第8話 婚約発表

帰りの馬車の中での記憶はない。

ずっと眠っていたから。

というのも、昨日ベッドに入ったものの眠れなくて、結局朝まで一睡も出来なかったからだ。


何も聞きたくなかったので、都合が良かった。アーノルドさんも二日酔いで寝ていたようだし、ルーカスとサラお嬢様は、きっと2人で話していたのだと思う。


そんな二人の会話を、聞くことにならなくて良かった。



「お疲れ様でしたー!サラお嬢様、若旦那様おかえりなさいませ。」


「アーノルドさん、リナ、おかえり」



交渉の結果を知りたくて、皆が今か今かと私達の帰りを待ち構えていた。

出迎え時に、私の名前も呼ばれたことにほっとする。

全員が私を拒絶しているわけではないんだ。



「只今戻りました。交渉の結果ですが、サラ、君の口からよろしく」


「皆さんの応援のおかげもあり、無事に出店の許可がとれました!」



「おめでとうございます!」


皆が一斉に歓声を上げる。旦那様はとても喜んでルーカスの背中を叩く。

旦那様はあんなにはしゃぐ方だったかしら?


「よくやった!皆も聞いての通りだ。

出店も決まり、幸先明るい!

もう一つめでたいことがある!


ルーカス、サラお嬢様、2人共前へ出てきてくれるかな」


従業員達は、一斉に2人に注目した。


何かが発表されることが予想された


嫌な予感がしたけれど、恐る恐る後ろから注目する。



「この度、わしの息子ルーカスと、サラお嬢様の婚約がめでたく決まった!


サラお嬢様は、貴族籍を離れることになるが、今までと変わらず勤めてくださる。皆、2人に盛大に祝福を‼︎


今日は、沢山美味しいものを用意してある。無礼講で楽しんでくれ。

 

では、商会の明るい未来に乾杯!」


「乾杯ー!」


「おめでとうございます!若旦那様!サラお嬢様!」



「お似合いの2人だわ」



沢山の料理やお酒がテーブルに並べられていた。交渉の結果がどうであれ、従業員の皆を労う為に用意されていたものだろう。それに今日は婚約発表も重なり、会場の空気は熱気に溢れていた。



やっぱり…


そういうことなのね。

あまりにも予想通りの展開に、

ショックを通り越して、もうどうでもよくなった。


ううん、どうでもいいと思わなければ、心が保てなかった。



放心状態で立ち尽くす私の周りは賑やかだ。皆料理に夢中で私の様子など誰も気にも止めない。通り過ぎる人が、私がそこにいることに気づかずぶつかって行く。


ルーカス…


今、どんな顔をしているの?


最後に目に焼き付けておきたい


でも……


見るのは、こわい。



ルーカスが、とても幸せそうな顔をしていると思うから。


そんな顔を見たら、


今度こそ私は、立ち直れない。


ここにはいたくない


私は、夢中で商会を飛び出した。


婚約ですって、


ルーカスがお嬢様と……。


いつからそういう関係だったの?


そんな当たり前のこと、私が一番分かってることじゃない。


認めたくないよ、ルーカス。

なんで…


気がつくと私は、河原に座り込んでいた。川に映る自分の顔をひたすら眺める。

水面に映る自分の顔が、波うってボヤけいていく。石を投げ込んで、その顔を見えなくする。波紋が収まるとまた顔が浮かんでくる。そんな意味もない行動を、ただただ繰り返していた。


ほんの小さな波紋で崩れていく自分の顔。



私なんて、結局この程度の存在なのね……。


これからどんな顔をして、仕事に行けばいいんだろう。


もう行きたくない……。



どうすれば━━。



「リナ?」


「っ!」



まさか、こんな偶然があるの?



「━━エミリオ」



そこには、私を心配そうに覗き込むエミリオが立っていた。

そう、こんな風に、帰り道にエミリオと会うことがある。


「リナ、大丈夫? 顔色が悪いよ。歩ける?」



私は黙って頷くことしかできなかった。


差し出しされたエミリオの手を掴み、立ち上がる。そうして、手を繋いだままエミリオと共に歩き出した。






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