第10話 最終話
朝目が覚めると、見慣れないベッドの上、
見慣れない部屋、いつもと違う空気。
隣には、エミリオがすやすやと気持ちよさそうに寝息をたてている。
私、昨日……。
自分の行いを振り返って赤面する。
「リナ」
「エミリオ、おはよう」
私達はお互いに顔を合わせると、照れてしまった。
戸惑う私にエミリオは「ちょっと待って」と声をかけて、素早く起き上がり、奥の部屋に向かった。しばらくして戻ってきた彼の手には袋が握られている。
「これを」
エミリオは私の手に袋を持たせる。
乗せられた袋は、ずしりとした重みがあった。
「これは?」
「リナが寝ている時に違約金のことについて調べたんだ。多分、足りるはず。
ほとんど、というか、ほぼ全財産かも。はは。
結婚資金として貯めてた分もあるから。
しばらくは贅沢な生活もできないと思うけど、こんな俺でもリナは付いてきてくれるかな?」
「エミリオ! こんな大金受け取れない!」
私はエミリオに袋を返そうとする。
「俺の為に、お願い」
もう一度、エミリオは私の手に袋を握らせる。
これは、エミリオの今までの努力の結晶。
苦労して頑張って貯めたことが痛いほどに分かる。
それを私なんかのために?
「エミリオ…少しづつ頑張って返せるように、私も働くから!
私、一刻も早くあそこを出たい……だから、このお金を貸してください。必ず、返すと約束する。だから、私、今日、辞めてくる」
エミリオに深々と頭を下げて懇願した。
「ちょっと、リナ、顔を上げて。大丈夫だから」
頬にそっと触れられたエミリオの手の感触が嬉しい。私に勇気を与えてくれる。
居ても立っても居られなかった。
私は急いで自宅へと戻ると契約書を探した。
「あった!」
退職する時の項目を探す。
退職する時、
最低でも2週間前、出来れば1ヶ月前が望ましい
あぁ、2週間も!
絶望感に苛まれる。2週間なんて耐えられない。
再度、注意深く確認してみる。
ふと例外の項目に目が止まった。
但し、身体的、精神的に就労困難と判断とされた場合にはその限りではない
これだわ!
精神的苦痛の為に、今日限りで退職をお願いしよう。
いくら何を考えているか分からないサラお嬢様でも、契約書には違を唱えないはず。
私はエミリオから借りた袋を持って、決意を固めて商会へと向かった。
普段よりも早く来たため、まだ従業員の方はいない。でもサラお嬢様はもう来られているはず。
サラお嬢様がいると思われる部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
「おはようございます。サラお嬢様。」
サラお嬢様は私の顔を見ると驚いていた。
「リナ、いつもより早いわね。」
「朝早くに失礼します。サラお嬢様、あのっ、突然で申し訳ないのですが、今日限りで退職させてください!」
一息で言い切ると、深く頭を下げる。
突然の申し出に、サラお嬢様は明らかに動揺されていた。
「待ってリナ、まずは座って話しましょう」
私達はソファーへと座って話すことにした。こんな風に向かい合わせで座るのは何度目だろうか。いい思い出はひとつもないけれど。
サラお嬢様は私に紅茶をだしてくれた。
「リナ、本気なの?」
私の意思は固い。もう一刻も早く終わりにしたかった。
紅茶を一口飲むとサラお嬢様は、ゆっくりとした動作でカップをテーブルに戻す。
真っ直ぐに見つめてくる視線からは、真意は読み取れない
「リナ、やっぱり、ルーカスのことが原因?」
それが分かっているのにどうして聞いてくるの?
「私は、リナの幸せを願っているわ。本当よ。
私は…ルーカスに対して恋愛感情はないの。」
「━━は?」
あまりのことにサラお嬢様を思わず睨んでしまった。あんなに盛大に婚約を発表しておきながら恋愛感情がない?
