第32話 竜神の羽ばたき ①

廊下から明らかな視線を感じる。

確かに僕は、世の中ではあまり聞かれないほどに毎朝パンツを洗っている。

しかも、今日は一緒にチャージも洗っているのだ。

覗いているのは明らかに、隠すことも隠れることも下手な妹で間違いはなかった。

振り向けば簡単に見つけることが出来てしまう。

そして、『何をしているのか?』 と説明を求められるのだろう。


多分こうだ。

『お兄ちゃん、またおねしょしたの?』だろう。

間違いない。

絶対に振り向かないと決めて、無心でパンツを洗う。


「ねえ、お兄ちゃん。またおねしょしたの?」

突然、真後ろから妹が声をかけてきた。

もはや隠れる訳でもなく、それが当たり前のように兄の恥ずかしい現場に踏み込んでくる。

「いや!ム・・・ッ〜。」

焦って、動揺してしまった。

僕は今、おねしょと同じくらい恥ずかしい事を口走ってしまうところだった。


「へぇ〜。」

「ムセーって結構出るの? おしっこみたいに、ビャーッて出るの?」

「そのジャージまであの臭いので濡れてるんでしょう?」


「うるせえな!」

「あっち行けよ!!」

なんとかその正体を確認しようとする妹を、リビングに追いやる。

こんなものをあいつに見られでもしたら、学校での僕の立場がなくなってしまう程に、ベラベラと自慢げに話すに決まっているのだ。


「今日のお兄ちゃんは、パンツだけじゃなくジャージも一緒に洗ってたよ。」

「またおねしょって聞いた 『ム〜ッ!』だって、」

「もう、バレてるんだから隠したってしょうがないのにね。」


「そうね、お兄ちゃんはモテないんだと思うのよ。だから、行き場がなくなって出ちゃうんじゃないかな。」


昨日のおねしょがあったからだろうか?

母が妹を止めることもなくなり、すっかり当たり前のように、二人の会話の中に僕の恥ずかしい生理現象が登場するようになっていた。


「ッウ〜、ゴホンッ!」

僕がここにいることをアピールすると、チラリと僕を見た二人は何もなかったように天気予報がどうしたと話し出した。

妹は全くデリカシーがないが、その母親も母親である。


「絶対に誰にも言うなよ!」

妹に口止めをして家を出たが、不安で仕方がない。

なんとなく追い風を捕まえるように波に乗っている僕は、今まで生きてきた人生の中で初めての順風満帆というやつなのだ。

この爆弾娘の発言で全てが灰燼に帰すことだけは、何としても避けたかった。



今日はクラス委員長として最初の登校日だ。

宿題も終えたし忘れ物もない、委員長に遅刻は許されない。

最近はなんだかんだと登校が早くなっているが、その流れで早く家を出てきた。


『昨日はここで〇〇さんと会ったんだよな。』

もう、高校生になるまで会えないだろう女の子を、昨日のことではあったが、懐かしく思い出していた。


「〇〇君おはよう。」

小柄な〇〇さんが、触覚のリボンをふわふわと飛ばすように、僕の隣にちょこんと走ってきた。

「えへへ。〇〇君のこと待ってたんだ。」

小柄な〇〇さんが見せる、自然な上目遣いにクラクラとしてしまう。


「私も〇〇君と一緒に、クラス委員になりたかったのにさ。」

「〇〇ちゃんは、勝手にあんなポストを自分で作っちゃうなんて、ずるいんだよ。」

「だから私は、〇〇君と一緒に学校に行くんだもんね。」

僕のプライベートゾーンにすっと入ってくる〇〇さんは、可愛らしい上目遣いと大人の香りで、僕の全てを蕩かしていってしまいそうだった。

僕のすぐ隣で、キャッ、キャッと嬉しそうに笑いながら歩いてくれる〇〇さんの姿に、僕の鼻の下は伸びに伸び、股間の如意棒も固く大空を目指していた。


朝の通学路にもかかわらず、僕は股間にリュックを押し当てて、彼女とちょうど歩幅が合うくらいの内股でもそもそと歩くしかなかった。


「おい、見たか?」

「〇〇の奴〇〇さんと一緒に仲良く登校したらしいぞ。」


「あいつが教室に入った瞬間に、綺麗好きな〇〇さんが片付けを放おり出して〇〇のところに走っていたとか・・・」


「俺も聞いた。」

「〇〇さんとあのグループが、すでに〇〇と凄い仲なんじゃないかって・・・」

「マジか!?」

「俺が聞いたのは・・・」

全ての事に尾ひれがつくものだが、僕があの日に〇〇さんと一緒に登校したことが知られると、噂は噂を呼び、一気に拡散した。

実際には、〇〇さんはあの日以降は僕の気持ちをはぐらかすように、いくら待っても全く姿を見せておらず、 僕よりもだいぶ遅くに教室の引き戸を開けて、嬉しそうに僕の周りに走ってきている程度だった。


数日が過ぎ、副委員長はやっぱり部活が忙しいようで、今まで〇〇さんが一人でこなしていたクラス委員長の仕事は、やはり委員長の僕が一人でやることになっていった。


『職員室には一人でいらっしゃい。』

『また遊びましょうね。』

夢の中の出来事を一人で期待しながら、僕は教室と職員室を往復している。

特に何のアクションもするわけではないが、〇〇先生の側に行けるだけで、あの夢の続きが見られるようで、股間の根本の奥がうずうずと期待に震えていた。

そのため、職務室を出る時の僕は、ほくほくとした顔をしているようであった。

そのことも若干の噂になった。


「 〇〇は職員室に行くのは一人で良いと言って、〇〇さんを振り払っているらしい。」

「職員室で〇〇先生としばらく二人で過ごした後、鼻の下を伸ばして楽しそうに教室に戻ってきているとか・・・。」


「え〜ッ!!あの〇〇先生も、・・・」

半べそをかきだす男子まで現れる始末だった。

僕はと言えば、うわさの出るほどの充実した毎日が楽しかった。

女の子たちの役に立てることも嬉しかったし、男子生徒たちから羨ましがられることも気分が良かった。



「意外とよくやる奴。」

クラスの最底辺のモブが、クラスの内外で想像もしなかったほどに評価を上げてきていた。

しばらく夢は見ていなかったが、その間にも毎日ではなかったが3日に2回ほど夢精はしていた。

しかし、起きた時にはなんの記憶もなく、大冒険をしたという充実感もなかった。

僕は心の奥底からあの世界を再び訪れて、冒険の続きをしたいと願っていた。

今行けば魔王でも竜王の瘴気でも、すぐさま打ち払えるような自信があった。




つづく

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