烏珠のForeigner〜14歳の黒髪歌姫は戦場の花になる

城山リツ

第1話 従者の不安

 薄桃色のドレスに袖を通した少女は、無邪気に笑っていた。


「ねえ、セイタ。似合う?」


 少女の従者である少年は、村から着てきたままの服装でにこやかに答える。


「うん。とっても可愛いよ」


 誰の目が見ても素朴で、純粋そうな少年少女の姿を、大人達は冷ややかに笑って戦場に送り出した。





 ◆ ◆ ◆



 ユラもセイタも馬車に乗るのは二度目であった。

 村を出た時と、王都を出て戦場へ向かう今。乗り心地は決していいものではない。


 ユラは馬車の振動にされるがままの小さな体を持て余して、顔を顰めていた。


「コーリソン殿は、まだ馬車に慣れないようですな」


 二人のお目付け役、王都からの付き添いであるレント大臣は、その皺だらけの顔を綻ばせる。


「あの、あまりその呼び名は……。村でも表立って出しているものではないので」


 ユラが返事をするより前に、セイタが気まずそうに言った。

 だが、この老大臣はあっけらかんと笑っている。


「何故? 名誉なことでしょう? 村でコーリソンを名乗れるのはユラ殿だけだと聞きましたよ。それにこれからは我が国のために尽力いただくのです。『烏珠の謡姫ぬばたまのうたひめ』──コーリソンは我らの希望になってもらわねば」


「はあ……」


 二人の身柄は、今や大国のリゾルート王家のものである。

 村でのちっぽけな因習など、都会にしてみれば些細な、もっと言えば邪魔なものなのだろう。


 困ったままのセイタを置いて、ユラは初めて着るドレスが嬉しくてそのヒラヒラの裾をずっと眺めている。

 ガクガク揺れる馬車の乗り心地より、ドレスのヒラヒラに対する喜びが勝った時、ようやくユラは笑った。


「王子様のところまでは、どれくらい?」


「そうですな、途中で何度か馬を換えますから、まる一日と少しといったところですかな」


 まるで孫娘に接するような蕩けた笑顔でレント大臣は答えた。

 

 烏珠ぬばたま、つまり艶やかな黒。濡れた鳥の羽のような黒髪は少しウェーブがかかっていてユラの幼い顔には少し不釣り合いだ。

 白い肌と桃のような頬、それから夜空のような黒くて大きな瞳とのアンバランスさが、不思議な魅力を周囲の大人には与えている。


「まだそんなに? ……ふーん」


 両足をぷらぷらさせて口を尖らせる態度は、王都の十四歳の娘ならすでにしないだろう。

 意識している訳ではないが、年齢よりも子どもっぽい仕草をユラは見せる時がある。

 それをされた大人達は決まってレント大臣のような顔になるのだ。


「コーリソン殿にはつまらないでしょうなあ、お許しください」


 レント大臣の殊勝な表情に、ユラはふるふると首を振ってから話題を変えた。


「王子様ってどんな人?」


「ミラージュ殿下ですか? それはもう立派なお方ですよ。何より他の王子達よりも男前でいらっしゃる。あ、これはここだけの内緒話ですぞ?」


「うふふ。わかりました」


 ウィンクして人差し指を立てる大臣の気安さに、ユラは声をあげて笑った。

 それにつられてカラカラと大臣も笑う。

 会話に取り残されているセイタは、その横ではにかむしかなかった。


「ミラージュ殿下にお会いするのを楽しみにして、今は我慢してくださいね」


「はあい」


「きっと殿下は大切にしてくださいますよ」


 大臣の結びの言葉は、少し含みがあるように聞こえる。セイタはどうにも胸のあたりがもやもやしていた。

 そんな機微に気づくはずもないユラは、窓に下げられたカーテンを少しつまんで外の景色を覗いていた。



 ◆ ◆ ◆



 ガタガタ揺れる馬車の中。

 しばらくカーテンの隙間から外を眺めていたユラは、レント大臣が居眠りしているのに気づくと、隣に座るセイタの腕を引っ張りながら小声で話しかけた。


「ねえ。セイタまでついてきて良かったの?」


 上目遣いでクリクリと大きな瞳を動かしながら聞くユラの態度は、セイタにとってはいつも通り。けれど初めて会う人間にもこんな無防備な態度を取るのだから、セイタはこの先の気苦労を思って気が滅入る。

 目の前の、眠りながら船を漕ぐ大臣もその餌食になって、ユラには始終デレデレしているのだから。


「……伴奏者は必要だろ」


 溜息混じりにセイタが答えると、ユラは口を尖らせて返した。


「大臣は、王宮の演奏者を用意するって最初言ったのに」


「ユラの歌に、生半可な演奏でついていけるとは思えないね」


「でも……セイタは村の跡取りでしょ?」


 ユラは遠慮がちに沈んだ顔で言う。異国の巫女服など着せられて、最初はヒラヒラに喜んでいたが今は居心地が悪そうだ。

 せめて自分だけは故郷の色を誇示しようと、セイタは着替えを拒んだ。両親が用意してくれた村で一番の正装を見て、ユラが安心できるように。


「いざとなったら、シズクが婿をとればいいんだよ。あの子はこれからも生きられるんだから」


 セイタはいつもそうするように、ユラの頭を撫でて微笑んだ。


「シズクの病気……治る?」


 姉妹のように育ったセイタの妹を想って、ユラは不安そうに聞いた。


「当たり前だろ。リゾルートのとても偉い薬師様が村に、シズクのために住んでくださるんだ。きっと良くなるよ」


「そうだよね! シズクはもう大丈夫なんだもんね」


 小さな不安を、希望通りに打ち消してもらえたユラはにこやかに笑った。

 セイタにとっては、実の妹シズクもユラも大切な妹。片方の身は安全になった。ならばもう片方を守らねばならない。


「そうだよ。だからむしろ……」


「うん?」


「……なんでもない」


 シズクの病を治してもらうために、ユラはリゾルートに送られた。

 妹のために人身御供となったこの少女を、側で守るのは肉親を助けてもらった自分の役目だ。


 だが、それはユラには言いたくはない。

 だからセイタはあくまで保護者として、『烏珠の謡姫コーリソン』の側にいる。






「……む? おお、いかん、ついうたた寝をしてしまいました」


 いっそう道が悪くなって、馬車が大きく揺れたところでレント大臣が目を覚ました。

 その姿が少し面白くて、ユラはクスクスと笑う。


「大臣はお疲れなのね」


「いやいや、わしはもう実務などもしていませんからなあ。コーリソン殿こそ遥か北のコモドからいらしてお疲れでしょうに」


「ううん、大丈夫。初めて見るものばっかりでとても楽しい!」


 にっこり笑うユラに、セイタは苦笑するしかなかった。

 これがおべっかでないのだからすごい。ユラは素直にそう思っているだけなのだ。

 こんな無垢な少女を大人の思惑が入り乱れる王都、ましてや戦場に一人で送り込める訳がない。

 どうせ王子様とやらも大した事はない。百日かけても戦に勝てないのだから。


 北の国コモドのさらに果て、モレンド村に這々の体で必勝の助けを求めた国──リゾルート。

 ユラの身柄を獲得したこの国が、これから彼女をどう扱うのか。

 その先行きに不安を抱きながら、セイタはこの長い旅路で覚悟を決めなければならなかった。

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2024年9月26日 18:00
2024年9月28日 18:00

烏珠のForeigner〜14歳の黒髪歌姫は戦場の花になる 城山リツ @ritsu-shiroyama

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