サラお嬢様③

「リナ、あれから私達がどうなったのか気になっているでしょう?


━━私達というよりも、ルーカスのことが。」


サラお嬢様は再び紅茶で口を潤すと、ゆったりとした動作でカップを置き、言葉を続けた。



「実はね━━私達、籍を入れていないの。」



「えっ」


驚きのあまり、言葉を失う。

籍をいれていない……? 

私達の仲を引き裂いておきながら、いったいどういうつもりなの!


あなたのせいで私は━━私達は……別れることになったのに!


━━いいえ、もう過ぎたこと。


どんなにサラ嬢様のことが憎くても、

あの時の自分の行動を後悔しても、

失われた過去は戻ってこない。


ソファーで寝息を立てているカオリへと視線を向ける。


熟睡していて良かった。

カオリ、もう少し待っていてね。

心の中でカオリへと語りかける。


スースーという規則的な小さな寝息が、私の荒んだ心を落ち着かせてくれる。

まるで、「お母さん大丈夫?」と心配してくれているみたいに聞こえる。


サラお嬢様のペースに呑まれてはだめ。主導権は既に握られている。

だから、せめて動揺を悟られないようにしないと。

落ちつかなきゃ。

これ以上私の人生に、介入させないために。

カオリを早く連れて帰りたい。


もう2度と、私の大切な人を傷つけさせたりしない!私が守るから。


口を固く結び、視線をカオリからサラお嬢様へと移した。



「ふふふ。驚くわよね。あんなに大々的に婚約披露したのに。


まぁ、ずっと婚約状態とでも言うべきかしら。


ルーカスのお父様が引退した後ね、ルーカスではなく私が後を引き継いだの。


元々ゴーデル商会は父のものだし。

まぁ、表向きは私達は夫婦と思われているから。


とにかく働けて、政略結婚から逃れられるなら、このままの状態でも不便はないから。」


いったい何を言っているの……?

この人は、昔と何も変わっていない。

自分のことしか見えていないお嬢様。


変わっていてくれたらと、

ルーカスを少しでもいいから大切にしてくれていたらと、そう願っていたのに……。



そんなのまるで、お飾りの旦那様じゃない。


ルーカスのことを考えたことがある?

ルーカスにも人生があるの。

世の中に生きているのは、あなただけじゃないの!

ルーカスは納得しているの?

きちんと話し合ったの?



ルーカスがどんな思いで過ごしているのか、その気持ちを思うだけで胸が痛む。

サラお嬢様を見ている目が自然と険しくなる。


「ただね、ちょっと困ったことがあって……。

商会を辞めようと思ってるの」



「そんなっ!閉鎖するのですか?」


思わず前傾姿勢になり、詰問するように強く尋ねる。


ルーカスは納得しているの?

従業員はどうなるの!

皆にも生活があるのに!

仮にも責任者でしょ?

仕事がしたいからって言っておきながら、そんなに簡単に辞めようと思う程度だったの?


言いたいことは沢山あるのに、心の中で叫ぶことしかできない。

ただ一言だけしか言えない、気弱な自分が情けない。


「ふふ。リナ、そんなに興奮しないで。何も商会を手放すつもりはないわよ。退こうと思って。ちょっと他にね……。

今は、これ以上はやめておくわ。


とにかくね、ルーカスに任せるだけでもいいのだけれど、ルーカスは結婚しそうにないし。ここまで大きくした商会だから、誰にでも任せていいものではないでしょ。

ルーカスの手腕は申し分ないのだけれど、跡継ぎがいないじゃない?


━━そんな時、思い出したの。


ほら、私、リナの子供を後継ぎにしたらいいと考えていたじゃない?


リナの消息を調べたら、女の子がいると分かって安心したわ。神様の導きかと思ったわ。運命なのよ。

私みたいに仕事に興味を示すかもしれないでしょう?

