第3話 高嶺の花は箱推し


「本日の面接を務めさせてもらう左藤だ。よろしく」

「本日面接をさせていただく高咲です。よろしくお願い致します」


 マスターから『やらないと今日のバイト代無しね』と脅された俺は嫌々高咲の面接をすることになった。


「ハァハァ、正面からの破壊力やばすぎりゅ。ですが、負けません。今だけは絶対に。私にはお金が必要なんです」


 対面に座る高咲は相変わらず猫がかられていないが、一応真面目にやるつもりはあるらしい。

 今から死地にでも赴く戦士のような覚悟に満ちた顔でこちらを見つめてくる。

 正直に言ってやり難い。

 面接を受ける側の高咲が一番プレッシャーを感じるのが普通なのに、おそらくこの場で一番俺がプレッシャーを感じてしまっている。

 ただ、それを気取られるのは男として恥ずかしくて、持っているカンペで顔を半分隠してから面接を始めた。


「はぁ〜。それじゃあ、とりあえず高咲。先ずはこの店で働こうと思ったのか教えてくれ」

「はい。小さい頃から実は定期的に通わせてもらっていて、この店の雰囲気が好きでいつか働きたいと思っていました。特にここのコーヒーが好きで自分でも淹れれるようになりたいと思っていたところ先日、バイトの募集をしているのを拝見しまして、大きくなって応募規定を満たしていたので今回は応募させていただきました」


 先ず、最初に聞いたのは志望動機。

 俺目当てで応募したとか言ったら速攻で追い返そうと思っていたが、返ってきたのは予想以上にしっかりしたものだった。

 高咲の様子を伺うと嘘をついているという様子はなく、心の底から言って事が分かる。

 そんな彼女の姿を見て、時給が良くてしかも賄いありで人が来なくて楽そうだからという理由で応募した過去の自分が少し恥ずかしくなった。


「週何回くらい出れる?出れない日があれば合わせて教えて欲しい」

「基本毎日行けます。平日は十七時以降ならいつでも行けます。休日なら開店時間からでも行けます。ですが、学生ですので委員会や学校行事がある日は流石に難しくなると思います。それらが特に無ければ週七でも問題ありません」

「なるほど。じゃあ、ホールとキッチンどっちが良いとか希望はあるか?」

「キッチンでお願いします」

「キッチンか。人手が足りないから有難いが皿洗いとかで手が荒れる可能性がある。そこは大丈夫か?」

「はい。比較的皮膚は強い方なので定期的に保湿をすれば問題ないです」

「おーけー。一応忙しくなるとホールもやってもらうことになるが大丈夫か?」

「……が、頑張ります」


 それから何回か質問を繰り返したが、接客の話をした時だけ苦い顔になったがそれ以外に問題はなく理想的なものばかり。

 これならば問題なくやって行けそうだと、心の中で判断を下した俺は後ろに視線を送ると、マスターが小さく頷いた。

 あの反応見るに合格と判断していいだろう。

 つまり、面接は終わっても問題ない。

 高咲に終了を知らせようとして、ふと俺の中でとある疑問が浮かんだ。


(高咲はどうしてお金が必要なんだ?)


 彼女の鬼気迫る様子を見るにただ遊ぶお金が欲しいだけのように思えない。

 何かしらの理由があるのではないか?

 そう思った俺は、最後に高咲へ尋ねた。


「どうしてアルバイトをしようと思ったんだ?」

「それは……」


 すると、彼女の顔が気まずそうなものに変わった。

 先程までこちらを真っ直ぐ見ていた瞳は下を向いており、いかにも言いたくないというオーラを醸し出している。

 そして、チラッとこちらに言わないと駄目ですかと上目遣いを送ってきた。

 俺はそんな高咲の瞳を真っ直ぐ見つめ返すと、やがて観念したように肩を落とした。


「あ、あの、引かないでくださいよ?」

「あぁ、引かないから大丈夫だ」

「本当に本当ですか?」

「本当に本当にホント」


 その後、しつこくこちらに確認を取ったところで高咲は小さく呟いた。


「……推し活のためです」

「推し活?それは、俺のか?」


 それを聞いた俺は目を白黒させ、思わず聞き返した。

 何故なら俺はアイドルや配信者でもない一般人だから。

 グッズを販売してるわけでも、投げ銭が出来るわけでもない。

 全くお金がかからない存在だ

 そんな俺の推し活をするためにお金が必要というのがイマイチピンと来なかったのである。


「……は、はい。すいません、勝手にこんなことしてごめんなさいごめんなさい」


 俺が聞き返したのを怒っていると思ったのか、身体を縮こまらせながら謝る高咲。

 後ろから女の子を怖がらせるんじゃないと視線が突き刺さってきているのを感じた。

 

「怒ってない!怒ってないから。怯えるな高咲。推し活ってどんなことをしてるんだ?」


 俺は必死に気にしてないアピールをすると、高咲は潤んだ瞳でこちらの様子を伺ってくる。

 


「……その、グッズを自作で少々作ってまして」

「自作か。それはそんなに金のかかるものなのか?」


 暫くして、俺が怒ってないと分かったのか高咲がポツポツと推し活について語り出した。

 どうやら、自作で俺のグッズを作っていたらしい。

 だが、素人が作れるものといってもそんなに高いものがイメージ出来ず、俺が首を傾げていると高咲はビクビクしながら疑問に答えてくれたのだが、それは予想の斜め上を行くものだった。


「物によるとしか言えないのですが、

「箱推し?それってあれだよな、アイドルグループ全体とか会社に所属する全員のファンみたいな奴だよな。えっ、もしかして高咲お前」

「はい。想像通りです。実は左藤君以外のクラスメイト全員も推しなんです。皆んなとても可愛くて、優しくて、ついつい。浮気性でごめんなさい!ぶたないで!?」


 どうやら、俺の認識はまだまだ甘かったらしい。

 高咲は俺の想像するよりも遥かにチョロかったようだ。

 ブルブルと頭を抱えながら震える高咲を見て、彼女の評価をやばい奴から超やばい奴へと評価を改めるのだった。

 

 


 


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