第9話


 ゲーム内でも見たことがある廊下を進むにつれ、緊張と興奮で胸の高鳴りが徐々に強くなっていく。

 これから会うのは、ゲーム本編で登場するサブキャラの中でも特に存在感があったミカエルとルシファーだ。


 彼女たちは主人公の仲間ではないが、関わり合いは多い。

 このエロゲーでは、主人公が天使陣営、悪魔陣営から選べるのだが、天使陣営、悪魔陣営の解説キャラのような立場がミカエル、ルシファーになる。


 ミカエルもルシファーも大好きなキャラクターではあるんだが……二人とも、敵対する者に対しては容赦がないんだよなぁ。

 今の俺が、彼女らの敵として認識されていないことを祈るばかりだ。

 やがて、一つの扉の前に着いた。


「こちらが、ミカエル様のお部屋になります」

「……そうか」


 ゲームで何度も見たことはあったのだが、あくまで初めてという雰囲気で接する。

 セラフがノックをした後、聞きなれた落ち着いた声が返ってきて、セラフがゆっくりと扉を開いた。


 扉が開かれると、目の前には豪華な部屋が広がっていた。

 高い天井に吊るされたシャンデリアが柔らかな光を放ち、壁には美しい絵画が並んでいる。

 その中央には大きなテーブルがあり、そこに座っていたのは、透き通るような水色の髪と澄んだ青い瞳を持つミカエルだ。

 彼女の服装は純白のドレスで、全体的に清らかで優雅な雰囲気が漂っている。穏やかで慈愛に満ちた表情は、安心感を与えてくれる。


 ミカエルがティーカップをテーブルに置いてから、にこりと柔らかな微笑を浮かべる。


 母性的な包容力、慈愛の微笑み、ゲームで幾度となくお世話になった彼女が、目の前にいるのだからテンションが上がらないわけがない。服の上からでもわかる圧倒的な胸の圧力に、もう眼福なんてものじゃない。ありがとうございますと、頭を床に擦り付けたいぜ。


 気絶しないようにしないと……呼吸、深呼吸して落ち着こう。あっ、ここミカエル様の匂いが部屋にあってむしろ落ち着けないかも。

 ……クールに。

 クールにいかないと変人扱いされる。

 ……夢でも妄想でもなく、目の前に本物のミカエルがいるという状況に俺は今めちゃくちゃテンションが上がっていたのだが、表情には出さない。


 ミカエルの向かいにはルシファーがいた。燃えるような赤い髪と瞳を持ち、黒と赤を基調としたゴシック調のドレスを纏っている。

 ミカエルとは違い、ソファに深く腰掛け、足を組んでいる。その美しい足をみて、跪きたくなる男が数多の如くいるとか何とか。俺もその一人である。

 ルシファーの表情はどこか鋭さがあり、見る者を圧倒する力強さを感じさせる。


 彼女たちの周囲には、数名の人間の護衛が控えており、その姿勢はどこか緊張感が漂っていた。

 あの人間たちはミカエルとルシファー、それぞれの陣営の契約者だろう。

 しかし、ミカエルもルシファーもその存在を特に気に留めている様子はなく、自然体で俺たちを迎え入れてくれている。


「滝川君、怪我も無事治ったみたいでよかったよ」


 ミカエルが柔らかな笑みを浮かべて声をかけてくる。

 心が和らぐような落ち着いた声は、まるで耳元で囁かれているかのようだった。

 名前を呼ばれた瞬間、圧倒的な多幸感に襲われるが俺はあくまで冷静に、頭を下げた。


「……治療して頂いてありがとうございます」

「ううん、気にしないで。セラフを助けてくれたんだもん。むしろ、こっちがお礼を言わないといけないくらいだよ。ありがとね」


 微笑んでいるミカエルは、今の所敵意は感じられない。

 ……ほっと胸を撫で下ろしていると、ルシファーが視線を向けてきた。


「こっちも、ルミナスが世話になったみたいじゃねぇか。あんがとよ……ってことまではいいんだが、お前さんには聞かなきゃならないことがあってな――」


 ルシファーは自信の表れを示すように口角を釣り上げた笑みを浮かべ、そして言葉を続ける。

 おおよそ、その先の言葉を俺は予想していた。


「――どうしてお前が天使と悪魔の両方と契約をできたのか、についてな」


 彼女からも今のところは敵意は感じられない。

 それでもやはりルシファーの冷たい一面も俺は知っていたので、彼女の視線にさらされると勝手に背筋が伸びてしまう。


「滝川悠真、だったな」

「はい」

「まず、基本的なこととして、契魂者について知っているか?」


 契魂者と書いてソウルバインダーと読むこれは、天使か悪魔のどちらかと契約をした者の名称だ。

 この世界の用語に関しては、中二病担当の闇薙黒焉(やみなぎこくえん)……本名、田中大樹に任せている。


 契魂者というのは、天使や悪魔と契約を結んだ人間たちのことだ。

 もちろん、この世界で過ごす人なら小学生でも知っている常識なので、今の俺が知っていても問題ない知識なので、頷く。


「もちろんです。天使や悪魔と契約した人たちの事ですよね?」

「それなら良かったぜ。契約自体は別にいいんだぜ? 問題は、二つ。まず、下級なのに契約ができたこと。そしてもう一つは、悪魔と天使の両方と契約ができたこと。この二点なんだよ。ってわけで、何か原因とか分からねぇか?」


 ルシファーが首を傾げて問いかけてくる。詰問というよりは、純粋な質問だ。

 ミカエルも同意するようにルシファーに頷いていく。


「ルシファーの言う通り、これはかなり珍しいケースなんだよね。滝川君が契約できたって聞いてから、部下の下級天使に契約できないか試してみたけど、誰も成功しなかったんだよねぇ」


 ミカエルが悩むような様子でそういうと、ルシファーはソファに深く腰掛けるようにして声を手を振る。


「こっちもそうだぜ。まだすべての下級悪魔で試したわけじゃないけど、すぐできる範囲で試したみたけどダメだったぜ。ましてや、今悪魔と契約している奴が天使と契約するってこと自体できなかったしな」


 だから、俺に直接聞いてきたのだろう。

 今回の俺の契約に関して……開発陣の一人として彼女らが求める答えを出せる自信があった。


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