第二章 整形庭園と貴婦人の探し物⑦

「単刀直入にお伺いしますが、あなたと公爵は正式に結婚されていましたか?」


 ティータイムも落ち着いた頃合いを見計らい、アイリが本題を切り出す。言葉通りの直接的な問いかけに、サラは思わずお茶を噴き出しそうになった。


「分かりません。正直、当時の私は結婚の手続きすら分からず、全て彼に任せていましたから」


 あらかじめ予想していたからか、アイリの問いかけにも、夫人は慌てる素振りは見せなかった。


 アイリは少し間を置いてから、話を続ける。


「今回の継承問題、争点はあなたと公爵の結婚が成立していたかどうか。その一点につきます。もし結婚が正式に成立していたと証明出来れば、あなたのご子息は継承の第一候補。この館も、財産も、爵位も、失わなくてすみます」


「結婚が成立していたと証明するには、どうしたらいいんですか?」


 クリームをたっぷりと塗ったスコーンを頬張りながら、サラが口を挟む。アイリは少し顔を顰める。


「口に物を詰め込んだまましゃべるんじゃない。結婚は契約だ。教会が発行している証明書に署名し、受理されれば成立したことになる」


「結婚は契約って、夢がないですね。それはさて置き、その結婚証明書があればいいんですか?」


 サラとアイリは、同時にシムネル夫人の方に目を向けた。夫人は少し頬を赤らめ、弱々しく首を横に振る。


「アイリさま、他に証明する方法はないんですか?」


「まあ、正式な証明書がなくとも、親戚縁者もしくは信頼できる周囲の人間が、確かに二人は結婚していたと証言してくれれば可能性はあるんだが」


 アイリが問いかけるより先に、夫人は目を伏せてしまった。誰からともなく、ため息が漏れる。


「まあ、仕方ない。財産を渡したくない親類共が、こちらに都合のいい証言をしてくれるわけはない。公爵の友人や長年仕えていた執事、使用人が証言してくれないかとも思ったが、どうやら先に手を打たれたらしい」


「手を打たれたって、どういうことですか?」


「公爵の死後、使用人が次々に辞めたと言っていただろう。おそらく親類連中が裏で手を回したんだ。もともと貴族連中は保守的で、階級を越えた結婚には否定的だ。味方してくれる可能性は低いと思っていたけれどね」


「そ、そんな……」


 俯いたままの夫人が痛ましくて、サラは喉元まで出かかった言葉を飲み込む。つい恨みがましい目で、アイリを見てしまう。


「そんな目で僕を見るな。僕だって万能ではないと、言っておいただろ?」


 不服気な顔を見せるアイリだが、それでも夫人に向き直る。


「シムネル夫人、本当に公爵は何もおっしゃっていませんでしたか? 或いは何か託された物はありませんでしたか?」


「どういうことでしょう?」


 夫人は困惑の表情で、男装の女男爵を見る。アイリは突然立ち上がると、テラスを歩き回りだす。


「僕は生前の公爵に会ったことがある。とても聡明で、思慮深く、抜かりない方だった。そんな公爵が、このような事態を想定していなかったとは思えない。考えてもみてくれ、公爵は夫人より二十近くも年上だ。常識的に考えて、自分が先に死ぬのは間違いない。火を見るよりも明らかだ」


「し、失礼ですよ、アイリさま!」


 それこそ常識的な物言いをして欲しい。だが、アイリは構わず続ける。


「自分が死ねば、当然、継承問題が勃発する。本当に夫人を愛していたなら、何らかの手を打っておいて然るべきだ。愛しているならね!」


(や、やめて! そんな言い方したら何も手を打っていなかったら、愛してなかったことになりません?)


 内心冷や汗をかきながら夫人の様子を伺うと、彼女は俯いてしまっている。


「ふ、夫人?」


「もしかして、これのことでしょうか?」


 慌てて声を掛けたサラを他所よそに、夫人は首から下げていたペンダントをアイリに示した。


「それは?」


「亡くなる一年半ほど前でしょうか、夫から贈られた物です。何かあった時に、君を守ってくれる物だから、と渡されました。それ以来、肌身離さず身に着けております」


「何かあった時に、ね。失礼ですが、見せて頂けますか?」


 夫人から受け取ったペンダントを、アイリは掌に乗せて観察する。サラも横から覗き込む。二インチ(約五センチ)四方の菱形で、細かな装飾が施されている。四つの角にはめ込まれているのはルビーに見えた。中央部分は格子柄の透かしになっており、透かしの真ん中に花の意匠。


(花びらが六枚。何の花だろう?)


 サラは首を傾げる。


「かなり手の込んだものですね。公爵から贈られたと言ってみえましたが、誕生日か何かの贈り物ですか?」


 ペンダントを調べながら、アイリは夫人に訊ねる。


「それが不思議なことに、思い当たるものが無いんです。いつものように朝から庭いじりをしていて、戻ってくるなり上機嫌でこれを差し出したのです。何でもない日だったので、逆に印象に残っています」


「他に覚えてみえることはありますか?」


「そういえば、『プレゼントを受け取る時は、リボンを解くんだよ』とも言われました。ペンダントにはリボンなんて掛かっていなかったから、それも不思議で……」


「なるほど。ところで、ルーペをお借り出来ますか?」


 夫人から借りたルーペで、アイリはペンダントの裏をしきりに見ている。


「どうかしましたか、アイリさま?」


「裏に文字が彫ってある」


 えっ、と夫人とサラが同時に声を上げる。夫人も文字には気付いていなかったようだ。


「指輪の内側に詩や愛のメッセージを彫り込むポージーリングは、今も昔も人気だからね。それと同じような物だろう」


「な、何て書いてあるんですか?」


「『天国の門の鍵と共に、愛の証を埋める』だそうだ」


 読み終えると、アイリはペンダントを持ち主へと手渡す。受け取った夫人の方は、戸惑い顔。


「お心当たりはないようですね」


「えっ、ええ、まったく」


 夫人は戸惑いながら、首を横に振る。


「愛のメッセージにしては、不思議な言葉ですね」


「そうだな。だが、公爵の残したヒントには違いない。これを頼りに探すしかないだろ、その愛の証とやらを」


「でも、どこを探すんですか?」


「そんなの、決まっているだろ?」


 やれやれと肩を竦めながら、アイリはテラスの向こうに広がる庭に目を向けた。


「どうやら、この庭には秘密があるようだ」

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