ダンジョン暮らしの元一般人

逃げ足の早い(速い)金属粘性生命体

第1話



 その日、6人の探索者がダンジョンの深淵へと挑んだ。前代未聞、未踏の地を人類は越えようと最高の装備、最高の人員を揃え、何かあった時のために情報を残すため配信用ドローンを携えて進む。


「はぁ!はぁ!はぁ!」

「見えたぞ!深淵を乗り越えたぞ!」


|見えた!

|出口か!?

|違うかもよ!

|そんな事より後ろきてる!



 暗黒に包まれた空間、それぞれが被っている暗視ゴーグルさえも機能しないほどの光の無さ。

 その中を手元に持つカンテラを頼りに後ろから迫る見えない何か、いや見えないのではなく光を吸収する特性を持つその化け物に追われているだけだ。それと同時に配信でのコメントが加速していく。


「クッ、もう少しで追い付かれる!あつし!トラップ!」

「もう無い!」

裕子ゆうこ!」

「ドローンについてる!」

「ポーチに入れておきなさいよ!」


 もう足が棒になるような感覚の中、一人の男が後ろを振り向き手に持つレイピアと短剣を構える。


「ワシが抑える!テメェら行きやがれ!」


|は?

|うそでしょ!?

|は?

|待て待て!

|勝てないって!

|いや英断だ!全滅するよりいい!


 6台あるうちの一つのドローンもそれに追従した。黒髪にリーゼント、見た目だけなら昭和のヤンキーのような学ランのその装備はふざけた見た目に反して最高品質の素材でできている。


「んな!そんなふざけたこと出来るわけ──」

「こんなかじゃワシが一番速い!身軽だしな!だから行きな!」

あつしどうすんのよ!」

「……みんな走れ!」

「おにい──」

「やかましい!未練残させんな!おぉおお!!」


 そして迫る黒い影。瞬間に見えた光景の中で一際目立つ形状がある、咄嗟にその影を避けるように伏せることでリーゼントの男は避けることに成功し──他のメンバーもより前へ進むことが出来た。


「しゃァ……!ここが死に場所じゃ!仲間守って死ねるなら上等!来いやッ!」


|死ぬなよ皆人みなと

|最高のお兄ちゃんだったぞ!

|いや死ぬな死ぬな!

|体制整えたらみんな助けに行くから!


 ここまで押された原因は様々だ。準備不足、不意打ち、情報不足、そして何よりも……実力不足だった。

 だからこそこの中で最も実力が高く、生き延びるのに最適な存在が残るべきであり、実際に本人がそう行動してくれた。


 容易く音の壁を越えて迫るそのカギ爪を大袈裟に避ける。でなければ音の壁を越えた際の衝撃にさえ耐えきれぬから。


「チィッ……!ネコ科系統か!狙いが分かりずれぇ!」


 推測するならばおそらくトラである。男の特徴である八重歯を剥き出しに怯えの混じった獰猛な笑みを浮かべる。ここで気圧されたら負けだ、野生とは、逃げ腰になったものから死んでいく。


「みんな逃げてくれたか!どうだ舎弟ども!」


|逃げ切ったよ!

|光に入れた!

|雨降ってる?

|雨?

|色あせて

|は

|人がいる!

|後ろに建物ねぇか!?

|ログハウス!?

|助けに来てくれるって!

|誰か知らんけどなんか人居た!


 一瞬の視界に入るコメント欄の情報。その情報の中にに聞き捨てならないモノが混じっていた。


「ひ、と?」(この深淵に?)


 


「あ」(やべ──)



 そして一瞬視界を外す行為を逃す獣ではなかった。


 赤く跳ねる血飛沫、咄嗟に間に挟み込んだ左手に持った短剣ごと切り裂かれる体と離れ離れになる左腕。


 無惨に静かに振るわれたその爪は、軽い風切り音のみを残しリーゼントの男、皆人みなとと呼ばれた男はその膝を折った。


「か……はは……ここま──」


 同時に前に倒れそうになる体、重力に従いその身はどこまでも落ちていきそうで。


「おっと……お疲れ様」


 誰かがそんな彼を地面と体の間に腕を差し込むことで倒れる事を防いでくれた。


「……え」

「いやぁ、ついにここまで人類が来てくれるとはね。感慨深いものがあるよ」


|誰!?

|さっき敦の方の配信にいた人だ!

|本当に助けてくれた!

|いや待て、なんで深淵にほかの人が居るんだよ!

|そんなことはどうだっていい!皆人を助けてくれ

|てかまだモンスターが!

|……怯えてね?

|なんか怯えてるな?


「ま、いささか力不足ではあるようだけど……ここまで来てくれたご褒美だ。そろそろ僕もテレビデビューをしてみるとするよ」


 皆人が前に倒れるのを阻止し、見やすいように暗闇の中にあった柱へその背中をそっと寄りかからせたその人物は。


 白地のTシャツとジーパン、そしてサンダルを履いている。白髪の混じるその黒髪は染めているようでも生来のものではなさそうで綺麗な白ではなく、くすんだような白は見るからに白髪しらがだった。

