第6話 3バカの虫退治

(⋯⋯で、報酬は?)

(不可能な依頼じゃないのはわかったけど、流石にタダ働きしろって訳じゃないよな?)

「無論、報酬は用意させてもらうとも」


 そう言いつつ、植物の妖精は悩むような素振りを見せる。トオル達の方を見ながら、悩ましそうに唸り──あるいはうねり──なにか思いついたのか、ピタリとその動きを止めた。

 その視線(?)の先にあるのは、昇格した際に変化したケンマ⋯⋯を、収めている鞘。


「昇格の際に巻き込まれたようだが、元が元。本体である剣に合わせた特注という訳でなく、何か効果が付与されている訳でもない。そうだな?」

(そうなん?)

(多分。気にしたことないから分からないけど)

(元々が数打ちだからな⋯⋯さもありなん)

(カビてなかったのだけが幸いだったよな)

「⋯⋯剣の。お前はそれで良いのか⋯⋯? 剣だろう?」

(いや⋯⋯まあ、基本的に抜剣されてるし、カビたりしてなければ別に何も⋯⋯?)


 魔物化した武具というのは、基本的にその表面を己の魔力で保護している。意識的でなく、本能的に。

 魔物化した時点で劣化していることもあるだろうが、昇格してしまえばそれも関係ない。

 現時点において、ケンマは錆や劣化とは無縁であった。


「⋯⋯まあ、良い。報酬は鞘を用意させてもらう。頼めるか?」

(おうよ。気長にツタを長くして待っててくれ)

「ハハ、この若木が、大樹になるほどかかっても良い。確実に頼むぞ」


 そこまでかからないだろと苦笑しつつ、トオル達は古館に戻る。

 そして減った魔力を補充するため、すぐさま西方面──虫の領域──へと走りだした。

 目につく大型魔虫を手当り次第に倒し、その全てを糧へと変えていく。

 硬い外骨格を避けて節を断ち、狙えるならば容赦なく首を落とさんと得物を振るうその姿。これを見て元現代日本人など、誰が信じられようか。

 娯楽に溢れ、世界有数の治安の良さを誇る現代日本。オタ活に勤しみ、荒事とは無縁の生活を送ってきたトオルだが、よもやこのような才能を有していたとは。

 生まれる時代を間違えたか、あるいは生まれ変わって荒事の世界へ身を投じるまでが運命だったか、どうやら適職は坂東武者ばんぞくあるいは鎌倉武士バーバリアンの類らしい。

 振り返ってみれば、館の中でも不意打ちや略奪を嬉々として行っていた男だ。既に片鱗は見えていたのかもしれない。


(いやあ、現代日本じゃ発揮されない才能だよねぇ⋯⋯)

(よもやよもやだな。だが、前回はこんなに好戦的だったか?)

(理由があるからじゃない?)

(なるほど)


 彼らという外敵が現れたからか、次々に魔虫が集まってくる。それに伴って攻防の密度も上がるが、盾のふちと魔法も併用するトオルには苦戦する程でもない。

 血の通った肉体を持たない彼らに毒は無意味であるし、効率良く肉を捉えたり噛みちぎるための棘や顎は金属鎧の表面を滑ってしまう。

 ガッチリと捉えることが出来ればともかく、ツバサを筆頭とする高い空間感知能力を持つ彼らはそれを許さない。表面に軽い引っかき傷がつくことはあっても、ひしゃげたり、裂かれるような重傷は今の所負っていない。


(ギ酸持ちの虫がいないのは幸いだな。全身金属の俺達には天敵だぞ)

(アリは数も多いもんねぇ⋯⋯おっと、トオル。新種だ!)

(おけ! バッタか、運動エネルギーを体感して死ね!)


 某ゲームの死亡ログは無関係である。


(数が落ち着いて来たね。今のうちに奥へ進もう)

(んにゃ、もう少し倒したい。リソースは多い方がいいし)

(いやでも、あんまり引き伸ばすと絵面が同じで飽きるって言うか⋯⋯展開が間延びして飽きられるよ)

(カットすればいいよ。──1週間後。みたいな感じで)

(⋯⋯奥の方が、強くて魔力の多い敵も居るんじゃないか?)

(しゃあっ! 奥行くぞ奥!)


 前回と同程度進むのに3日。そして、その奥へ更に2日ほど進んだ頃、魔虫の外見に変化が起き始めた。

 異形というか、虫と虫のキメラとでも形容すべき魔物モンスター⋯⋯否、怪物クリーチャーが現れ始めたのだ。

 カマキリの鎌を持ったトンボ、バッタの足を持ったゴキブリ、トンボか蜂の羽を持った空を飛ぶムカデ。カマキリの鎌と足が起きかわったムカデも居た。


(キモいキモいキモい! 生物として絶対に何かおかしい!)

(不自然すぎるだろう!? なんだこのキメラは! 生命に対する冒涜だ!)

(キエェェェエェェ!!)


 遂にトオルは言葉すら失ってしまったらしい。

 猿叫という名の音無き奇声を上げ、作為的に生み出されたと思われる魔虫キメラを屠っていく。

 機動力と攻撃力を両立しようが、圧倒的機動力を保有しようが、全て些事と言わんばかりに蹂躙する。

 外骨格の節を断ち、分解し、首を落とし──魔力を、闇を纏わせた刃で


(あれ、今のって⋯⋯)

(節ではなく、外骨格を断ったな。やはり天才か⋯⋯?)


 袈裟懸けにトンボの頭殻を両断し、左逆袈裟にムカデの銅を断つ。その勢いのままに左脚で回し蹴りを叩き込むと、カマキリの頭部がちぎれ飛んだ。


(ついに体術を使い始めた! 僕ら要らない子じゃない!?)

(さもありなん)

(それ気に入ったの?)

(気に入った)


 魔虫は外敵を排除せんと必死であるのに、彼らは呑気に会話に興じる余裕がある。

 一騎当千の英雄と雑兵の差。もちろん、雑兵と評した魔虫キメラだって弱い訳では無い。多少訓練した程度の一般兵と指揮官相手なら、十人隊を相手にしても単体で勝てる程の強さはある。

 それを鎧袖一触する彼ら──主にトオル──が強いだけだ。そして、そんな彼らも世界最強には程遠い。

 言うまでもないだろうが、剣と魔法のファンタジー世界というのは、思ったよりも魔境で、命が軽く、割と軽率に多くの命が失われる修羅の世界なのである。

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