第33話 決まる
決まる!
周明氏の部屋に患者達、六人が集まって居る。
周明氏はおもむろに口を開く。
「・・・皆さんに集まってもらったのは、ほかでもない。いよいよ決行の日を決めようと思う」
四人が静かにどよめく。
首藤氏が、
「本当にヤルんだな」
岡田氏、
「俺達を利用するのではないだろうな」
周明氏、
「この病棟に居る患者は真の歴戦の兵(ツワモノ)です。部下を率いた者、上官に従順に従った者、芸術を不本意に戦争に投じた者、冷静に戦争と云う歴史を見詰めて来た者、それぞれそれなりの言い分が有る筈です。あの八月十五日の天皇の終戦勅語にただ甘んじてしまって良いものでしょうか。この国に対しても、新しい統治国に対しても、今だからこそはっきり『各人の大義』を述べる事が出来るのです。それが出来るのは君達患者、今ここに集まったアナタ方しか居ない。諸君の大義名分はすべてここにまとめてあります。英霊の為にも『半英霊のここの患者』がGHQ本部のマッカーサー元帥にこの大義名分を突きつけなくては何としますかッ!」
四人は突然、起立。
直立不動の姿勢をとる。
山田氏が、
「よ~しッ! ヤルわよ。大和魂を見せてやる」
岡田氏は大声で、
「英霊の代表として見事に散って見せる。天皇陛下万歳!」
首藤氏は握りしめた拳(コブシ)が震えている。
宙の一点を見詰める杉浦氏が、
「体調は万全ッ!」
堀田氏は座って頭を掻き、心配そうに五人を見回す。
「大丈夫かな~あ・・・」
肥田氏が気負い立つ四名を観て、
「冷静に! 我々は皆、病気である。くれぐれも平常心を保ち、病と云う硬い絆(キズナ)で事に臨んで欲しい」
周明氏は静かに、
「座りなさい」
四名はバラバラに座る。
周明氏は緊張感を持って、
「その日は明後日、午前十一時をもって開始。その詳細については堀田君から」
堀田氏は驚いて、
「えッ!」
「練りに練った小説の中身だ。ベストセラーに成るかもしれん。恥じることはない。説明してくれ」
周明氏はきつい顔で堀田を見詰め、
「分りました。では・・・」
バラバラに聞いている四人。
堀田氏、
「まず、明後日七月七日午前十一時に此処に集まった全員が病院を外出します」
岡田氏、
「外出? どこから?」
堀田氏、
「勿論、玄関から」
首藤氏、
「俺は外出禁止だ」
周明氏が、
「誰がそう決めたのですか?」
杉浦氏、
「精神病者は外出禁止だ」
周明氏、
「それは隔離病棟の患者だけです」
四人はどよめく。
杉浦氏、
「何? それは本当か。俺は足掛け三年、ここを出たことが無いぞ」
周明氏、
「看護婦の了解を得れば三時間は外出可能です。タバコを買いに行きたいとでも言って出れば良い」
首藤氏、
「そうだったのか。それを知っとったらこんな暗い生活に甘んじて居なくても・・・」
杉浦氏、
「僕は絵さえ描ければ、別に外出など出来なくても構わない」
周明氏、
「いや、それは困る。各人の役割分担はもう決まっている」
首藤氏、
「三年もの間、外出しなかった患者が突然、外出では、おかしいと思われないか」
周明氏
「大丈夫です。看護婦にそれとは無く相談しなさい。許してくれる筈だ。ただ、この日の外出は皆バラバラに出る。待ち合わせ場所は病院から道路を出て左側約三百メートル先の雑貨屋。そこに十一時三十分集合。『村瀬』と云う男がトラックで迎えに来る筈です」
堀田氏、
「それに乗って『有楽町・日劇』に行く。ですね」
周明氏、
「そうです」
堀田氏、
「日劇の衣裳部で、各人役割の衣裳に着替えてもらう」
山田氏、
「日劇で? そこまで決まってるの・・・」
周明氏は山田氏を見詰めて薄笑いを浮かべて、
「・・・その先もね」
首藤氏も納得したように、
「作戦は粛々と。風林火山の例えもある」
岡田氏、
「村瀬と云うヤツは何者だ?」
周明氏、
「インパールの兵(ツワモノ)です。進駐軍が大嫌いな巡査です。・・・少し軽い男だが信用は置けます。日劇の衣裳部からGHQ本部の内偵等すべて段取ってくれました」
首藤氏、
「インパール? 村瀬?・・・」
周明氏、
「一兵卒だそうです。そう云う男だからこそ憂いも勝ると言うものです」
杉浦氏、
「トラックなんてよく調達出来たね」
周明氏、
「今はGHQの運転手兼門番をしている。巡査です」
岡田氏、
「ほ~。鬼に金棒じゃないか」
堀田氏、
「いや、気違いに刃物じゃないのかな」
首藤氏、
「よしッ! 機は熟した」
山田氏、
「当分戻って来られないわね。院長に最後のレターを書いて置かなくちゃ」
岡田氏は憂いを帯びた眼で天井を見詰めて、
「・・・もう一度暴れてやるか」
周明氏、
「おいおい、勘違いしては困りますなあ。あくまでも大義の書状を渡すだけです。血気に逸(ハヤル)らないで下さい」
堀田氏は岡田氏を見て、
「あの~、この作品は僕のモノですから。血を流す場面は無いですからね。そこの所は宜しくお願いしますよ」
「分ってる。自分に対しての気合だ」
「それなら良いのですが・・・」
山田氏が、
「分らないわよ。この人、時々切れるから」
「何ッ!」
周明氏、
「落ち着いてッ! 仲間割れが一番怖い。心を一つにして立ち向かう事です」
「分っとるッ!」
周明氏、
「ここに集まった私を入れた七人は敗戦国民の代表ですからね」
四人は緊張した表情。
肥田が、
「それでは今日から二日後の七月七日、月曜日、午前十一時三十分! 集合場所は病院から道路を出て左側約三百メートル先の雑貨屋! そこから最後の決戦を決行する。各自、体調を万全に! 当分、ここには戻って来ない。以上を以て作戦会議を終了する。一同、起立ッ!」
気合の入った表情で周明氏を入れた『七人が起立』する。
肥田氏が、
「皇居に向かって。・・・礼ッ!」
七人は深く頭を下げる。
周明氏が、
「くれぐれも平常心で」
杉浦氏、首藤氏、岡田氏、山田氏達は踵(キビス)を返し、周明氏に気合の入った「敬礼」をる。
肥田が、
「解散ッ!」
山田氏は周明氏の病室のドアーをそっと開けて廊下を覗く。
「大丈夫よ。早く出ましょう」
つづく
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