第8話



 ドタバタと走っていく男を見ながら思考に耽る。


「……」


 あの男が知らないわけが無い。ロシアが滅んだことは世界的にも、日本でも数年は話題になるほどデカイ出来事だ。数年に一度地上に上がっていたことは把握済みだ、ならば一瞬といえどある程度の情報は得れているはずなのだ。

 それをさし置いておいても私の知る光景では知っていたはずだ、そしてロシアに単独で攻め入り、数日でモンスターを絶滅させることが出来る──はずだった。


「……複数あるうちの1つ、でしかないということはわかっていましたが」


 時折左目に流れてくる景色。この薄まった神の血が断片的に今後知るはずの情報を流してくれている。しかし、知った情報と現実に差異がある。一番確率の高い未来ではなくともかの人は一週間でロシアを奪還する未来があった。2日などという時間制限はなかったはずなのだ。

 しかしそれが違うというのならば……もう既に知る知識が変わり果てているということ。


「……おぬ

「なんでしょうか」

「かの人についての資料を破棄しなさい」


 情報が頼りにならぬなら今打てる手を打つしかない、知り得た情報が使えぬと理解出来たならば次を見据えよう。


「よろしいので?」

「使えぬ情報はいりません。視た事象と現在の差異が大きすぎます。何より──アレはおぞましい」

「分かりました。処分してきましょう」


 付き人の姿が掻き消える、資料の処分しにいってくれたのだろう。さぁ次に打てる手はなんだ。


「なれば……『為朝』に動いてもらいましょうか」


 ロシアをどうにかせねばこの世界は取られる。かの人ほど確実性は無いがそれでも取れる手を取る。


「主よ、報告が」

「おや、早いですね?」

「資料が抜き取られておりました」

「はい?す、すみませんもう一度言って貰えます……なんと?」

「かの御仁についての資料が抜き取られておりました」

「は、は?」


















「なるほど、別の僕についての資料かァ」


 既に異層へ舞い戻った男は『雨腐りの沼』で抜き取ってきた資料を見ながら思考する。


「……確かに僕だね。別の選択肢を取った僕だ」


 平行世界の己の末路を見据える。


「ただ利用されて死んだ兵器、ね」


 別に忌避感もない、恐怖もない、怒りもない。ただ納得のみが男の内にある。


「だから僕を恐怖しつつ、侮ってたのか。兵器として使えると知ってたから……舐めやがって」





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