものだな」


 アイリがそんなことを言い出したのは、庭の半分ほどを見終わった頃。さすがに顔と声に、疲れが見え隠れする。


「青い花ですか? そうですね、白や赤系に比べると少ないかもしれないです。品種改良が進むバラにも、青い色はまだありませんし」


「なるほど。それにしても広い庭だな。まだ折り返しか。万年土地不足に悩むリットンで、これだけの土地を確保出来たことがまず驚きだ。そしてこの広大な庭を維持、管理するのに一体、どれほどの庭師が必要だったことか。この庭は公爵家の圧倒的な財力をよく物語っている」


 さすがのアイリも感心している。


「そうですね。でも、使用人と同じように、庭師の方も多くが辞められているんですよね。一人だけ残った庭師長が、いまは手入れをされているというお話でしたが……」


 遠くから見た時は気づかなかったが、こうして散策すると、庭のあちこちに綻びが見えた。伸びた雑草、花期が過ぎ枯れたままの花壇、水不足で黄ばんだ芝……。


 庭師が一人で管理するには、この庭は広すぎる。遠からずこの庭は、庭ではなくなるだろう。今がまだ美しいだけに、サラにはそれが悲しかった。


 噂をすれば影がさす。丁度、作業中の庭師に出くわした。ハンチング帽の下の顔はよく日に焼け、下半分を髭が覆っている。がっしりした体格の、武骨そうな男だった。


「庭のことは、庭師に訊くのが手っ取り早い。何か知らないか話を聞いてみよう」


「あっ、アイリさま、ダメですよ!」


 慌てて引き留めようとするサラに構わず、アイリは作業中の庭師に声を掛ける。


「キミはここの庭師だな。少し話を訊きたい。いいかな?」


「……」


 アイリが話しかけると、男は大きな目でこちらを見た。だが、そのまま何事もなかったかのように作業を続ける。何度アイリが話しかけても、もう振り向きもしなかった。


「はははっ、仕事が忙しくて返事をする暇もないということかな? それじゃあ、仕方ないね。嫌でもしゃべりたくなるようにしてやろうか!」


「落ち着いて下さい、アイリさま! ステッキを握りしめながら、物騒なこと言わないで!」


 笑顔で青筋を立てるアイリを、サラは後ろから抱きかかえ、慌ててその場から引き離す。


「なんだ、あの庭師は! この僕が話しかけているのに無視しやがって!」


「まあまあ、落ち着いて下さい。仕事中に声を掛けてはいけませんよ。腕のいい庭師ほど、自分の仕事を邪魔されたくないものなんです」


 サラはなだめるが、ふん、とアイリはむくれたままそっぽを向く。容姿と相まって、まるで拗ねた子供のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る