第9話 謀略の始まり

蔵田五郎左衛門は景虎と別れた後、景虎の兄である守護代長尾晴景のもとを訪れていた。

「晴景様、最近は顔色も良くなりましたな」

「後継を景虎に決めたら気が楽になった。勝手放題の国衆たちを相手にしなくて済むと思えば心も楽になろう」

「それを聞きますと景虎様が少しお可哀想になります」

「景虎ならば大丈夫だ。ところで話は聞いたのであろう」

「はい、景虎様から常備兵と農地の件について、さらに追加で南蛮人の武器を手に入れて欲しいと言われました」

「常備兵を増やす話のほかに南蛮人の武器を頼まれたのか」

「堺の話をしたおり、西国の九州に南蛮人が来ていることを話しましたら、書物で読んだ南蛮人の武器を手に入れて欲しいと言われました。南蛮人の武器は将来必ず必要になると言われまして、領内で生産できるようにするため、必ず手に入れて欲しいと申しております。ですが、かなり値が張ると思われます」

「南蛮人の武器か、値が張るであろうがよかろう、どうにかして手に入れてやってくれ。景虎が必要だと言っているのだ。値が張ってもかまわん。府中長尾家で持とう。どんな武器かは後で景虎に尋ねるとするか」

「承知いたしました」

「常備兵の件だが」

「1年以内に5千。4年以内に2万と申しております。景虎様には、まず5千を目指して徐々に行うように進言いたしました」

「景虎がそう考えるということは、景虎の申す通り近い将来必要になるのであろう。越後守護代を任せるのだ。できるだけ希望に沿うようにしてやりたいものだ。できればその常備兵は景虎の直属の旗本にしてやりたいな」

「ですが4年以内に2万の常備兵となると銭の問題が出て参ります。相当な銭が必要となります」

「ならば、佐渡を切り取るか。景虎であれば容易かろう」

「佐渡国西三川の砂金でございますか。ですが景虎様の性格を考えれば、大義名分の無い戦はされないでしょう」

この頃、まだ佐渡相川の金銀山は発見されておらず、西三川の砂金のみが採掘されていた。

佐渡金山は江戸幕府の始まる頃に発見され、大量の銀を産出する佐渡鶴子銀山は数年前に見つかり,さらに別に新しい銀山が見つかった頃であった。

しかし、砂金といえどもかなりの金額が産出されており、金額にして月に700貫文以上産出していた。

「佐渡は、西三川の砂金と鶴子銀山だけでなく、さらに最近新しい銀山も発見されたようだ。景虎の将来のためには間違いなく必要であろう」

「攻める大義名分がございません」

「大義名分は作れば良い。昔から佐渡国本間家はいくつもの家に別れて年中啀み合っている。銀山や砂金山の支配権をめぐる対立を徹底的に煽ってやればいいだろう。佐渡国内で戦が起きれば、勢力の弱体化に拍車のかかっている佐渡国本間惣領家はこちらに助けを求めてくる。そこに介入するのだ。弱体化した本間惣領家を支配下におき、羽茂本間と河原田本間を滅ぼし、生き残りは島外への移す。佐渡島内の鉱山は長尾家の支配下とすればよかろう」

「ですが景虎様が納得されますか」

「本間惣領家からの救援の依頼の形であれば問題ない。動くなら今しか無い。儂と景虎の二人がいる間であれば動ける。将来儂が死んだ後となれば、景虎の性格を考えたら、佐渡に手出しすることはしないだろう。景虎に跡を託すのだ。兄として汚れ役の一つぐらいは務めてやらんとな」

「よろしいのですか」

「かまわん。さっそく、手のものを送り込んで火種を撒き、煽ってやるとするか」

「それでは、この蔵田屋も佐渡に人を送り込みましょう。それと、黒田秀忠は如何いたします。噂では晴景様、景虎様に従う気持ちは微塵もないようです」

「誘ってみるか」

「誘うですか?」

「景虎からも黒田秀忠は再び牙を剥いてくる。時間を与えれば、力を貸す国衆も増えていく。できる限り早期に、できたら年内に討ち取るべきだと言っている。黒田秀忠は元々頭の回る使える人材であるが、野心が強いのが問題だと思っていた。本気で謀反を考えているかどうか試してみるか。わざと供回りの少ない偽の景虎を府中から古志郡に向けて出発させ、その偽の景虎の情報を黒田秀忠に流す。黒田が動き出すようなら、そこを別動隊で包囲して一気に叩く。城から出て来ないなら来ないで放っておけば良い」

「なるほど、動くなら謀反人として包囲殲滅ですか」

「そうだ」

「情報の管理とお味方はしっかり選ぶ必要がございます」

「そこは、景虎としっかり打ち合わせの必要があるが大丈夫であろう。常備兵に関しては、できるだけ急いで集めてやってくれ」

「承知いたしました。まず、越後領内の国衆で景虎様寄りの国衆と中立的な国衆たちの中で家督に縁のない者たちに声をかけましょう。お任せください」

上杉謙信の時代,佐渡国は謙信の支配下には無い。

上杉景勝の時代になってから、本格的な佐渡討伐が行われ上杉家の支配下に入ることになる。

長尾晴景は、景虎に守護代家を渡す前に佐渡国を支配下にしておくため攻略の準備を始めるのであった。


ーーーーー



越後国黒滝城の奥の部屋。

黒田秀忠は一人考え込んでいた。

このままではこの身が危うい。

若輩者の景虎を叩き、自らの求心力を高めれば、病弱な晴景を倒すことは容易いと考えていた。

だが、景虎が思った以上の戦巧者ぶりを見せ、栃尾攻めは完全な失敗に終わった。

その結果、越後国衆の多くが完全な様子見状態となってしまっている。

しかも府中長尾家はすでに一枚岩で付け入る隙がない。

数年のうちには、守護代家は長尾景虎に変わることもすでに確定している。

越後守護である上杉定実と現在の守護代長尾晴景。

この二人が揃って景虎の後見人である以上は、越後国衆の多くは表立って動けない。

一部のものが反対を見せているが、全体としては極めて少数だ。

皆、勝ち馬に乗ろうとして様子を見ている。

栃尾城の戦いで見せた景虎の武威は、父親の長尾為景に劣らぬ。

もしかしたら日本中から大悪人と言わしめた長尾為景を超えるかも知れぬ。

そんな景虎相手に刃を向けたのだ。必ずどこかでこの首を狙ってくる。

栃尾城の戦いでもこの首に褒賞をかけられていた。

「殺るか・・殺られる前に必ず奴を殺る」

そのためには奴の油断している時を狙わなければならん。

守護代如きに支配されてたまるか。

「殿」

家臣から報告が入った。

「どうした」

「長尾景虎が府中から古志栃尾城を目指して、わずか百名の共まわりのみで密かに出発すると報告が入りました」

「わずか百名だと、間違い無いのか」

「間違いございません」

憂鬱そうな表情であった黒田秀忠の表情に精気が漲って来るような変化が現れた。

「これは運がいい。直ちに兵を集めよ。この機会を逃さず長尾景虎を討ち取る。この機会を逃せば景虎を討つことはできん。急いで兵を集めよ。すぐに出陣する」

「承知いたしました」

家臣が兵を集めに急いで下がっていった。

「次の越後の支配者はこの黒田秀忠だ。景虎の首を取り、それを越後の国衆共に見せつけてやろう」

黒田秀忠の笑い声が黒滝城にこだまするのであった。

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