この後に及んでどこまで私の心を逆撫でするんだろう。
「リナ、私の話を聞いてくれるかしら。少し長くなるけれど…」
サラお嬢様は紅茶で喉を潤すと、再びゆっくりと話し始めた。
「貴族の世界では政略結婚が当然のこと。我が家の財力を欲して婚約の話がありそうだったの。
貴族の娘として責務は弁えていたつもりよ。でも、兄と同じように勉強して、父の仕事を手伝ううちに、働きたいと思うようになったの。貴族として嫁いだら、跡継ぎを産むことが優先される。そんなこと嫌だったの。どうせ愛のない生活を送ることになるののら、自分のやりたい仕事をすることを選ぶわ
正式な申し込みが来る前に急ぐ必要があった。
わがままなのは分かってる。でも姉達は嫁いでいるし、家族は私一人ぐらい自由にしてもいいと言ってくれたわ。
婚約の申し込みが来ないように表向きは、平民に嫁いで、貴族籍を外れる必要があった。
我が家の商会なら安定しているし、生活に困ることはない。
その中でもルーカスは容姿も素敵で、貴族のお嬢様が一目惚れしたとしてもおかしくないでしょ? 一番信憑性がある都合の良い人物だった。
リナのことは知っていたわ。
貴族世界では愛人を持つ方もいるし、私はルーカスとリナが付き合ったままでも構わなかったのよ。リナの子供を後継者にすればいいと思っていたくらい。
でも、ルーカスはそれが嫌だったようね。
あなたと別れることにしたみたい。
あなたのことを、大切に想ってたのね。
何度もルーカスと元に戻れるように気を配ったつもりなのだけど、
リナには伝わらなかったようね…
逆効果だったかしら?
あぁ、リナに話せて、なんだか心のつかえが取れたわ。
でも信じて。ルーカスには圧力をかけたつもりはないのよ。ただ相談しただけ」
一通り話し終えると、サラお嬢様はスッキリした顔をしていた。
男爵家からの相談と称した要請は、旦那様もルーカスも断ることはできなかったのではないだろうか。圧力を感じないなんてあり得ない。
なんて自己中心的な考え…
そんなことで
私は、私達は、別れなければいけなかったの?
愛人って…何よそれ…
言われた内容が信じられなかった
ルーカスは
ルーカスなりに私へ誠実であろうとしてくれたのね
私を、そんな日陰の存在になどにしないために
私を突き放したのね
冷たくすることで私がルーカスのことを嫌いになるように…
分かりにくいよ!
ルーカスはいつもそうだったね
いつも私のことを考えてくれた
私を大事にしてくれた
ルーカスは何も変わってなかった
なのに信じられなかったのは私…
ルーカス…
ごめんなさい
私は…
これじゃあ、私はほんとに浮気した女じゃない
こんなにも私を守ろうとしてくれたルーカスを裏切ってしまった
自暴自棄になっていて、寂しくて
エミリオと関係を持ってしまった
あぁ…
もう2度と元には戻れない
ルーカスに合わす顔がない
「サラお嬢様…
お話しして下さりありがとうございました。
こちらは違約金です。
只今限りで辞めさせていただきます。
お世話に…なりました」
内心は腸が煮えくりかえる思いだった。
後もう少しだけ、もう少しだけの我慢。
形式的に深々と頭を下げる
「どうする?ルーカスに会って行かないの?」
「ルーカスには…サラお嬢様から伝えて下さい」
サラお嬢様の顔を見ることが出来ず下を向いたままだった。今さらルーカスに会ってどうしろと言うの
どこまでも無神経な発言が許せなかった
「そう…」
「失礼します」
私は振り返ることもなく退室した。
幼い頃から、ずっとお世話になった場所
そこをこんな形で去ることになるなんて、
あの頃の私は想像もしなかった
ルーカス、もう一度会いたい
ルーカス私は…
ルーカスへの想いが涙となってどんどん溢れてくる
泣いたってどうしようもないのに
どうして言ってくれなかったの
知りたかった
一人で抱え込まないでほしかった
一緒に 、いつも一緒に考えてたじゃない
話してくれてたら何か変わってた?
駆け落ちでもできた?
ううん ルーカスは家族に迷惑がかかることはしないわね
じゃあどうしてた…
何も…そう…私には…出来ることはない
ただ傷ついただけ
泣き喚いてあなたをもっと困らせたわね、きっと…
だから一人で決めたのね
ルーカス…私は…
そんなあなたが今でも大好きよ
この気持ちは心の中に留めて蓋をする
エミリオは優しい人
エミリオに知られてはならない
違約金まで払ってくれた恩人に不誠実な態度はとれない
サラお嬢様とルーカスは商会をこれからも営んでいくでしょう
私はエミリオの元へ行く
これ以上誰も傷つけたりしない
さよならルーカス
私も愛してました…
~fin~
ここまで読んでくださる方がいるかは分かりませんが、最後までお付き合いくださりありがとうございました。
拙い文章で分かりにくい所も多々ありますが、日常の現実逃避になれていたらと思います。
ルーカスのリナへの気持ちを
題名に込めたつもりです。
ありがとうございました。
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