もし仕事に興味がなくても、婿をとってもいいしね。


それに、ちょうど5歳と聞いて、もしかしたらルーカスの娘じゃないかと思って。」


「いい加減なことを勝手にいうのはやめてください!カオリは、あの娘は、ルーカスの娘ではありません!」



突拍子もないことを言われて、怒りを抑えることが出来なかった。

あまりにも酷い言われように、身分を忘れて拳を握りしめながら思い切り叫んだ。


「そう、カオリちゃんというの。ふふ。

別に本当にルーカスの娘だと思っている訳ではないわ。そうであったら都合がいいなと思ったの。


意味分かるかしら?


ちょっとした疑惑は確信へ。そして嘘が真実になることもあるの。」



目の前のサラお嬢様は怒りで震える私の様子に怯むことなく、平然とつづける。



「正確な妊娠期間を調べる人なんていないわ。カオリちゃんはあなたに似ているようだし、ふふ、そろそろ学園へ通わせる年頃じゃない? 

高等教育を受けるにはそれなりのお金も必要よ。


どう? 


全て不自由なく暮らせるように最善を尽くすから、商会の後継ぎとして、引き取らせてくれないかしら?


今のあなた達には想像も出来ないほどの贅沢な暮らしを約束するわ。ねぇ、素敵でしょ?」



心の中で「ブツリ」と何かが切れる音がした。


あまりにも自分勝手な言い分に、呆れて何も言う気力が起きない。


これ以上ここにいたら、心が持たない。

もう限界だわ。


「お断りします!」


私は乱暴に立ち上がると、カオリの元へと駆け寄る。カオリを抱き抱えると急いで逃げるように部屋から飛び出した。



玄関ホールに辿り着いた時、後ろから声がかかった。



「リナ、あなたはきっと私に泣きついてくるわ。いつでも歓迎するわ。

そろそろ邸の主が帰る頃なの。馬車を用意するからデボラに送らせるわね」



「結構です!」



まるで知人を送りだすように、見送るサラお嬢様。


絶対に、もう2度と会いませんから!と

心の中で叫び睨む。



カオリの顔を隠すように、抱き抱えながら邸を出た。


早くここから離れななきゃ。


門を出た所で、邸へ入ってくる馬車とすれ違った。


ずり落ちそうなカオリを抱き直す。

一歩踏みだそうとした時に、後方から子供の声が聞こえた。



声は邸の玄関の辺りから聞こえてくる。


停車した馬車から、男性が降りたつのが見えた。


その男性を出迎えるサラお嬢様と使用人達。


あの人は誰?



男性が歩き出すと、小さな女の子が姿を現した。男性の影に隠れていて見えなかったのだ。


先程の声は、あの女の子だっのね。かわいい女の子。

カオリと同じくらいかしら。


邸の主と言っていたけれど、サラお嬢様の親戚だろうか。


もしかして……浮気……?まさか……ね。


結婚していないのなら、そもそも浮気とは言えないか。



まぁ、あの人のことなんてどうでもいいわ。


ただ、気がかりなのはルーカス。


ねぇ、ルーカス……あなたは幸せ?


私が気にかけても、どうしようもないよね。




今は、とにかく見知った場所まで歩いて帰らないと。


「よいっしょ」


カオリを何度も抱き直しながら、ひたすら私は歩き続けた。


✳︎✳︎✳︎

今話のあとがき(独り言)


驚愕な事実?が判明しました……


自分で自作品のフォローをしていました……(>人<;)


恥ずかしすぎて、しばらく戻って来れませんでした


自作品にフォローできるのですね


応援やフォローしてくださっている方、コメントくださった方、本当にありがとうございますm(_ _)m 感謝の気持ちでいっぱいです!


以前、コメントくださった方に返信した際、いつの間にか削除されてしまっていました。


私の返信が不快に思われたのではないかと、悩みまして……


それ以来返信出来ずにいます

本当は返信したいですが……


コメントくださった皆さま、フォローや応援してくださっている皆さま、本当に本当にありがとうございますm(_ _)m

この場を借りましてお礼申し上げます。


少しでも誰かの心に届きますように

次話は近日更新予定です

宜しくお願い致しますm(_ _)m























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