第37話 竜神の羽ばたき ⑥


『もうダメだ、弾かれてしまう。』

そう思った時に、僕の腹のポケットの中から白く光る幽体のようなモヤが、隙間も開けずに霧のように這い出してきた。


「〇〇君、もうちょっと頑張りなさい。」


「あなたが恐れているのは私でしょう?」

「私がいなくなって安心した?」

「でも、ここには私が混じり合った彼がいる。」

「〇〇君がいるの、私よりもはるかに強い〇〇君がいるのよ!」

白い靄の女の子が、彼女に語りかけていた。


「あっ、〇〇さん!」

転校していった〇〇さんがそこに立っていた。


「ぐぁぐぅるるる〜っ〜!」

彼女の顔が怒りに震えていた。


「〇〇君、私がついているわよ。」


「負けるわけ、負けるわけにはいかないんだよ〜!」

「ここは、ここは、私だけの場所!」

「誰にも、この権力の座は譲らない〜〜!!」


「哀れね。私はいつでもあなたに、一番を譲ってきてあげたじゃないの。」

「あなたは、負けるのが怖くって一番でも満足できないんでしょう。」

「『吾唯足知』って言葉を教えてあげるわ、お姉ちゃん。」


そう言い終わると、僕の弱り切った聖剣を両手でそっと引き上げて頬を寄せる。

「〇〇君、頑張りなさい。」

そう囁きながら、優しく持ち上げた聖剣にキスをするように吸い込まれていった。


「そうだ、〇〇の言う通りだ。」

「 私も言っただろう、いつでもお前を支えてやるって。」

〇〇さんの白い影が僕に寄り添いながら、勇気づけるようにぽんと僕の肩を叩きながら片手でイタズラっぽく触れた聖剣の先端へと吸い込まれていった。


「私だって、〇〇君と一緒に居たいんだから!」

ひときわ輝いている〇〇さんの柔らかな膨らみが、僕を後ろから抱きしめるように聖剣に手を添え、僕の身体をすり抜けていくように聖剣に吸われていった。


「ほらよ、お前の栄養はこれだろう?」

〇〇さんは、白い均整の取れた肢体で大人っぽいセクシーなポーズと表情で、僕を誘うように微笑んでから聖剣を撫で上げ色っぽく聖剣に吸われていく。


「私だって、〇〇君のことばっかり、いつでもずっと考えているんだからね!」

ふんわりと揺れる〇〇さんの髪の毛から、脳を溶かすような香りが僕をくすぐりながら聖剣の中に消えていった。


「私もずっと〇〇君に助けられている、大好きだから真っすぐ見て欲しかったんだ。」

並べた 机の上で、肘が当たるふりをしながら触れ続けた〇〇さんの素肌の感触が、僕の全身を包み込みながら聖剣の中に消えていった。


「まだ、これからよ〇〇君。あなたなら、何でもできるわ。」

「全ては、あなたの行動次第なのよ。」

「必ずできる。あなたが平和を作るの!」

〇〇さんが強い言葉を奏でると共に、魔法の舌先を僕にねじ込んで聖剣に吸われていった。


身体の底から強く自信が満ち溢れてくるようであった。

聖剣は硬度を上げ、金剛棒のように長く太くなっていった。



「ぐぶぅ〜っ!なぜだ!?」

僕は、彼女の身体を抵抗できないほどにがっちりと押さえつけた。

僕の後ろに女神たちの光が輝いていた。


「この人を助け、支えるんだ!」

女神たち 一人一人の意識の強さが、僕に力を与えてくれていた。


「行っけ〜!」

僕は長く太すぎるほどの聖剣を、バジュラの一撃を繰り出す毘沙門天のごとく、全力で繰り出していった。

突き抜けるほどの衝撃が、彼女の中を光の矢となって貫いていく。


「こんなに奥深くに毒薬を打たれるなんてな!」

〇〇さんがニヤリと笑いながら聖剣の先端から毒薬を注入する。

聖剣の先端から混乱をきたす毒が、彼女の中心の奥深くにねじり込まれていった。


逃げようとする彼女を、〇〇さんの底しれぬ力が、僕の腕を使い彼女を押さえつけ微動だにさせない。

自由になる口で噛みついた彼女だったが、〇〇さんの皮膚はふんわりと弾力があり、とろみを帯びたスライムのように歯ごたえがなく、ダメージも与えられなかった。


「こんなに大きくなるんですね〜!」

〇〇さんは羨ましそうに僕の顔を使って、彼女の胸に頬ずりをさせて舐め上げていく。

大人に憧れ、いくつもの知識を持った〇〇さんの攻撃が、彼女の感覚を奪った。

何もせずとも快感の中に身を焦がしている彼女に対し、さらに口唇と舌先を胸元から徐々に首筋をつたわせて、彼女の耳元で官能の恥辱を巻き上げるように囁く。

「もう、とろとろなのね。 我慢できないんじゃないの?」


「ぐるぅ、うぅッ!うぅ〜」

その通りだった。

『私は、もう我慢かできそうになかった。』


「地獄のような快楽にまみれた、あなたの欲望を綺麗にしましょうね。」

ゲル状になった僕の身体が、彼女を包み込んでいった。

〇〇さんが、彼女の体内に溜まった邪気を薄めていく。



