交錯のアルマリア~届けこの愛!次元を超えて!

たねありけ

プロローグ

第1話 実家に帰らせていただきます

「また人任せ! 娘の杏奈あんなのことよ! 私ひとりに決めさせるなら、あなたと居る必要なんてない!」


「いや、その、俺はそんなつもりじゃ……」


 梨央りおのヒステリックな甲高い声。この声で詰められると駿しゅんはいつも萎縮する。


「……もう我慢できない。家を出るから」


 ところが次にやってきた言葉は地を這うような低い声色。初めて耳にする声に戦慄した駿は、その威圧感に頭が真っ白になった。それでも、大好きな彼女がいなくなっていまうという恐怖が勝り、それに押し出されるように――彼にしてはとても勇敢に――背を向けた彼女の肩を掴んだ。そんな駿を一瞥した梨央は。


――パァン!


 駿の頬に鋭い衝撃が走った。


 乾いた音とともに駿は尻もちをついた。一度だけのはずなのに耳元でずっとその乾いた音がこだましている。怖気づいた彼は、それでも必死に自分を奮い立たせると、揺れる視界のもや・・を振り払うように顔を上げた。そして目を疑った。


「実家に帰らせていただきます」


 聞き慣れた梨央の声ではなく、物静かな声だった。視界にも違和感があった。見覚えのない豪華な床のタイルに、絢爛な装飾のシャンデリア。目の前には時代錯誤ともとれるような、中世のヨーロッパ貴族が着る耽美な刺繍のドレスを身につけた女性が立っていた。


 華やかに結い上がった金色に輝く美しい髪。知性を感じる青く澄んだ瞳。白く滑らかな肌。その貴族らしい気品の漂う佇まいは、かえって彼女の冷静さを感じさせた。だが、不穏な言葉を発したであろうその表情は険しく、珍しく感情を露わにしているようにも思えた。


「え? 誰?」


 目を奪われていた駿はようやく口を開くが、出て来たのは風邪をひいたときのように低い声だった。自身の状況にも違和感を抱き、頭が真っ白になっていく。


「もう、決めたのです!」


 彼女は駿を一瞥すると、勢いをつけて、それでいて上品に扉を閉めて出ていった。彼女が誰だかまったくわからない。しかも、その目には駿への怒りが滲んでいたのだ。


 梨央に向けられた怒り。見知らぬ女性に向けられた怒り。まったく異なる二人から向けられた同質のそれは彼の心をずきりと抉っていた。


「……な、なんだこれ……? 誰?」


 理解できない。どうして自分に怒りが向けられていたのか。梨央を止めなければという焦りと混乱で頭が真っ白なまま動悸が激しくなる。胸がじくじくと痛み涙が零れそうだった。これが夢ならば醒めて欲しいと願うばかりだ。


 そして駿は、はっと気付く。そうだ、梨央を追い駆けるんだ。ここはどこだ!


 駿は倒れたままでは不都合と起き上がろうとすると、足元にかつんと何かが引っかかった。


「え?」


 自分の体が何か硬いもので覆われているのに気付いた。彼は視線を下に向ける。そして駿は驚愕した――鎧だ、全身が重い鎧に覆われている! 


「な、なんだよこれ……!?」


 手を動かし鎧を確かめるが、それは本物で、どう見てもただの夢のようには感じられない。そして何よりも、その違和感をさらに強くさせるのはこの貴族が住むような洋室の空間だった。明らかに駿が住んでいたマンションの一室ではない。


 慌てて足を動かそうとするが今度は体が思うように動かない。それでも何とかして膝に手をつき立ち上がった。


「…… ?」


 鎧を鳴らし立ち上がるとまた違和感がある。いつもより視線が高いのだ。掌を見れば、何かを日常的に握るほどの太く丈夫な指。まさか、今の自分はデスクワーカーの自分ではないのか。


 またも夢かと疑い、頬を抓るが痛いだけ。鎧の重みと冷たさが現実のように感じられる。これは夢なんかじゃない。そう彼の五感がしっかりと訴えていた。


 改めて部屋の中を見渡す。ペルシア絨毯に劣らぬくらいに鮮やかな紋様が刺繍されたソファーのカバー。白く塗られた壁に著名な画伯が描いたような重厚な絵画。窓は大きくその周囲には上品なカーテンがあしらわれていた。


 まるで貴賓館。思わず、すごい、と漏らすところに、扉の向こうからコツ、コツ、コツと響く足音が聞こえてきた。音の主がこちらへ向かっている。


「失礼いたします、旦那様」


 静かに扉が開かれると、目の前には初老の執事が立っていた。彼は深々と頭を下げ、続けた。


「奥様は、王都のご実家へご出立されました。ロザリアお嬢様もご一緒です」


「……え?」


 再び状況が飲み込めない。奥様? 王都? ロザリアお嬢様……?


――奥様とは、ロザリアお嬢様とは誰?


 喉まで出かかったところで飲み込む。この執事はただ単に、俺――自分と認識してよいのか疑わしいこの身体の持ち主――が当然に知っていることを口にしただけ。


 が誰であろうと不自然に慌てる様子を見せるわけにもいかない。執事を片手で制し、何でもないという意思表示をすると、彼は一礼して去っていく。


 扉がパタンと閉まる。彼とのやりとりをもって、ますますこれが現実であるとの実感が湧いてくる。でも、どうして俺はこの身体になったのか。


 そして遅れて彼の口にした言葉の意味をようやく理解する。問うまでもなく、奥様とお嬢様はの妻子なのだろう。この身体の持ち主は見知らぬ妻子に今まさに出ていかれたのだ。梨央が出ていこうとしていたように!


 その事実だけがとの共通項であるということに、思わずハッと蔑むような声が出た。悪い夢をと交換でもしているというのか。


 そして駿の頭に、唯一、知ることができた固有名詞が引っかかる。


……ロザリアお嬢様――?


 以前、娘の杏奈に執拗に勧められプレイした乙女ゲームの登場人物を想起する。途端、彼の脳裏に閃く。小説で何度も読んだことがある展開。


 突然の別世界。見知らぬ身体。中世の世界観。


 だがそれは、本来であればあの世にいる神様が行先の世界を説明したり、気付いたら召喚の儀式をされていて、周囲には魔法使いなどがいるはずの。


――まさか


 ラノベによくある展開。だが、そんな心当たりなどまったくあるはずもなく。チートや、もふもふや、美男美女に囲まれるような気配もなく。ましてや離婚寸前というだけのこの状況。


――これが、こんなのが、異世界転生!?


 冗談のような可能性に、駿は咄嗟に周囲を見渡した。傍にあったデスクの上にある手紙を手に取り、震える手でそれを開く。


『フロイエン家当主、ジークフリート閣下へ』


 その文字を見た瞬間、言葉を失った。


 執事に旦那様と呼ばれたのだから自分がこの屋敷の当主。つまり『ジークフリート閣下』だ。そして『ロザリアお嬢様』の父親。パズルのピースが揃う。


「俺が……ジークフリート……?」


 目の前の現実を突きつけられた駿は、ただ、信じられないようにその名前を呟くしかなかった。


――王道乙女ゲーム、『輝聖きせいのアルマリア』


 ロザリア・オブ・フロイエンとは、そのゲームに登場する悪役令嬢。そしてその父親がジークフリートだったからだ。




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