第3話 子供部屋おじさんの夢

63歳。

再雇用での定年も近づいてきていた。

趣味は無し。

家族や子供もいない。

暇にあかせて呑み続けた酒で身体も腫れていた。

もはや晩年であった。

そこらにいる野良猫の方が、生物として健全であり幸せに見えた。


「死んじゃおうかな・・・。」

いつもの口癖が口から飛び出してきた。

別に死にたいわけではなかったが、虚しくなるとつい口をついて出てくるのだ。

しかし、今日は自分の言葉がなぜか耳に突き刺さった。


「あぁ、そうだな・・・。」

今日は、休日に訪れた自分の誕生日だった。

仕事以外にやることもなかった。

長年の習慣で朝も早くから起きてしまうので、洗濯をして掃除もした。

日の出の前に全てが終わり酒を飲んだ。


三杯で、酒は人を呑んだ。


「これさえなければ、もっと違う人生を送れていたのかもしれなかった。」

自分の時間のほとんどが酒で無駄になった。

そして、私はいつものように何気なく死を口にしていた。

腰高窓から差し込む朝の光が、それに答えたように思えた。


「あぁ、そうだな・・・。」

僕は太陽に微笑み、酒を栄養にして根を生やした椅子から立ち上がった。

決して豪華ではない、ただ高いだけのマンションの8階の自室のベランダから地面を見下ろした。

いつも高いと思っていた地面が近くに見えた。


「こんなので大丈夫なのか・・・?」

まぁ、物は試しだ・・・

背中で大好きなアニメがモニターの中で叫んでいた。


転生か・・・。

そんなことができるのであればしてみたいものだ。

今の記憶を持ったままで、酒を飲めない子供の領主様か。


『俺のスキルが進化している!!』

『これでいける!!』

背後で録画したテレビアニメが再び叫んでいた。


僕はベランダの腰壁から、プールに飛び込むように華麗に舞い上がっていた。

インターハイにも出場した僕が見せる、この世での最後の演技だった。

一回、二回、三回、学生の頃の練習の成果は何もしていなくても衰えてはいなかった。

眼下に水面が近づき、私は身体を一本の節のように伸ばした。


転生を夢見る年老いた身体から、

これ以上ないほどに、小さく血しぶきが上がった。


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