 そして雑に構えられた手には見るもの全てに死のイメージを覚えさせられる青色の炎が灯っている。


「でも今度ここに来る時はもっと力をつけてからでいい。もっと基礎を固めてからだ」


|は?何こいつ

|誰か知らないけど皆人は日本最強のチームの1人だぞ

|早速アンチ湧いててワロタ

|こいつソロで深淵にいるんだけど

|いやそんなんより魔法で青い炎マジか


「じゃ、君もそろそろ帰ろうか。復活できるタイプでしょ?」

《……死にたい訳では無いぞ、地球の王》

「成り行きで得た称号で呼ばないでくれる?腹立つ」

《ッ、すま──》

「次呼んだら魂ごと燃料にするからね」 


 喋るモンスター、深淵の更に下にいた人。様々な情報がネットで流れる中、その男は手に持った炎を振りかぶり今に逃げさろうとする虎へぶつける。

 瞬間、この暗闇に閉ざされた世界に太陽が現れたかのような炎の柱が広がった。


|眩し

|目が!目がァ!

|明暗の差で目が痛てぇ!

|柱が乱立してるとこだったのか

|地下貯水槽見てぇだな

|てかあのモンスター喋らなかった?

|喋ってたな


「じゃ、みんなの所に行こうか。あと数分くらい根性で持たせれるでしょ?」

「──死に場所……を、くれ、るのか?」

「いんや、目の前で治療した方が助かった感あるでしょ。それにここだと襲撃されやすいしね」

「そ……うか」

「意識消え入りそうでも気絶しないでね、起こすの面倒だから」


 そして男は柱に寄りかかる皆人を抱え光の先へ目指す。その顔にはなんの悲嘆も感嘆もなく、当たり前のような意識を持っていた。


 十数秒歩くと光を抜け、その先にある光景を皆人は目にし。


(寂しいな)


 何故かそんな感想を胸に抱いてしまった。


 目の前に広がる光景は衝撃的ではある。森があり、地面もあり、空もある。あまりにも地下に似つかわしくないその光景は。しかしこのダンジョンの中では特段珍しい景色ではなかった。

 ただ違ったのは全てが腐り果てていたことだろう。


 木も、土も、水も、空気も、そして光さえも腐り果てていたその空間。常に雨が降っていたかのようにその地は沼となっていた。


「『雨腐りあめくさりの沼』、そう僕は呼んでる」

「あめ、くさり……」

「そしてようこそ、深淵の次のステップ。地球の裏側たる異層へ」


|うっわ、見るだけで全部澱んでるってわかる

|臭そう

|これさっき敦達が雨に当たって装備腐ってたよね

|雨腐り、か。腐った雨じゃなくて腐らせる雨の方が正しいのか?

|地球の裏側?

|なんか仰々しい単語出てきたけど

|厨二か?

|いやそんなことより皆人治療してくれや!


 コメント欄が盛り上がり加速していく中。男は無視して雨の中を突っきる。深淵から通ってきたであろう豪華な装飾の門から何故か存在するログハウスまでの道のりを、男と抱えられた皆人は何故か触れているはずなのに濡れずに歩く。


 そしてそろそろ意識が消えそうな頃にログハウスへ辿り着き、ログハウスの中へ入ると、そこには先程別れた5人がいた。


「みな、皆人!?」

「助けてくれたんですね!?ってすごい重傷じゃん!」

「ちょ、ポーションポーション!」

「お゛兄゛ち゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!」

「ポーション使い切ってるって!薬草すり込むわよ!」


 騒がしい。その消え入りそうな意識の中、いつも通りやかましいヤツらの声を聞く。


 そして男は粗雑にログハウスの中にあるベッドへ皆人を放り投げ、同時に右手首を掻っ切る。

 溢れる鮮血、唐突の自殺行為にその場にいた全員は固まり、同時に皆人が呻き声を上げた。


「ヴぅっ!?」

「は、何してんのよあんた!」

「怪我人に他人の血って!なんか病気になるかもだろ!やめろ!」

「2人とも待ちなよ!」


 咄嗟に男女一人ずつ、助けてくれたであろう人物へ掴みかかろうとし、着物を着た先程もまで泣いていた女が両者の肩を掴むことで止めた。


「何すんのよ!皆美みなみ!こいつあろうことか血をぶっかけるなんて追い打ちを!」

「よく見てよ満月みつきちゃん!傷治ってきてるんだって!」

「は?」


 その言葉通り、皆人の傷は治ってきている。しかも腕が生えてきているではないか。

 ではなぜ先程皆人は呻いたのか。


「か!」

「「「「「か……?」」」」」

「痒すぎる!!!!!」


「おっとそれは予想外、でも治ってるしいいでしょ」


 良くない。それが満場一致の意見だったが、それよりも聞きくことが増えるのであった。


「……おほん」

「ん?」

「改めて。助けてくれてありがとう、俺は四十四島ししじまあつし。この『暁天ぎょうてん』のパーティリーダーをしている。みんなも感謝の言葉を」

「え、えぇそうね。私は高島たかしま満月みつき。主にアタックキャスターをやらせてもらってるわ」

「高島小望月こもちづきです。満月の姉です、ヒーラーやってます」

桐山きりやま皆美みなみです、主にバッファーをやらせてもらってます。今回はお兄ちゃんを助けてくれてありがとうございます」

「あ、俺?佐藤さとうたかしです。よくある名前でしょ?主にタンクやらせてもらってますわ」

「それで今回助けて貰ったのが桐山皆人みなとという。主にシーカーをやって貰ってる」


 みんなが一列になり自己紹介をした。ならばあとは残る一人が自己紹介をする番となる。


「僕だね」


 何か緊張をした面持ちの男は。決心したのか、鋭い視線を5人へ向ける。1人はベッドの上で生えてきた腕を必死こいて掻いている。


「僕は烏間からすま絢太けんた。ここ深淵を越えた先である異層で生活している元一般人だ、よろしくね」

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