第50話 制圧

信濃国佐久郡内山城は、甲斐国武田晴信が佐久郡を支配するための中心であり、滑津川北岸の山に築かれた山城。

南側と北側にそれぞれ曲輪を備え、周辺は切り立った崖である。

特に南側側尾根には内山城最大の曲輪である馬場平。

さらに周辺にはいくつもの堀切などを備えていた。

ここは佐久郡と関東を結ぶ要衝であり、さらに内山峡を使えば上野国甘楽郡にまで行ける交通の重要拠点でもある。

城代である小山田虎満は、籠城戦で徹底的に時間を稼ぐつもりであった。

三ヶ月程度持ちこたえることができれば、収穫時期を迎え越後勢は帰るしかないと考えていたからだ。

また三ヶ月程度あれば、甲斐武田家が長尾景虎との戦いで被った被害も、多少回復して援軍が望めるとの見通しもあった。

簡単に佐久郡を手放す訳にはいかず、そのつもりも無い。

そのため、佐久郡内から兵糧を強制徴収して、急いで城内に運び込ませている。

同時に城の備えの強化を進めていた。

臨時の櫓を組み上げている横を、佐久領内からかき集めた大量の兵糧が運び込まれていく。

「急げ、越後長尾勢が近づいてきている。ぐずぐずしていたら間に合わんぞ。急げ」

佐久郡郡代であり内山城城代でもある小山田虎満は、家臣や農民達に檄を飛ばす。

小山田虎満の脳裏には、川中島と上田原の戦いで長尾勢が見せた火縄銃の圧倒的な火力が、脳裏に焼き付いて忘れることができなかった。

その為なのか、それを払拭するかのようにいつもより強い言葉で檄を飛ばしている。

そこに物見に出していた家臣が帰ってきた。

「長尾景虎の動きはどうなっている」

「長尾景虎は、まもなく佐久郡に入るころです」

「ずいぶんゆっくりしているな」

「想定よりもかなりゆっくりと移動しております。ですが、かなり士気が高いかと思われます。油断はできないかと」

「奴らの使う火縄銃が邪魔だ。あの甲冑を一撃で撃ち抜く威力は脅威だ。どうすれば良いのか分からん。いっそのこと佐久郡の国衆どもを盾にするしかないか・・佐久の国衆はどうした」

「全く動く気配がございません」

「チッ・・長尾に恐れを抱いたか」

「勝ち馬に乗ろうとしているのではないかと」

「ならば志賀城の二の舞になりたいのかと脅してやるか。佐久郡の国衆にいま一度使者を出せ。直ちに内山城に来いと伝えよ。来なければ志賀城のようになるぞと脅してかまわん。元々根絶やしにしてやってもよかった奴らだ。我らの肉壁として役立ってもらうことにする」

「はっ、承知しました」

家臣は急いで内山城を後にした。


そんな内山城を山中から見つめる男達がいた。

「連戦連敗で武田はかなり慌てているようだな」

真田の忍びである風介はポツリと呟く。

「無駄な事をしているな。さっさと降伏すれば良いものを」

戸隠忍びの乗堯が目を細め無表情に呟く。

「風介殿、乗堯殿。我らは景虎様のご指示通り火を放ち、動揺している所を景虎様率いる本隊が内山城を制圧する」

軒猿衆を率いる宗弦が手順を話す。

「間も無く日が暮れる。その後は手筈通り我ら真田忍びは内山城の北側の曲輪」

「我ら戸隠忍びは、南の馬場平」

「軒猿衆は内山城の宿城に火を放つ」

宿城とは武田の兵達のいる駐屯地であり、実質的な内山城の中心とも言える場所である。

「今夜、寝静まった子の刻に火を放ち、城門を焙烙玉で破壊する」

「承知している。すでに山中に大量の油を隠してある」

「流石は乗堯殿。準備がいい」

「間も無くこの佐久の地に景虎様の‘’毘‘’の旗印が立つことになる」

「楽しみだな。そろそろ行くか」

「手抜かりなく行こうぞ」

「「「全ては景虎様のために」」」

一陣の風が吹くと男達の姿も気配も消えてしまった。


ーーーーー


深夜、子の刻。

本来なら虫の声しか聞こえず、月の光がなければ完全な闇の世界となるはずが、騒がしく、そして周囲を赤い光が照らしている。

「火事だ〜。火事だ」

深夜の内山城に火の手が上がり、暗闇を赤く照らしているのだ。

内山城に詰めている武田の城兵たちが、水の入った桶を手に慌ただしく走っている。

「早く消せ」

「消えんぞ」

「油だ。油が撒かれているぞ」

「水をかけたらさらに火の手が強くなったぞ」

内山城に常駐している武田の城兵達が慌てふためく。

「小山田様、危険です。お下がりください」

慌てて様子を見に出てきた城代小山田虎満は、あまりの火の強さに思わず後ずさる。

「これは、どうなっている。早く消せ、消さぬか」

早く火の消すように叫ぶ小山田虎満の下に駆け寄る武田の兵。

「一大事にございます。全ての曲輪に火の手が上がっております。さらに宿城にも火の手が回っており、もはや消すことができませぬ」

「馬鹿を申すな。まさか、長尾の仕業か・・城内の複数の箇所で同時に火の手が上がる。長尾の仕業しか有り得ん。しまった。なんとしても消せ、ここを失うわけにはいかん。長尾の奴らが迫ってきているんだぞ。なんとしても・・・」

小山田虎満の声を遮るように城門の方から爆発音が響く。

「な・なんだ。この音はなんだ」

まだ、火縄銃や火薬が一般的では無いため、火薬の爆発音が理解出来ないでいた。

続け様に爆発音が響く。

城門方面から武田の兵が走ってきた。

「城門が破壊され、長尾勢が攻め込んで参りました。三の丸、二の丸の門も次々に吹き飛び長尾勢の侵入を阻むことができません。お逃げください」

「馬鹿な・何が起きている。一体何が起きているのだ」

「何者かが何か黒い塊を複数、門に投げつけましたら、門が吹き飛びました」

「門が吹き飛ぶ、破城槌などで破ったのでは無いのか」

「勝手に門が吹き飛んだのです。吹き飛んで遮るものが無くなり、長尾勢がそこから次々侵入しております」

呆然とする小山田虎満に、追い打ちをかけるように長尾勢の鬨の声が聞こえてくる。

「いたぞ、小山田虎満だ。奴を討ち取れ」

長尾勢の声に我に帰った時には、すぐ目前にまで自らを狙う長尾の刃が迫ってきていた。

「長尾景虎様配下・真田幸綱。お命頂戴する」

「クッ・舐めるな」

小山田虎満が刀を抜こうとするよりも先に真田幸綱の刃が振り下ろされた。

「小山田虎満は、この真田幸綱が討ち取った!」

真田幸綱の刀が小山田虎満を討ち取り、その声が響き渡る。

長尾勢は口々に小山田虎満を討ち取ったことを声高に叫ぶと、武田の城兵は総崩れとなり甲斐へと逃げていき内山城は落城した。

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