第5話 森の探索(2回目)

 魔法について一通り調べた後、彼らは今まで調べた方と反対側──古館を基準とした時の反対側──へ歩を進めていた。

 切れ目もない同じ森だというのに、虫の楽園だった彼方あちらとは全く違う様相を見せる。

 金属の臭いを警戒しているのか、遠巻きに姿を見ることこそあれど、1匹として襲いかかって来る動物はいない。

 狼、鹿、猪は何度か見かけたものの、小動物の類は後ろ姿すら見えない。彼らに怯えているのだろうか。


(様子が全然違うな。見慣れた大きさの虫とか、想像していた通りの大きさの動物しかいない)

(むしろ、あっちがおかしいんじゃないかな?)

(森が全て虫に支配されているのではなく、一角で巨大虫が繁殖しているだけなのだろう。ひとまず安心と言ったところか)

(それな)


 ただ、それがわかったところで状況は変わらない。

 野生動物は餌にならないような相手に襲いかかったりしない。目に映る動くものは全て餌だと思い込むカマキリや、目に映るもの全てを飲み込めると信じ切っている狂気の鳥ペリカンとは違うのだ。

 金属や鉱石を主食とするようなモンスターが居たら話は別だったのだろうが、そういった存在は鉱山や火山のような金属資源の多い場所に住む。即ち──


(──暇だぁぁ⋯⋯)

(ただ歩いてるだけだからな)

(こういう場合って、ゴブリンやオークに襲われてる美少女の悲鳴が聞こえるとかが定番なのにね? 現実はそう甘くないって事かな)

(助けたって俺らも人外じゃんかよ⋯⋯。上がるのは好感度じゃなく悲鳴だろ!?)

(いやいや、精霊信仰ならもしかするかもよ?)

(それだって恋心じゃなく信仰心が芽生えるだけだろうがよぉ!)


 精霊信仰なら元々信仰心はある⋯⋯というのは野暮だろうか。

 異世界モノにありがちなテンプレイベントに自分勝手な文句をつけつつ、森を歩いていく。

 もはや散歩と化した森林探索だが、日が落ちてまた空が明るくなり始めた頃、彼らに語りかける奇特な存在が現れた。


「おい、そこの」

(右上にいる鳥すごくえっちじゃないか!?)

(知らねえよ。俺ら鳥ケモナーじゃねえもんよ)

「無視するな鎧の!!」

(⋯⋯こうか! やったぞ、僕にもツバサと同じような探知ができるようになった! ⋯⋯何かそこにいないかい?)

(ん?)

「遅い! さっきから呼び掛けているだろう!」


 顔を向けた先に居たのは、ハエトリグサの頭、ウツボカズラの胴体、モウセンゴケの腕を持った、人の上半身に似ているような気がしなくもないクリーチャーだった。大きさは全長130cm程に見える。

 正直に言って非常に気持ち悪い。


(どういう造形? 食虫植物で人を造形するにしても、もう少しあるだろ)

(うわぁ⋯⋯なんというか、進化の方向性を間違ってる気がする⋯⋯)

(知っているか? 植物というのは、地球上で約35万種居ると言われているそうだ。そして、その中で食虫植物に分類されるのは700種にも満たないという。つまり⋯⋯だな)

「喧嘩を売っているのか!? 買うぞ、おお!?」


 食虫植物の割合は約0.2%。それだけ進化の方向性としては効率が悪いという事だ。

 魔法があるこの世界であれば、もっと種類は多いかもしれない。もしかしたら、明確な意志を持って虫や動物を襲う食虫/食獣植物もいるかもしれない。


(やかましい草だな。草なんだから楽しく笑っとけよ)

(草違いだろう。わざわざ声をかけてきたんだ、何か用事でもあるんじゃないかな?)

「ああ。用事があって呼び止めている」

(報酬は?)

「そう急くな。まずは話を聞け。辺境なら静かに暮らせるだろうと思ったはいいが、あまりにも辺鄙だと暇でな⋯⋯」

(((あー⋯⋯)))


 辛辣な対応はどこへやら、彼らは心の底から共感した。そも、彼らは娯楽に溢れた現代日本で生まれ育った前世を持つ者達。館の掃除──外敵の排除的な意味──や虫の楽園は、暇にならない程度にはやること──主に戦闘──があった。


(⋯⋯いやでも、お前植物じゃん?)

「正確には植物妖精⋯⋯人類にはドリアードやドライアドと呼ばれる存在だ。全体的におおらかで事なかれ主義で、基本的に自分の周囲に生えている草木を眺めて生きている」

(めっちゃ暇に強そう)

(1年と10年の違いが分からなそう)

「その認識で相違ない」


 植物の妖精にしては随分とアグレッシブらしかった。


「人類の尺度で言うところの⋯⋯200年程前か? この森の西の方で大型の魔虫が大繁殖し始めてな」

(あっち西だったのか)

(じゃあ太陽が東から昇ってることになるから、ここは北半球だね)

(方角がわかったのはデカいな)

「聞いているか? お前たちに頼みたいのは他でもない、西の大型魔虫共を駆逐して欲しいのだ」

(⋯⋯駆逐?)

(間引くじゃなくて?)

「駆逐だ。殲滅と言い換えてもいい」

(無理だろ)


 実質1人で殲滅なんて無理に決まっている。虫というのは繁殖が早い生物種であり、世代交代の早さに伴う分化による種類の多さと、その総数が非常に多い生物種である。

 その特性故に、とすら言われるほど。


 即ち──


(数を減らすことは出来ても、殲滅なんて夢のまた夢。諦めて共生の道を探った方が賢明だな)

(アレらを生み出している唯一無二のマザー個体がいるなら話は別だけど、アレらが生物である以上個々で繁殖するんだから駆逐なんて無──)

「可能だとも。西に蔓延っている魔虫は、1匹を除いて全てオスの個体だからな」

(いやいや、えー⋯⋯?)

(嘘だろう? あれが全部オス個体? あの大きさで?)

(⋯⋯キメラビーじゃないんだぞ? 女王個体が数多の虫を生み出したと⋯⋯?)


 随分と都合の良い話があったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る