第39話


「まだ、起きていましたか?」

「……ちょっと考え事をしていてな」

「……そうなんですか? どのようなことでしょうか? 私で良ければ聞きますよ?」

「……大した事じゃない。気にしないでくれ」


 うん、本当に。とても人様には言えないことなので、それ以上の追及はやめてね。


 セラフは特に気にした様子もなく、さらりと俺の布団に潜り込んできた。寝間着姿の彼女が、すぐ目の前にいる。……さすがに、少し緊張する。


 セラフの寝間着は、シンプルなデザインのものだ。

 だが、彼女の清楚で天使のような外見ならば、そんなもので高級品に見えるのだから不思議だ。

 肩口からは柔らかな曲線が覗き、細くすらりとした首筋が月明かりに照らされて美しく輝いている。

 袖口や裾のフリルが、ふわりと軽く揺れるたびに、彼女の動きに合わせて繊細に揺らめく。


 ……その寝間着の隙間から、ちらりと覗く肌が……やばい。

 シルクの生地が彼女の肌にぴったりと沿い、体のラインがはっきりと浮かび上がっている。

 胸元がわずかに開いているせいで、そこから覗く鎖骨と胸の谷間に、俺の視線がどうしても吸い寄せられてしまう。


「……滝川さん?」


 セラフが、俺の顔を覗き込むようにして微笑んだ。その瞳が、俺の心臓を直撃する。

 ……ち、近い。彼女の顔が本当に、すぐそこにある。ふわりとした柔らかな髪が肩にかかり、優しい甘い香りが俺の鼻をくすぐる。


「セ、セラフ……どうしたんだ?」

「うーん、なんとなく。……ちょっとお話がしたくて。ダメですか?」


 セラフは甘えたように俺の肩に頭を乗せて、俺の腕にしがみついてきた。その感触に、俺は一瞬ドキリとしたが、なんとか冷静さを保とうと努める。

 俺はモブ。彼女はゲーム本編に出てくるキャラクター。

 これ以上、フラグを立てるんじゃないぞ、俺……っ。あっ、でもおっぱいが……。やっぱり、モブやめてこのままえっちシーン突入させてくれねぇかな?


「……別に構わない。何かあるのか?」


 頭の中はピンク一色だが、いたって冷静にクールに問いかける。


「色々、です。ここ数日の間に、色々あったのでゆっくりお話ししたいな、って思ってました」

「確かに……そういう機会はあんまりなかったな」


 あれよあれよとイベントが発生して、それをこなすのに精一杯だったからな。

 こうして、ゆっくりとした時間は初めてだ。

 セラフがにこりと微笑んでから、問いかけてきた。


「そういえば、滝川さんって今付き合っている人とかいないんですか?」

「特にはな」

「そうなんですね、良かったです」


 その良かったはどういう意味なんでしょうか? お兄さん、とても気になっていますよ。

 つい、前世の年齢でマウントを取りそうになるのをこらえ、俺は苦笑を返す。


「セラフはどうなんだ?」


 もちろん、いないのは知っている。登場人物は全員処女で、彼氏ができたことはない。でも、男の扱いはうまいという幻想的な存在が彼女らだ。だって、エロゲーだし。


「いませんね。ずっと、上級天使として頑張ってきていたので」

「そうだよな。家とかも、何だか有名なんだもんな」

「……そう、ですね。ユニオンを作ったことはまだ伝えていないんですけどね」

「そうなのか?」

「はい。……恐らく、真っ先に滝川さんを連れてこいって言われますし……その、家の人は厳しいので、あんまり滝川さんにとっていいことにはならないでしょうし。……まあ、どうせすぐにばれてしまうと思いますけど。滝川さんは、契魂者になったことはご家族の方には伝えたのでしょうか?」


 ……セラフの家は特に良家なので、俺のようなぽっと出の契魂者ともなればあまり良い評価は得られないだろう。


「いや……そういえば特には何も伝えてなかったな。まあ、結構放任主義なところもあるから大した反応はないと思うけどな」

「そうなんですね……。契魂者に、いきなりなって……ユニオンも、私たちのような無名の場所になってしまいましたけど…………大丈夫でしたか? 今のユニオンに満足してますか? ……嫌なこととか、ないですか?」


 セラフは心配そうに、問いかけてくる。

 ……まあ、契魂者を目指す人の多くは、どこかの有名ユニオンに憧れて学園に来るわけだからな。

 そりゃあセラフも気になるよな。


 かっこよく慰めの言葉を言ってもいいが、これ以上セラフの好感度を上げるのもよくない。

 

「まあ、憧れのユニオンはあったな」

「……ですよね。申し訳ありません、私たちが巻き込んでしまったばかりに」


 ……それは完全に俺の責任なので、その言葉は言わないでほしいものだ。

 憧れのユニオン、といっても下心によるミカエルユニオンだ。そこまで、深刻そうにされると申し訳ない。

 凄い心が痛くなりながら、俺は首を横に振る。


「いや、別に。アレは俺にも問題があったわけだからな。ユニオンも、二人と一緒にやれて滅茶苦茶楽しいし、自由にやれてるし……特に不満とかはないぞ?」


 このくらいの言い方なら、セラフの好感度が過剰に上がるようなこともないだろう。

 俺の言葉に、セラフは安堵したように息を吐いた。


「……それなら、良かったです。私も、滝川さんと一緒にいるのが楽しいです」


 セラフがそう言いながら、さらに俺にぴったりとくっついてくる。……その無邪気な笑顔と仕草に、俺の心臓が少し早くなるのを感じた。

 意識するんじゃないぞ、俺。手を出したい気持ちはあるが、必死に我慢、我慢。

 彼女はメインキャラで俺はモブキャラなんだからな。


「……そうか。それなら良かった」

「……はい。……それでは、おやすみなさい」

「ここで寝るのか?」

「……ぐー」


 おい。

 寝たふりをしたセラフがぎゅっと俺の体を抱きしめてくる。

 ……別に力はそれほどなかったのだが、抱き枕として扱われ、色々と柔らかなものが押し当てられる。

 さらに、足を絡ませるようにしてくるものだから、もう俺としては色々と我慢の限界である。


 ……それでも、ゲームに関わる彼女に何かするつもりはないので、俺は必死に我慢を続けた。


 これ、精神力の基礎ステータスが滅茶苦茶強化されるのではないだろうか?



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