第二章 整形庭園と貴婦人の探し物③

「あっ、はい。あたしはガーネット男爵家の使用人で、サラといいます」


 立ち上がって、頭を下げる。


「まあ、男爵家ですって。厚かましい~!」


 一人の侍女が大袈裟に驚くそぶりを見せると、他の侍女たちは声を上げて笑った。


(なるほどです。お仕えしてまだ一か月。そんなあたしが男爵家の名を出すのは、確かに厚かましいです)


 自分の至らなさに納得し、サラは忠告してくれた侍女に感謝する。


「ありがとうございます! 確かに、厚かましかったです」


「はあ、なんで礼なんて言ってるの? 皮肉のつもり?」


 素直に感謝したつもりだったが、侍女は怖い顔で睨んでくる。なにやら誤解を招いたようだ。


「いえいえ、皮肉なんてとんでもない。あたしの至らなさを注意して下さったので、お礼を言っただけです、はい」


「あなたじゃないわ! あの女が厚かましいと言っているのよ!」


「あの女? アイリさまのことですか?」


「そうよ! 知らないの? ガーネット家はもともと他の方が継ぐはずだったのよ。それをあの女、女王に取り入って男爵位を略奪したの。そのうえ、あんな男装なんかして。これ見よがしだわ!」


 唾を飛ばし喚く侍女に、サラは唖然あぜんとする。だが、ハッと気がついた。


「あ、あなた……、もしかしてアイリさまのファンなんですか!?」


「……はっ?」


「だってそうじゃないですか! そんなにアイリさまやガーネット家の状況に詳しいなんて、普通じゃないです。きっと調べたんですよね、好きだから。分かりますよ、アイリさまは可愛いですから。あっ、それとも男装した美少年風の方がお好みですか? 確かに、そちらも捨て難いですよね。ですが、あたしはやっぱり――」


「ちょ、ちょっと、何言ってるの! あの女のことは、リットン中が知ってるわよ! いい加減にしなさいよ、あなた!!」


「あれ、怒ってみえます?」


 予想に反し、激怒している様子の侍女。何がそんなに彼女を怒らせたのか、見当もつかないサラは只々ただただ戸惑う。


 侍女の怒りは収まらない。


「いい気になるんじゃないわよ! 継承したと言っても、仮初めなのよ! そもそもガーネット家なんて吹けば飛ぶような家! この仮初めの、弱小貴族が!」


「あ、あの、落ち着いて下さい。それに拝謁って家格順ですよね? それで皆さまもここにいるってことは、皆さまがお仕えする家も、ガーネット家とそう変わらないということではありませんか?」


 サラとしては相手を落ち着かせるつもりで言ったのだが、明かに逆効果。そして、とどめの一言。


「弱小貴族家に仕える使用人同士、仲良くしましょう!」


 笑顔の一言は、その場の空気を凍りつかせた。目の前の侍女など、引き攣った顔が色を失っている。


 さすがのサラでも分かった。どうやら言ってはいけないことを、口にしてしまったのだと。


「あ、あなたねえ!?」


 怒りに震える侍女たちが、サラを囲むようにして詰め寄ってくる。身の危険を感じ、後退るサラだが、すぐに包囲されてしまった。


「ど、どうしよう……」


「随分と楽しそうじゃないか。良かったな、サラ。他家の先輩たちに可愛がって貰えて」


 いつの間にか、すぐ後ろにアイリが立っていた。その姿に安堵を覚えたのも束の間、アイリの満面の笑みに戦慄する。とにかく怖い。


 侍女たちも察したらしく、飛び退く様にして囲いを解いた。

「女王陛下のおわすシシングハーストで騒ぐとは、いい度胸だ。どこの家の使用人かは知らんが、言いたいことがあるなら、僕に直接言いに来い。気を使う必要はないぞ、どうせ仮初めの弱小貴族だ」


 真っ青になっていた侍女たちの顔が、一斉に赤く染まる。


 格の違いを見せつけると、アイリは踵を返す。


「行くぞ、サラ」


 さっさと応接室を出ていくアイリ。サラはその場で一礼し、急いで主の背中を追う。


「あの、仮初めとは、どういうことでしょうか?」


 先程の侍女の言葉が気になった。


「一時的、暫定、期限付き、そのままの意味さ。正式に継承が認められていないんだ。本来、貴族の継承に際し、女性は候補にならない。例外は『特別継承権』を持っている場合で、僕はその例外に則っている」


「だったら……」


「それでも女が爵位や家を継承することが気にくわない奴は多いのさ。そのことで、先程女王からもお話があった」


「じょ、女王陛下から!? なんて言われたんです」


「父親の事故と処遇に不服があるなら、自分の手で真相を暴き、周囲を黙らせてみろ、と言われた。不服だなんて、一度も口に出したことはないんだけどね」


 そう言って、アイリは肩を竦める。


「あの、アイリさまのお父上って……」


「酔った挙句、階段を踏み外しての転落死。事故死ということになっているよ、世間的にはね」


 その一瞬、アイリの青い瞳が強い光を放つて輝く。


 その輝きに、サラは震えた。

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