『〜あぁ、すごく楽だ・・・。』

全身が蕩けるような感覚が私を包み込んでいく。

しかも、全身の感覚は棍棒のように太く、長い、硬度を持った聖剣に貫かれている。

そのお陰で、この男に身体を預けることができる。


「そう、〇〇君は貴女に新しい道を与えてくれる。」

「欲望も妄執もあなたの重荷から解き放ってくれる。」

「自由になるのよ!」

〇〇さんが彼女に語りかけた。


とろりと全身が内外で入れ替わるような感覚。

内と外からの快感が交互に私を飲み込んでいく。

私は混乱する意識の中で勇者の口唇を求め腰を振った。



『もっと、もっと、もっと、もっと・・・』

私はこの勇者に愛して欲しかった。

天地がひっくり返るほどの快感では無かったが、身体を預ける安心感が身体の芯から押し寄せて来ていた。


『私は求められている。』

すべてを求め続けた私が、彼に求められていた。

自分が、自分でなくなるような錯覚が起こり混乱していた。

頭の中でぐにゃぐにゃと意識が巡っている。


「もうっ、もう・・・、ダメッ、ダメ〜〜ッ!」

彼女の中から一筋の筋が勢いよく聖剣に向けて放たれていた。

求められた聖剣が挨拶をするように、彼女の中で震えていた。


僕と彼女は今、間違いなく一体化している。

陰と陽の二つの玉が回転し大きな玉に見えるように、僕らは間違いなく一つだった。

呼吸も、心音も、血液の流れまでもが同期しているように 対象であった。

同時に見つめ合い、同時に舌を絡め、同時に引き寄せ合っていた。

辺りが白く光り始めていた。

白く明るい光が僕と彼女を包み込んだ。

二人のいる、この空間が光に包まれて宙に浮かんでいた。

二人は光に包まれながら、雲の中に浮かぶ都市の中に降りていく。




『ここは、学校?』

体育館の舞台の上で、彼女が皆の前で演説をしていた。

去年、僕はこの光景を見たことがあった。

生徒会の会長候補の演説だった。


「私がいなくなっちゃダメだと思っていたけど、ここは君に任せるわ。」

「私は卒業したら、高校でも生徒会長に上り詰めてみせる。」

「できれば、あなたと妹は別の高校に行って欲しいけれど、もしあなたが私との対戦を望むようであれば、今度は正面から受けて立つわ。」

「権力にしがみつこうなんて思わない。」

「 権力の座はしがみつくものではなく掴み取るものなんだから。」

「一人でも二人でも相手になってみせるわ。」


「私は誰よりも強いと思っていたんだけど、皆んなの力は、一人の力よりも強いものなのね。」

「いい勉強をさせてもらったわ。」


彼女・・・、いや生徒会長の〇〇さんが僕の顔を引き寄せて、自分から僕の口唇を求めてきた。

答えるように絡ませた僕の舌先が触れたものは、光のシャボンの消えた後の空気だけだった。



戦いを終えたばかりだというのに、最初から何も起こっていなかったかのように、祠の中はガランとしていた。

祠の中央に刺さった女神の錫杖だけが、女神の立ち姿のように凛々しくキラキラと生命力を持って輝いていた。


僕は腹の傷から真実の鏡を取り出して、凛々しく輝く錫杖の姿を鏡の中に映し出した。

ステンドグラスからも、真実の鏡からも周りを囲む泉からも、祠の出入口から差し込む陽光すらも、全ての光を集めるように錫杖が光を吸収し、その輝きが実体化していく。

そこに立って僕を見て微笑んでいるのは、間違いなく女神そのものであった。


僕が女神の姿を見届けるのを待つかのように、僕の身体が現実の世界に引き戻されていく。

僕は、もう会えないかもしれない女神の姿を、この目に焼き付けた。


朝、長い冒険を終えた充実感と、物語が終わってしまうような悲しさの中で目を覚ました。

あまり良いものではないが、この下腹部が冷んやりとする覚えたての精液の香りを、明け方に嗅ぐ事もなくなるのかもしれない。



『夢の中の冒険に参加する為には、この世界で精を放ってはいけない。』

この掟を守っていれば、またあの世界で冒険の続きが出来るのかもしれない。


もしかしたら、今日も冒険ができるのでは・・・。

そう思うとワクワクが止まらない。

行けないと思うと悲しみが止まらない。


行けるかのか、行けないのかはまだ分からないが、取り敢えず行くことができる条件はクリアしておかなければならない。

まだ冷たいパンツを履いたままの僕は、本棚に隠してあった秘密のスクラップブックをゴミ箱に捨てた。


大人と子供の真ん中で、少年はドラゴンに出会う。

大人の仲間入りを果たしたとはいえ、僕はまだ夢の旅の途中だ。





竜神の羽ばたき 完

次回はエピローグ 新たなる旅立ち 

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