第34話 竜神の羽ばたき ③

数日が過ぎて、クラスメイトの誰もが立候補しないことが確定した。

放課後の教室で先生から、クラスを代表して用紙に名前を書くように強制された。


今回の生徒会役員の選挙は、生徒たちの自主性を重んじた結果、過去最高の人数で争う大選挙となった。

しかも、1年生から2年生までの各クラスは、綺麗に各クラス1名ずつの候補者が並んでいた。

生徒側からすれば違和感しかなかったが、各クラスから出馬した候補者たちの意気込みは、凄まじいものがあった。

毎朝、校門から校舎に向かう通りでのたすき掛けでの挨拶は、場所取りにさえ苦労するほどの 熾烈さを極めた。

その中でもかなり浮いていたのが僕の陣営であった。


最初こそは、前の席の〇〇さんだけがリボンを揺らして、可愛らしい声の応援をしてくれていただけだったが、日を追うごとに女の子の応援団が増えていった。


「生徒会長に立候補する〇〇の応援をお願い致しま〜す。」

先生からの夢の中のご褒美を、期待しているに過ぎなかったが、今ではこの朝の状況すらも、僕に対してのご褒美のような気がしていた。

皆が僕のために、頑張って応援してくれている。


『女の子に囲まれている僕・・・!!』

そう考えるだけで、演説中にも関わらず、下半身が硬く尖ってくるのがわかる。

水を飲む振りをしながら後ろを向くと、〇〇さんが「はい」と僕に水筒の水を注いで未来を想像させてくれる。

どこを向いても、こいつを落ち着ける場所が全くなかったので、僕はいつものようにリュックを学生カバンのように自分の前に持って、この血流を増していく若い力を、やり過ごすしかなかった。


「・・・。」

「・・・なあ?」

「あいつ、すげえハーレムを満喫してるんじゃね?」

「見てみろよ、あれ。カッチカチだぜ。」

そんな噂を知りもせずに僕は、誰にもバレていないと信じ ながら、この股間を固くした己の正体を、全校生徒達に向けて連呼していていた。


「〇〇君、頑張ってるわね!!」

「なんであなたが、女の子たちに支持されているか分からないけど、みんながあなたを推してくれているのね。」

「最初は〇〇さんだけだった応援団も、君の隣の席の〇〇さんも、あんなに本ばかり読んでいた、〇〇さんも、こんなこと全く興味がなさそうな〇〇さんとそのグループの女の子も、〇〇さんなんか、自分の水筒を持ってきているなんて、今じゃ一番君の近くで応援してくれているんじゃないの?」

