第11話 旅は道連れ、余は情けない

 彼らが歩き始めてしばらく、太陽が南中から少し傾き始めた頃、彼らはテンプレ展開⋯⋯つまるところ、魔物らしき熊の群れに襲われている箱馬車に遭遇した。

 護衛らしき騎士が数名いるものの、熊の群れが相手では力不足なのか非常に苦戦しているように見える。


(くま?)

(クマ?)

(熊だな。ベアーでもいい)

(腕4本あるけど、本当に熊の分類でいいんか)

(蜘蛛も百足も足の本数に関わらず虫の分類だろ)

(それもそうか)


 呑気に会話をしている最中にも1人、また1人と騎士が命を散らしていく。

 彼らが発見したのと、熊の襲撃はほぼ同じタイミングだったのだろう。1分もしないうちに騎士達は全滅してしまい、助けに入るか決める間も無く馬車馬もその命を奪われてしまった。


(助けに行くか?)

(どうやって声かけるんだい?)

(全滅してんだから今更だろ)

(そりゃそうだ)


 そんなわけで、彼らは熊の群れへと突撃した。

 もちろんバカ正直に戦う訳もなく、射程ギリギリでの遠距離攻撃かざきりによる不意打ちアンブッシュはもちろん、バックラーツバサ投げ、目くらましブラインドを使ったアンハッピーセット。

 いくら嗅覚や聴覚が優れていようと、突然視覚を奪われて混乱しない動物などそうそう居ない。なにより、彼らは血もなければ肉もないので、そもそも熊は有効打を持っていない。

 亡くなった騎士達には申し訳ないが、問答の時間を省略することが出来たので彼ら的には万々歳である。


(さて⋯⋯この熊の死体どうするよ)

(あと騎士の死体ね)

(埋めておけばいいんじゃないか?)

(ついでに馬車)

(とりあえずノックしてみたら?)

(知ってるか、用事がある際のノックは3回なんだぜ)


 トイレは2回というのが有名だが、外資系企業だとプロトコール・マナーで4回するらしい。もちろん地球の常識であるので、この世界においてそれが正しいとは限らない。

 コツコツコツと3回ノックすると、箱馬車の中からは低い男性の声が聞こえてくる。


「終わったか、レオ」

(レオ is 誰)

(騎士の誰かだろうよ)

「⋯⋯? レオでは無いのか、誰ぞ」

(なんて答える?)

(そもそも僕ら発音出来ないから返答できない件)

(今更だが言葉が通じてるな。不思議だ⋯⋯)


 どう答えたものか彼らが困っていると、チラとカーテンから外の様子を見たらしい金髪の美男が、慌てて外に降りてくる。


(不用心だな⋯⋯)

(一応帯剣してるから、不用心とも言えないんじゃないかな)

「⋯⋯なんということだ」

(貴族、だよな。服装的に)

(護衛を5人連れて、単独で移動か⋯⋯)

(訳アリだろうねぇ⋯⋯高確率で)

(たった5人なのか、5人もなのかは知識がないからわからんけどな)

四腕熊フォーハンドベア⋯⋯か。たった5人で群れに勝てるわけも無し、よく戦ってくれたものだ」


 熊の名前はそのまま四腕熊だったらしい。

 ケンマやツバサは踊らせるダンシングだの空飛ぶフライングだの、妙に気取った名前をしているというのに、不公平ではないだろうか。


「貴殿が助太刀に入ってくれたのか? 余はセオドア・テグ⋯⋯いや、セオドアだ」

(貴族確定やん。しかも没落したかなんかの)

(さて、発声できないわけだがどう答える?)

(ジェスチャーで話せないことを伝えればよかろう)

(採用)

「⋯⋯なんの仕草だ? 喉? ⋯⋯もしや話せないと伝えたいのか?」

(それそれ! この人結構察し良いな)

「呪いか怪我か、あるいは先天的な障害かわからんが、それならば仕方もない、か⋯⋯。臣下と共に戦う力もなく、恩人の名前を知る術もないとは⋯⋯なんとも余は情けないな⋯⋯」


 セオドアと名乗った男は感傷に浸り始めた。

 手持ち無沙汰な彼らはセオドアを観察する。服装、装飾品、仕草。

 それらを総括して導き出した答えは、このセオドアという男が王族ないしは高位貴族なのではないかということ。

 まず一人称が余。明らかに高貴な人物である。一人称が余のキャラクターと言えば、某ローマ皇帝や金細工師、大魔王、将軍あたり。もうこの時点で高貴な雰囲気しか感じない。

 次に服装。全体的に布地が滑らかで、所々に金細工らしきものがあしらわれている。明らかに庶民の服装ではない。

 そして最後に剣。儀礼剣なのか、鞘には煌びやかな宝石や貴金属による装飾が施されており、見るからに家宝や国宝といった風貌をしている。


 これで庶民だと言われた方が困るというものだ。


(没落した高位貴族の当主か、下手したら亡国の王とかだよこれ)

(見た目30代手前か⋯⋯。子供や配偶者がいないのが気になるな)

「馬もやられてしまったか。余の命運もここまでというわけだな⋯⋯」

(助けた方がいいのかこれ)

(好きにしなよ。元より僕らの知ったこっちゃないだろう?)

「娘達は上手く逃げ切れていると良いのだが──」

((今なんて?))

(こいつらは⋯⋯)


 ガシッとセオドアの肩を掴む。

 鼻どころか呼吸もしていないのに鼻息を荒くし、続きを聞かせろと言わんばかりに存在しない目に力を込めて。

 その剣幕に仰け反ったセオドアが、ポツポツと語り始める。


「助けてくれた貴殿に話すのもなんだが⋯⋯余の本名はセオドア・テグラル7世と言ってな。なに、つい数日前に滅んだ国の元王だ」

(やっぱり亡国の王じゃねえか!!)

(わーお⋯⋯)

「隣国との関係が悪化し、戦争になり負けた。言葉にしてしまえばそれだけの事だが、余も人の親。別々に逃げた娘や妻が無事かどうか不安で仕方がないのだ」

(この王様結構イケメンだし、娘は高確率で美少女なんじゃない?)

(自分もピンチなのに、娘を心配する父親の愛⋯⋯アリだな)

(お前の純愛センサーは親子間の親愛にも反応するのか⋯⋯?)

「妻と一緒に逃げた筈だが、妻も娘も羞花閉月の美貌の持ち主⋯⋯。護衛がついているとはいえ、もし盗賊にでも捕まってしまったとしたら⋯⋯嗚呼、なんと恐ろしい!!」

(なんかちょっと芝居じみてきたな)

(この王様、もしかしてトリップしやすいタイプなのかな?)

(さっきも感傷に浸っていたしな。そういう面はあるのかもしれん)


 なんだかんだ言いつつも、彼らの方針は決まりつつある。

 どうせ目的も宛もない異世界道中。旅は道連れ世は情け。ほんのちょっと、いや結構な割合で性欲に従っているけども、人助けの一環なので許してやって欲しい。


「獣人連合国との融和の象徴たる、妻と娘の白翼が汚されることなど、あってはならないと言うのに──」

(ん?)

((あっ))

「──妻よ。白き翼の君よ、どうか無事でいてくれたまえ」


 地の文の訂正が多くて申し訳ないが、訂正しよう。

 ⋯⋯たった今、彼らの行動理由の10割が性欲に成った。

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