第45話 川中島の戦い(1)
天文18年4月末
村上義清が越後国長尾景虎の下に身を寄せていた冬の季節が終わり、春の季節へと変わり木々も若葉が色づき始めていた。
長尾景虎は1万の軍勢を率いて国境を越え信濃国に入っていた。
村上義清・義利親子、斎藤朝信、柿崎景家、本庄実乃たち武将を伴っての信濃入りである。
途中、北信濃の
善光寺平城築城に伴い善光寺平に常駐していた1万の軍勢と合わせると、越後勢2万の軍勢が集結。
長尾景虎が善光寺平城に入ると、北信濃の国衆も続々と景虎の下に集結し始めている。
そんな善光寺平城の一室にておいて、長尾景虎は真田幸綱、戸隠忍び乗堯を呼んでいた。
景虎は、軒猿衆と戸隠衆の二つの忍びを使い分け情報収集の強化を図っている。
「善光寺平の出来栄えは見事である。幸綱よくやってくれた」
「もったいないお言葉、ただ命じられたことを行ったまで」
「ただ、正門周辺が完成していないようだが」
「そこは、現在わざと未完成のように見せかけているのです」
「未完成なのはわざとなのか」
「もしも未完成に見える城門から敵が攻め込んでくると、火縄銃や弓矢の絶好の的となり、まさに地獄のような有様となりましょう」
真田幸綱は、自信たっぷりに説明していた。
「なるほど、凶悪な罠が用意してあるということか。よかろう。ならば、乗堯。甲斐の武田晴信の動きはどうだ」
静かに控えていた戸隠忍びの乗堯が景虎に頭を下げる。
「景虎様信濃入りの情報はすでに甲斐の武田晴信の下に届いた様です。武田晴信はすでに甲斐を出ており、間も無く埴科郡に入るころかと思います。その数1万2万千。これに諏訪・木曽・佐久の軍勢を含めて1万8千かと」
「早い動きだ。この冬の間、信濃における武田の動きは」
「特段の目立った動きはございません」
「信濃守護小笠原を攻めなかったのか」
中信濃にある信濃府中(現在の松本市)を拠点とする信濃守護小笠原家。
小笠原家は小笠原流弓馬術礼法宗家と呼ばれ、代々受け継がれてきた弓術・馬術・武家における礼儀作法において、名を知らぬ大名はいないとまで言われる名家である。
幕府奉公衆にも小笠原家の支流の者達がおり、幕府にも一定の影響力を持っていた。
甲斐武田に諏訪・木曽・佐久・埴科・更科を奪われ、信濃守護としての信濃国における影響力を急速に失いつつある。
しかし、信濃守護としての影響力は完全に失われた訳では無いため、無視できない存在であった。
「攻めておりません。どうやら戦続きのため兵を休ませたようです」
「村上義清殿が奪われた埴科郡・更科郡の動きはどうだ」
「甲斐武田からの援軍が来るまで守りを固めて出て来ない様です」
「なるほど、武田晴信を待っているなら我らも待とうではないか。どうせなら1回の戦で武田晴信を討ち取った方が楽だ」
「先に攻めてもよろしいのでは」
「城に籠って出て来ないならば、攻めるだけ時間の無駄。今は兵達を休ませておけ。しかし、武田の連中の動きはしっかりと見張っておけ」
「「承知いたしました」」
ーーーーー
長尾景虎が善光寺平城に入って数日後、武田勢1万8千が善光寺平城の川を挟んだ向かい側の川中島に現れた。
晴れ渡った青空の下、川中島に集結した武田晴信の軍勢。
善光寺平城の天守で長尾景虎は一人、武田晴信の軍勢を見ていた。
「前世も含め六度目の川中島か・・つくづく因縁の深い相手ということだな。此度の武田晴信は儂と初めて戦うが、儂は前世を含め六度目だ。しかも本来最初に川中島で戦う時より四年早い。もし、奴が儂と数回戦った後であれば、善光寺平城築城で焦ることもなく、じっくりと腰を据えて策を打つであろう。やるとすれば我が縁戚である飯山の高梨家と村上義清を戦うように持っていくことだろうが、まだそこまでの老獪さはあるまい。実に残念だがこの戦いで長き因縁に決着をつけさせてもらうぞ」
長尾景虎は独り言を呟きながら、犀川を挟んで対峙する武田勢を見つめている。
武田勢の大将である武田晴信との決着を、今回こそつける決意であった。
天守に誰か入ってくる足音がする。
振り返ると斎藤朝信であった。
「景虎様。出陣の準備整いました」
「火縄銃は用意できているか」
「火縄銃はいつでも使えます」
「分かった。ならば行くとするか」
長尾景虎はゆっくりと天守を降りていく。
外に出ると白馬が待っていた。
白馬にまたがり善光寺平城を出ると同時に武田勢が川を渡り始めていた。
それに対するは、犀川に沿って並んだ火縄銃千挺。
全て越後府中で景虎の指示で作らせたものだ。
この戦いで火縄銃を初めて実戦で使うことになる。
今回、火縄銃は柿崎景家に指揮を任せていた。
「構えろ!!しかし、まだ撃つな、じっくりと引きつけてからだ。訓練を思いだせ、しっかりと構えろ」
武田の先鋒が犀川を渡り切ろうとした瞬間。
「撃て!!!!!」
柿崎景家の声が響き渡り、火縄銃の轟音が次々に戦場に鳴り響く。
次々に倒れ犀川に流されていく武田の足軽。
轟音と火薬の匂いが充満する戦場で武田自慢の騎馬隊が大混乱になる。
初めて体験する火縄銃の轟音と火薬の匂いに、馬が恐れ暴れ始めていた。
武田騎馬隊の馬が暴れ、周辺の武田の足軽達を蹴り飛ばして、さらに乗っている武者を振り落とす。
そんな相手であっても容赦なく火縄銃による攻撃が続いていく。
犀川の水が赤く染まりそうなほど武田の兵達の多くが物言わぬ骸と化していた。
越後長尾家に身を寄せ仕えることになった村上義清・義利らは、火縄銃の威力に驚愕していた。
事前に説明を受けていたが、実際に戦で使われ、目の前でその力を見せつけられその恐ろしさを感じている。
目に見えない速さで鉛の玉が飛び人体を貫く。
その恐ろしさに恐怖していた。
武田の第一陣である先鋒が、誰一人犀川を渡ることなく壊滅状態となり、後続の第二陣が犀川の真ん中で立ち往生している。
第一陣の骸が進むことを邪魔していることと、初めて体験する火縄銃による攻撃に対する恐怖から、武田の第二陣が動けなくなっていた。
そんな相手であっても容赦なく火縄銃による攻撃が続いていく。
犀川の真ん中で立ち往生している武田の第二陣は格好の的と化して、壊滅は時間の問題となっていた。
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