「それに最近じゃ、副院長の〇〇さんも部活の朝練を休んで手伝ってくれているみたいじゃないの?」

「はい、皆んなの声が僕の力になっています。」

返事をする僕の声には、自信のようなものが溢れていた。



家に帰っても僕は、生徒会長を目指す候補者として何となくピリついていた。


『こんなに頑張っている。』

その思いが強く、横柄になっていた。

勉強もせずにテレビを見ている妹が、時間を無駄にしているのではないかとおもった。

「おい!テレビがうるさいんだよ。」

「こんなくだらないのばっかり見てないで、少しは勉強でもしたらどうなんだ!?」

また、早く学校に登校するために早起きする僕に対して、いつまでも寝ている妹がおかしいともおもった。


「学校にいくんだから朝ご飯は早く作ってくれないか?」

母親に対してもビシビシと言う。

なんだか出来る男になったような気がしていた。



「お兄ちゃん、最近ちょっと怖くない?」

「前みたいにニヤニヤしていた方が可愛かったのに、あーだ、こうだ、こうするべきだ、とか。」

「お兄ちゃんのこと、パンツを洗ってても、汚いな〜ぐらいで、全く関心 なくなってきちゃったよ。」


「生徒会長なんかに立候補するから、自分が分からなくなっちゃったのかもね。」


「本当に、そんなのやめたらいいのにね。」

「全くお兄ちゃんが帰ってきたらうるさいから、私もう部屋にいくね。」




「〇〇君は、私たちが手伝うのは当たり前だと思ってるの?」

〇〇さんが真顔で聞いてきた。

「私たちはあなたの手下じゃないのよ。」


「・・・。」


「私は、〇〇君がなんか少しだけカッコよくなったから応援しようかなって思ったけど、・・・」

「どんどんかっこ悪くなっていくのが分かったんだ。」


「そうだな。」

「これはお前のことだもんな。まぁ、やるなら頑張れよ。」

「私は部活に戻らせてもらうよ。」

「じゃあな。」


「そうね。私も本を読んでいた方が楽しいかもしれない。」


「うん、 そうね。」


1人が抜ける時を待っていたように、賑やかだった僕の陣営は僕1人になった。


「お願いしま〜す。」

隣の寂しいと思っていた2人だけの陣営が、とても華やかで賑やかに思えた。

僕は何の言葉も発せずに、ただ登校する生徒たちを見送っていただけだった。


授業中も、クラスの中に僕1人だけがいた。

僕が見えないかのように、僕の周りだけがシンと静かだった。

屋上は楽しかった。

誰もいない屋上の空間こそが、孤独を癒やしてくれるような気がした。

誰かがいるだけで、同じ孤独がさらに深まっていくような気がしていくのだ。

ここならば、これ以上の孤独を感じなくて済む。


深く暗い穴の井戸の底に閉じ込められて、その井戸の上でみんなが楽しんでいるような気分だった。

誰かの声が聞こえるほどに、寂しさが増していった。



学校が終わると、僕は走って家に帰った。

テレビゲームをやった。

久しぶりだった。

僕には一人で遊べる、これが似合っているんだ。

モブの僕のくせに、皆が言うことを聞くと思って調子にのった報いだ。

皆、我慢してくれていただけだったんだ。


『僕は一人だ。一人・・・一人。一人なんだ・・・。』

涙が出ていた。


「ねぇ・・・、お兄ちゃん。」

「私、テレビが見たいんだけど・・・。」

「 いつもみたいにお部屋で宿題でもしてくれないのかしら?」

僕の背後から妹が、僕の存在すら嫌がっているような声を出して、僕からテレビを奪おうとしていた。

泣きながら振り返る僕に、妹はぎょっとした顔をした。


「えっ?テレビぐらいで泣くほどのことなの?」

「もういいわよ!」

妹がテレビを諦めて自室に戻って行った。


『どこでこうなってしまったのだろうか?』

クラスでの孤立どころか、家庭内でもハブのようだった。

ますます涙が溢れてきていた。

画面が滲んで見えなかった。

操作していた車がクラッシュしていた。

「クソッ!!」

ゲームに言ったのではなかった。

自分自身が情けなかった。


「・・・ウッ、ウゥ・・・ッ」

本格的に涙がでてきていた。


コトリ。

僕の前に温かいココアが置かれた。

「ココア飲んだら?熱いけどほっとするわよ。」

母親だった。

人からこんなに優しい言葉をかけてもらったのは、久しぶりな気がした。


「お母さんが、彼女作れなんか言ったから頑張っちゃったの?」

そういう訳ではなかったが、優しい言葉が嬉しかった。

黙り込んでいる僕に母が続けた。

「〇〇がなんか突然頑張りだしたのは知ってるし凄いことだと思うのよ。」

「〇〇も大人っぽくなったなって思うけど、それをみんなに強制するのは良くないと思うのよ。」

「頑張って何かを手に入れるのは本人だけなんだし、他の人に何かを強制するのはいけないと思うのよ。」

「あなたが勉強をするのはあなたの勝手だけど、〇〇がテレビの音を小さくするのはあなたへの思いやりからなんだから、『うるせえ!』 なんていうのは間違いだし、他人があなたのために動いてくれるのも当たり前じゃなく、感謝して然るべきなのよ。」


「最近のあなたはどうだった?」

「自分のために勉強するのがそんなに偉いの?」

「家の中でピリピリして、それが誰かのためになっているの?」

「凄いことだとは思うけど、勘違いはしない方がいいわね。」


「きっと、家の中でもこうなんだから、学校ではもっと辛いんでしょう。」

「何事にも感謝して、謙虚でいなければいけないわ。」

「明日、学校に行ったらみんなに謝りなさい、『ごめんなさい』って。」

「許してくれないかもしれないけど、そうやって謝った方がカッコいいわよ。」

「まず、〇〇で試してきなさい。きっとあの子も喜ぶわよ。」

母の話は僕の心に突き刺さる事ばかりだった。


確かに僕は、おごり高ぶって偉くなったつもりでいた。

クラスの代表の僕を、皆が協力するのも当たり前だと思い始めていた。

それでも最初はありがたいと感謝していたが、毎日続いていくにつれてありがたみが薄れて、それが当たり前になってしまっていた。


『僕は、なんて馬鹿だったのだろうか。』

先ほどまでとは違う、後悔の涙がポロポロと溢れてきていた。



「今までごめんなさい。」

「〇〇には関係ないのに、一人で大人になったようで興奮して、ごめん。」

突然、兄が自室の扉を叩き謝ったことに、驚いた妹が目を丸くしていた。


「そうよ。お兄ちゃんはまだ、生徒会長なんかになってもいないのに偉そうにして、普段勉強なんて全くしてないくせに、私に『うるせぇ〜!』 なんて、図々しいのよ。」

「お兄ちゃんは、ナヨナヨしてた方がいいのよ。」

「分かったわ! 今回は許してあげるけど、私の言うことをよ〜く聞くのよ。」


「 お兄ちゃんがムセーのパンツを、毎日ゴシゴシ洗ってるって、みんなに言いふらしたいんだけどいいかな?」

ニヤニヤと笑いながら、うつむいている僕の顔の下に顔を突っ込んで覗いてくる。

「バ・・・ッ・・・!」

「〜っ、やめてください。」

今の僕には、お願いするのが精一杯だった。


「ふーん?実は私、欲しいんだけどなぁ。」

「新しい、お・よ・う・ふ・く♡」

何やら強引に約束をさせられてしまったが、なんとなく元の兄妹に戻れたような気がした。


久しぶりに楽しい夕飯だった。

家族でいることがこんなにも嬉しかった。


今日は、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて・・・。

身体の水分の半分近くが、涙で流れて行ってしまったのではないかと思うぐらいに泣き疲れていた。

僕は、ベッドに潜り込むと嬉しくなっていた。


「うふふ。」

泣いていた自分が信じられないぐらいにスッキリとしていた。

『明日は皆んなにすぐに謝ろう。』

女の子だけでなく、男の子達にも。

僕は皆に迷惑をかけたのだ。

謝ると決めてから、もう涙は出なかった。


誰にも許されなかったら・・・。

そういう思いもあるが、ここまでしたのは自分自身なのだ。

また一から出直すしかない。

和やかな気持ちで僕は眠りに落ちていった。




つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る