第54話


「美月……」


 私を呼ぶ父の声がして、顔を上げた。

 私が今いる場所は、滝川が運び込まれた病院の廊下のソファ。静かな廊下に、私は今一人でいた。


 ……セラフとルミナスも病院まで一緒には来ていたけど、今は一人になりたかった。

 私は父を一瞥してから、再び床へと視線を落とす。

 そんな私の隣に父は座った。

 父も、今回の静穂ダンジョンの虚影侵食によって負傷してしまっていたのだが、回復魔法もあってだいぶ傷は癒えたようだ。

 父が、無事で良かったと思う反面、その代償も残っていることを私は身近に感じていた。


「……滝川くん、だったか」


 父はそう言って、治療室の方へと視線を向ける。

 ……今も、滝川の治療は行われている。あちこちから回復魔法が使える者がやってきて、交代しながら滝川の治療を行ってくれていた。


「彼が来ていなければ……恐らく契魂者の被害者はもっと増えていただろう」

「でも……そのせいで、滝川が……」


 私が、無茶なお願いをしたせいだ。滝川の優しさに甘えて、しまった。


 私が、そういうのが嫌いだというのに――。


 いつも、周りから私は頼られていた。誰よりも力が強くて……最強だったから。


 時々、私だって頼りたいと思うことがあったけど、頼れる人はいなかった。

 だというのに……自分が、頼られてばかりが嫌だったのに、それを滝川に押し付けてしまった。


 私が駆けつけた時の滝川の様子を思い出す。

 彼の体は血まみれで、傷だらけだった。

 全て、自分のお願いのせいで――。

 胸の中に広がる重く黒い感情が、私の体にじんわりとまとわりついていた。


「美月……。滝川くんの怪我は、きっと治るはずだ。今も回復魔法使いの方々が必死に治してくれている」


 ……それは、分からない。

 あれだけの傷を負って、生きているのだって奇跡的な状況だ。

 私は、色々な場所で戦ってきて、滝川と同じくらい酷いダメージを受けた人を見たことがあった。

 ……その人たちは皆――。


「……私の、せいで、無茶、させちゃった」


 自分の気持ちを口にすると、父は優しく私の背中を撫でてくれた。

 その優しさに甘えるように私は涙をこぼしていく。


「私……お父さんが死んでほしくなくって……滝川に、頼っちゃった。……でも、滝川にだって、死んでほしくなかった」


 ……滝川は、死なない、と思ってしまった。

 彼は、強くて……私が探していた特別な力を持っている人だと思っていた。

 私が、頼ってもいいんだって思ってしまった……人だったから。


「……それは、知っているよ。滝川くんだって、分かっていると思うよ」

「でも……」


 その時だった。治療室から複数の人が出てきて、担架に乗せられた滝川が運ばれてくる。

 私は、先頭に出てきた男性に声をかける。


「滝川は、無事ですか!?」

「治療は、無事終わりました」

「……生きている、の?」

「はい。まだ、心臓は止まっていません……。ただ……ダメージが相当大きかったようで、いつ目覚めるか……それに、虚獣の攻撃をあれだけ受けているとなると……魂が大きく損傷してしまっている可能性があります。……もしかしたら後遺症が残っているかもしれません」

「そん、な……」


 虚獣や虚影との戦いで、後遺症が残ってしまった人を私は知っている。

 体が動かなくなったり、記憶障害が起こったり……。

 ……滝川に、もしもそんな後遺症が残ってしまっていたら――。

 でも……死んでは、いないんだ。

 滝川が病室へと運ばれていく姿を見ながら、私はじっとそちらを見る。


「……良かったね。滝川くん、ひとまず一命は取り留めたみたいだね」


 安堵するように息を吐く父に、私は頷いた。


「……うん。生きていてくれれば、それでいい。……今後、もしも何かあったら……私が、全部。滝川の面倒を見る」

「……み、美月?」

「私が、彼を助ける。……家族や親戚の人たちを、助けてくれたんだから、私が、今度はなんでもやる。滝川が何不自由なく暮らせるように、私が、滝川の全部の面倒を見る」


 私が、あの時お願いしてしまってこうなった以上、私がその責任を背負う必要がある。

 もう、滝川に無理をさせたくない。もしも、体に問題があるのなら、その全てを私が代わりにしてあげる。


 ……車椅子に乗った滝川を、私がサポートしている姿を想像して……それも悪くないと思えた。

 将来は結婚して、子どもも何人か作って。……私がずっと隣で、滝川のことを支える。

 今日から、滝川美月になるんだ。


「み、美月。少し顔が怖いぞ……そんなに、気負わなくても……」

「お父さん。ありがとう。私、滝川の病室に行ってくる」

「そ、それはいいんだが……変なことは考えるなよ……?」

「考えない。滝川の眠る予定のベッドを温めておく。その後は、入院に必要なものを準備しないと……全部、私がしないと」

「……」


 父は私の言葉に納得したのか、何も言わずに口を閉ざしている。

 私は、すぐにでも行動を開始するため、歩き出した。



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