第2話

「よし、完成だ!」


 完成したベッドを見て俺は満足していた。布団しか敷いたことのない自分の部屋についにベッドが置かれたのだ。

 それにしても社長は行動が早い。話したその日のうちにもうベッドが送られてきているなんて。彼女の有能さを思い知る思いだ。俺も期待に答えなければ。

 作ったのは、企画に近い少し高級感のあるシングルサイズのベッドだ。これを俺の家に置いて使うことになる。

 完成を心待ちに見ていた妹が早速華やいだ声を上げた。


「うわー! すごい豪華だねお兄ちゃん!!」

「そう見えるか? さすがは俺の会社のベッドだ」

「うん、ふっかふかー!! 気持ちいい~!」

「おいこら、ベッドの上で飛び跳ねるんじゃない」

「えへへ、ごめんなさーい。でも、天蓋とかあったらもっと良かったかも」

「お前もそれを言うのか。でも、それはさすがにやりすぎだろ。予算オーバーになるからな」

「ぶぅ、つまんなーい」


 妹が口を尖らせながらブーイングしてくる。さっきまであんなに喜んでいたのに天蓋がそれほど重要なのだろうか。よくわからない。

 俺は戸惑いながらベッドの上に腰を下ろす。するとその柔らかさが伝わってきて感動してしまう。


「おお、これはいいな。やはりベッドはベッドが良ければいいんじゃないか」

「ね、ね、寝ていい?」

「ああ、いいぞ」

「やったー!!」


 妹はベッドに飛び込むように倒れ込んできた。そしてゴロンゴロンと転がり始める。まるで子供みたいだが可愛いので許したくなる。


「あぁ……最高ぉ……」

「おいおい、あまり暴れるなって」

「いいじゃん別にー。だってこれすごく良いよ。絶対売れるって!」

「まぁ売れそうなのは間違いないと思うが」

「それにしても、こんな良いベッドを貰えるなんてラッキーだったね」

「そうだな。まさかうちの会社のベッドをうちで試すとは思わなかったよ」

「これも全部社長さんのおかげだねー!」


 妹は満面の笑みを浮かべて言った。だが、予想に反してベッドの反響はいまいちだった。後日、改めて会議が開かれた。


「だから、私はもっと豪華にすべきと言ったじゃないですか!」

「そうだね。いくら寝心地が良くても人目を引かなければ使ってはもらえない」

「でも、シンプルなデザインじゃないと予算が」

「そうですが、地味すぎるんですよ! もっとこう、高級感を出すべきです!」

「でも予算が足りないんだよなぁ」

「そんなことはどうでもいいのです! とにかくもっと派手にしましょう!」

「いや、無理だから。そんな金は無い」

「ぐぬぬ……!」


 ミリアが悔しそうに歯噛みする。他の面々は彼女の剣幕に押されて苦笑いをしていた。シャルが困ったように宥めにかかる。


「あの、ミリアさん。落ち着いてください。まずはいい落としどころを探りましょう」

「そ、そうですね……。すみません取り乱しました」

「いえ、大丈夫ですよ。では、皆さん何か案はありますか?」

「はい! じゃあ私が考えたのはこれです!!」


 そう言ってマーシャが提案したのは、なんとベッドではなくソファーだった。


「えっ、ベッドじゃなくてソファーなのか?」

「うん、うちで使っているソファーって、かなりいいものだからベッドにも使えると思ったんだけど、どうかな?」

「まぁ確かにいいものではあるが……」

「それならきっとベッドとして使えますよね!」

「うむ、それは問題無いのだが……」

「じゃあ決まりだね! 早速持ってきます!」

「あっ、ちょっと待ってくれ!」


 俺は慌てて止めようとしたが、既に遅かったようだ。

 しばらくして、彼女は大きな箱を持って部屋に入ってきた。


「お待たせしました! これが私の考えた商品になります!」


 彼女が持ってきたのは、ベッドとしても使える巨大なソファーだった。


「えっと、確かにこれは凄いな。座った時のクッション性も高そうだ」

「でしょう! うちで買っているのと同じものを用意したから品質には自信があるよ!」

「うーん、確かにこれならベッドにもなるが……」


 俺は頭を悩ませていた。果たしてこれでいいのだろうかと。

 確かに悪くはないアイデアだと思う。ソファでありながらベッドにもなるということで人目も惹くだろう。だが、


「君が持ってきたのは他社の製品だ。パクリやがってって怒られないかな?」

「えっ、でもこの前、良いところを真似するのは良い事だからやりなさいって社長に言われたよ?」

「えっ、マジで?」

「うん、だからこれを持ってきたんだ」

「なるほど、そういうことか……」


 俺は納得して腕を組んだ。つまり、この発想自体は素晴らしいということだ。

 だが、社長が安易なパクリだけで許すとは思えない。その先を見据えた何かが必要だろう。

 ならば後はどうやって付加価値を付けて売るかを考えることだ。


「よし、じゃあこの案を採用しよう。ただし、これをそのまま使うんじゃなく、うちらしいものにしよう」

「うちらしいものとは一体何でしょうか?」

「それはだな……」


 俺は皆を見渡してから言った。


「うちの会社の名前を出せば売れるような物にしたい」

「な、名前ですか!?」

「ああ、そうだ。例えば『我が社の製品だから安心して寝られる』とか、色々と理由付けをして売り出すんだ」

「ふふっ、アルヴィンさんは面白いことを考えますね」

「うん、この人はいつも突拍子も無いことを言うもんね。普段は地味なのに」

「よせやい。それで、何か他にいいアイディアはあるか?」


 俺は意見を求めてみたが、みんな困った顔で首を傾げているだけだった。


「うーん、難しいですね」

「そうだね、パッとは思いつかないな」

「では、こういうのはどうですか? 実はこれ、うちの社長も使ってます」

「えっ、そうなの?」

「そう言えば社長の部屋にあるのを見たような」

「トランスフォームできるとドヤッてましたよ」

「はい、だからそれを宣伝文句にしてはどうでしょうか」

「ふむ、社長直々に使っているベッドか。これはいいかもしれんな」

「でも、本当にそれで売れるの?」

「わからん。だが、物は試しだ。やってみる価値はあると思う」


 こうして、俺達はベッドになるソファーを売り出していくことになった。

 だが、これが大ヒットすることになる。


「ねぇ、聞いた? 例のベッドの話」

「ああ、あれでしょ。社長の家に置いてあるっていう」

「そうそう、それがさ、凄い人気なんだって!」

「へぇー、どんな感じなの?」

「なんか普通のソファーみたいだけど、寝転ぶとベッドに変わるんだって!」

「なにそれ、どういう仕組みなの?」

「私もよくわからないけど、とにかく凄いって噂だよ」

「ふーん、面白そう。今度見に行ってみよっかな」

「行ってらっしゃーい」


 そんな夢を見た。


「夢かよ!」


 どうやら寝心地のいいベッドで寝たせいで都合のいい夢を見てしまったようだ。

 だが、反応は上々だったので夢が現実になる日は近い。俺はそんな確信を抱いて会社に行くのだった。

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