第43話 村上義清越後へ

どんよりと曇った空とすっかり冷たくなった風が、信濃国に冬の訪れが近いことを教えていた。

村上義清の居城葛尾城は葛尾山の山頂にあり、深い空堀を生かした山城である。

いくつもの空堀があり、本丸や二の丸の周辺に空堀が重点的に作られていた。

暴れ川である千曲川沿いにあり、千曲川を見下ろす位置にある。

葛尾城から見下ろす風景もすっかり秋の彩りを見せていた。

葛尾城は塩田平と北にある更埴を守るために南に対する備えが強く作られており、それに対して北側はやや弱く弱点とも言える。

そんな葛尾城が風雲急を告げていた。

城内では、武田勢が砥石城に攻め寄せて来たとの報告を受けて、戦いに備え家臣達が慌ただしく行き交う。

村上義清が家臣の待つ広間へとやって来た。

村上義清はこの頃四十後半の歳であるが、北信濃の猛将と呼ばれるだけあり全身から闘志が溢れ出てくるように感じさせる武将である。

その鋭い目つきで家臣に問いかける。

「何が起きたのだ」

「一大事にございます。砥石城の城兵数名が武田に内通。深夜・子の刻の頃に城門を勝手に開き武田の兵を呼び込み砥石城が落城」

「裏切りで砥石城が落城しただと、あの城には佐久の志賀城での生き残りの兵が多数いたはず。簡単にやられるはずが・・」

武田晴信が佐久郡へ侵攻した時、最後まで抵抗したのが志賀城である。

志賀城が落城した後、武田晴信は見せしめのために男は皆殺し、女子供は奴隷として売り払う仕打ちをしていた。

志賀城にゆかりのあるもの達は、武田晴信の酷い仕打ちを恨んでいたのだ。

「志賀城ゆかりの者達は最後まで激しく戦ったようですが、城内に敵が侵入した状態では難しかったようです」

「武田晴信め、野戦で勝てぬから調略に切り替えたか。どこまで己の野望のままに進むつもりなのだ。奴には大義名分すらも無いのか。志賀城の者達が哀れだ」

「志賀城の者達は、最後まで戦い抜きました。武士として本望でしょう」

「そうか・・しかし、まさか砥石城が落とされるとは」

「敵に城を無傷で渡さないため、最後に城兵達は火を放ったそうです」

村上義清は腕を組みどうするべきか考えていた。

「さらに、大須賀殿が武田に内通したため、狐落城の小島殿が討たれ落城したそうでございます」

家臣の報告にさらに驚愕の表情を見せ、手にしていた扇子が床に落ち、大きな音を立てた。

「大須賀まで裏切ったと言うのか、その裏切りで兵庫助が討たれたのか。それは本当のことか」

「事実にございます」

「武田晴信の調略の手が、多くの家臣に伸びていると噂に聞いていたが・・あの・大須賀が裏切っただと・・」

広間にいた家臣一同の表情に暗い影がさし、重苦しい空気となる。

ここにいる全てのもの達が、他にも裏切り者がいるに違いないと考え始めていた。

「いますぐにでも噂に上った者達を集めて詰問すべきです」

嫡男で長男でもある村上義利が父である村上義清に対して声をあげる。

「ならん。武田が攻め寄せて来ているいま、そのようなことをすれば武田晴信の思うつぼだ。奴は儂が家臣を信用していないと煽るであろう。そして、家中が分裂することになる」

「ですが、このままでは家中の不信感は増大していき、戦になりません。皆が次は誰が裏切るのだと不信の目でお互いを見ています」

「奴はこの事を見越して派手に噂をばら撒いたのだろう。既に我が村上家中は疑心暗鬼という名の化け物に、完全に魅入られてしまっている。このままでは戦わずして負けることになる」

「ならばどうするのです。このままでは手遅れになります」

「噂を打ち破るには、力にて打ち破り噂を一掃せねばならん。我が力を示すことで家中の不信感を打ち消すしか無い。力で打ち消すことで、噂は所詮噂だと人は思うのだ」

「ならば、すぐに出陣されるべきです」

「分かっている。直ちに出陣して、武田晴信に鉄槌を下してやる」

「ならばこの義利もご一緒いたします」

「よかろう。すぐに支度せよ」

外が何やら騒がしく、そして、広間の中まで焦げ臭い匂いがしてくる。

広間の一同が怪訝な表情をする。

「外が何やら騒がしいぞ。何が起きた」

家臣の一人が広間に飛び込んできた。

「殿。城内で石川殿、室賀殿が謀反。火を放っております。このままでは危険です。お逃げください」

「石川と室賀が裏切っただと、おのれ〜!恥知らずな奴らめ、儂自ら叩き斬ってくれる」

刀を握り締め、広間を飛び出さんとする村上義清を嫡男義利と家臣達が必死に止める。

「殿。おやめください。砥石城を攻め落とした武田晴信は間も無くここ葛尾城に攻め寄せて参ります。このままでは戦いになりませぬ。ここは何とぞお逃げください」

「離せ!離さぬか。あの恥知らずどもを斬り刻み鉄槌を下してくれる」

数人がかりで村上義清を抑えているが、怒りの形相である村上義清は、そのまま嫡男義利と家臣達を引き摺るようにして前に進もうとする。

そのため皆必死に村上義清を羽交い締めにして押さえ込もうとする。

「父上。お待ちください。このまま向かっても無駄死になるだけ、おやめください」

「だ・・だが・・奴らを許すことはできん」

「今のままでは勝てません。高梨殿・真田殿を通じて越後国長尾景虎殿を頼るべきです」

「越後に逃げろというのか」

「我らに他の手立てはありません。ここにいても、火に巻かれるか、裏切り者に討たれるか、武田晴信に討たれるかの、どれかしかありません」

城内から立ち上る煙がますます強くなってきて、城内に煙が充満し始めていた。

「馬鹿な、戦わずして・・儂が負けるのか」

「父上。負けた訳ではありません。一時的な撤退にございます。戦においては戦況によって一時的に撤退をすることは良くある事。後日取り返せば良いことです」

「ウグググ・・」

唇を噛み締め、悔しさを滲ませる村上義清。

「父上!」

「わ・・分かった。越後国長尾景虎殿を頼ろう。城を出る皆に支度させよ。急げ、それまではなんとしても時間を稼ぐ」

そして、村上義清とその家族・重臣達は葛尾城を捨て、越後国へと落ち延びて行き長尾景虎に仕えることになった。

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