第30話 直訴十箇条

   直訴十箇条


 102号室で周明氏、肥田氏、堀田氏、の三人で『行動配置の草案』を練っている。


周明氏が、

 「杉浦さんも散々な目に遭ったんだねえ」

 「杉浦さん? ああ、隣の部屋の絵描きですか」

 「立派は画家です」


肥田氏が、

 「いや、ただのワガママ爺(ジジイ)だ」

 「そう言いなさんな。皆、爺に成るんだから」


堀田氏、

 「ええッ?! 僕まで一緒にしないで欲しいなあ。あの人、時々松葉杖で歩いている姿を見るけど、僕が挨拶してもいつも無視しているんです。何か無気力に一点を見詰めていてね。まあ、病院が病院ですからこんなものかと思っていますけれどね」

 「・・・、あの人はシナの熱河から南方のニューギニア戦まで従軍して絵を描いていたらしい」

 「ああッ! そう言えば戦時中、『日本之進躍』って雑誌で見たことがある。東洋文化協会と云う所が発行していて、僕の友人がそこで記者をやっていたんだ。あの手の絵を描いた人って、あまり印象に残らないからなあ」

 「シンガポール攻略の際、山下大将とパーシバルの降伏交渉の絵は知っているだろう?」

 「宮本三郎とか云う画家でしょう。アレは別格ですよ」

 「杉浦さんもいろんな戦地でいろんな兵隊や大将達の似顔絵も描いてきたらしい。今でも、数十冊のスケッチブックを大切に持っている。いつかその似顔絵を、関わった兵隊達の家族に渡してあげたいと言っていた。それがあの人の最後のご奉公なんだとね。・・・しかし、歩けないんじゃねえ。快速な車椅子に期待をかけているらしいが・・・」


肥田氏、

 「おいおい、杉浦氏の脚(アシ)は俺が治す。車椅子なんかには乗せないぞ」

 「そうだ、良い方法が有る! 進駐軍にそれを公開して捜すと云う事は出来ないでしょうか」

 「そんな事が出来るわけがない。ついこの間迄、日本兵を殺して来たアメ功だぞ」

 「いや、良い方法かもしれないぞ。それも条件に入れておこう。何しろ戦勝国に直訴する団体はこの七人が最初で最後だろう。アメリカ人も人の子だ。心は通じる筈だ。堀田くん、進駐軍に突き付ける条件は幾つにった」 

 「まだ、五つです」

 「少ないなあ。十箇条だ。十個突き付けると云う事は沢山の条件から淘汰していかなければならない。君も患者達の目線で考えなければだめだ」

 「はい・・・」

 「俺も一つ有るんだ」

 「何だ。聞かせてくれ」

 「国民の健康維持の為に、全員がいつでもどこでも出来る体操を作る。健康な身体(カラダ)には健全な精神が宿る。まず、心を一つにして号令イッか体操を始める事だ。それも、ドイツ式のね」

 「それは良いが、ドイツ式は止(ヤ)めた方が良いんじゃないか。じゃなくても日本人が一つに成ると云う言葉は進駐軍にはナーバス(神経過敏)過ぎる。そこにドイツ式なんて固有名詞を付けたら、また何かヤラカスのっではないかと妙な詮索をされかねない。下手(ヘタ)をしたら今度は米軍の精神病院に隔離されてしまうぞ」


肥田氏は憮然とした態度で、

 「体操はドイツ式が一番だ。何が後ろめたい事などあるものか」

 「分かった分かった」

                          つづく

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