第22話

「……そ、そうなんですか! ま、まだ募集ってしているんですか!? できたらオレもそこに参加したいんですけど……」

「申し訳ありません。……まだ私たち、契約できるのは一人だけなんですよ」


 上品に微笑みながらセラフは、丁寧に頭を下げる。……セラフの人気っぷりはさすがだな。


「それに、ユニオンは私とルミナスさん……そして、滝川さんの三人で作りました。新しい契約者を迎える場合、皆さんと話をしないといけないんですよ。ね、ルミナスさん、滝川さん」


 ……逃げるな、とばかりにセラフがこちらへ声をかけてくる。ルミナスがちらと視線を向け、ため息とともに声をぶつけた。


「まあでも、セラフが気に入った人がいたらそっちはそっちで勝手にやっていいわよ。あたしは滝川と一緒に活動してくだけだし」

「それは私としても同じ意見です。私が滝川さんの面倒を見ますから、新規の受付はルミナスさんの方で判断してくれてもいいんですよ?」


 俺を使って面倒事を避けようとするんじゃない。

 「滝川……?」といった様子で、全員の視線が俺へと集まってくる。


 モブとは思えないほどに注目されてしまっている状況に、俺はひっそりと頭を抱える。どこで歯車が壊れたのかといえば、引っ越し初日に夜の街を散歩していたのが原因だ。

 誰かが口を開こうとしたその時だった。椅子を引きずったような音が響き渡り、そちらに視線を向ける。


 銀色に輝く長い髪を揺らしながら、頬に涎の跡をつけ、どこか眠たそうに眼をこすりながら、彼女が席から立ち上がっていた。

 ミカエルユニオンに所属し、最強と呼ばれている霧崎美月が、ぼーっとした顔でこちらを見てきた。


「滝川、悠真」


 ぼそり、と霧崎が俺の顔を見ながら名前を口にする。

 ……なぜフルネームで知っている。その問いかけをするより先に、周囲がざわめき始める。


「あの、霧崎さんが……名前を覚えてる!?」

「……嘘でしょ!?」


 その瞬間、周りの生徒たちは目を見開き、驚愕の色を浮かべて霧崎を見ている。

 誰もが知っているのだ、彼女が滅多に人の名前を覚えないということを……。


 ……霧崎が名前を覚えている数少ないキャラクターは、ミカエル、ルシファーなどの有名ユニオンのリーダー。

 あとは、セラフ、ルミナス……そしてゲーム本編の主人公くらいだ。

 驚きと混乱が入り交じり、周囲から視線が集中する中、霧崎はそんなもの気にした様子もなくぽつりと漏らす。


「あなた、契約して即虚獣を倒したって聞いた。どうなの?」


 その言葉で、今度は俺へと驚きと注目が集まっていく。

 もうやめて! 俺をこれ以上目立たせないで!

 モブとして近くでゲーム本編を楽しむという計画が、どんどん崩れていく。


 そりゃあ霧崎とこうして出会えたことに感謝してるし、彼女の張りのあるお胸を間近で確認できたことも嬉しく、今にも意識が飛びそうなほどの喜びはある。

 エロゲーの中でも最強クラスのヒロインから「自分に興味を持ってもらえる」というのはもちろん嬉しいことではあるのだが……ここまで注目されるというのは話が違う。


 霧崎の質問を……俺は無視しようかと視線を横に向けるが、ささっと霧崎が反復横跳びでもするようにぐいっと顔を覗き込んでくる。

 視線を左に向けると、さらにすっと左へ。逃げるのは無理そうである。


「……一応な。っていっても、不意打ちみたいなもんだぞ?」

「やっぱり、倒したんだ……!」

「いや、あのだから、不意打ちみたいなもので――」

「朝の魔法の訓練」

「……ん?」

「魔法、二つの属性使ってた」

「ちょっと待て。どこで見てた?」

「朝。私がランニングしてたら、空き地でやってるのを見た。ストーカーとかじゃない。住所とか聞いて、近くを探しに行ったとかそういうのは、ない」


 ……ミカエルユニオンの力を使えば、俺の住所を調べるなんて容易いだろう。

 なんなら、セラフとルミナスとは交流があるわけで二人に連絡を取ればすぐ分かるだろうし。


「それは自白じゃないか?」

「二属性、使えるの?」


 俺の質問は完全無視である。

 あんまり、余計なことを言わないでほしいものだ……。もう周囲が驚きすぎて、全員顎が外れたんじゃないかってくらい口を開けまくっている。


 興奮した様子で霧崎が質問攻めしてくる様子は、ゲームの時よりも感情に溢れている。

 ……あの無表情で冷たい態度が逆にたまらないというのが彼女の売りだというのに。


「使えるだけだ。使いこなせてはない」

「ぜひ手合わせしてみたい。今から」

「今から入学式なんだけど」

「大丈夫。参加しなくても」


 鼻息荒く俺の手を握りしめてくる。

 霧崎は、かなりの戦闘狂であるという設定だ。だから、二属性持ちの俺が珍しくて興味を持ったんだろう。


 実際、ゲーム本編でもすべての属性を使える主人公に興味を持って、霧崎が声をかけるんだし。

 今はまさに、同じような状況だ。せめて、俺の入学が後一年遅かったらここまで霧崎に注目されることはなかっただろう。


 俺も、来年に転校してくればよかったかもな……。

 柔らかな彼女の手に包まれ昇天しそうになりながらも、俺は意識を繋ぎとめて首を横に振る。


「悪いが、入学式には参加させてくれ」

「じゃあ、次の予定は?」

「まあ、そのうち余裕があればな」

「……」


 じとーっとこちらを見てくる霧崎から逃げようとした時だ。

 放送開始を伝える音が響いた後、


『これより、入学式を開始いたします。皆さんは、速やかに会場へと移動してください。繰り返します、これより入学式を開始いたします――』


 入学式を開始するという旨のアナウンスが流れた。

 ざわついていた教室も、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 ……結果的に、助かったな。


「……そういうわけで、入学式に行くぞ」

「……戦闘」


 むすーっと僅かに頬を膨らませてこちらを睨んでくる霧崎。




―――――――――――

新作書きましたので読んで頂けると嬉しいです。


生贄の勇者たちを命賭けで助け、日本に帰還しました。異世界の勇者たちが病み堕ちしちゃってるみたいです

https://kakuyomu.jp/works/16818093085679083559


陰の実力者ムーブで目立ちたい探索者、美少女ダンジョン配信者を助けてバズったらしく、正体がバレないかどうか心配です

https://kakuyomu.jp/works/16818093085895224513


幼児退行してくる第七王女の執事になったんだけど

https://kakuyomu.jp/works/16818093085369325469


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