第3話 勇者の旅立ち

 勇者一行が王都を旅立つ日、俺の元に婚約者のシビラ・キルシュ公爵令嬢が見送りに来てくれた。


「エトムント、どうか気をつけて」


 シビラは、腰まで届く艶やかな黒髪をしていて、透けるような白い肌の儚げな清楚系の美人だ。

 澄んだ菫色の瞳は、うるうると涙に滲んでいて、心配そうに俺を見上げていた。


 俺の手を握るシビラの手は小さく震えていた。


——控えめに言っても、尊い! 尊すぎる!!


「できるだけ早く魔王を討伐して帰って来るよ」


 俺はシビラの細い肩を抱き寄せた。

 爽やかで落ち着きのあるアネモネの花の香りが、ふわっと香った。


「浮気の心配は……ありませんわね」


 シビラはざっと魔王討伐メンバーをチェックして、ほっと息を吐いていた。


 うん。男所帯だからな。そこは安心してくれ。



 国民に盛大に見送られて王都を出立する時、アクセル殿下がぼそりと呟いた。


「エトムントは既に婚約者持ちか……羨ましい。『勇者』のスキル持ちとして、いつかは『聖女』様と……と今まで婚約者を決めずにきたが、今考えると、そんなことは気にせずにせめて候補者だけでも決めておけば良かったと思うよ」


「……は、ははは……」


 アクセル殿下の恨みのこもった言葉に、俺は苦笑いで受け流すしかなかった。


 本っ当にごめんなさい!

 文句は全て、女神様に言って下さい!!


 それだけ長年聖女様に期待していたなら、あの落ち込みようも仕方がないよな……



***



 こうして、どうにかこうにか俺たちの魔王討伐の旅が始まった。


 王都の外に出ると、早速、魔物に襲われた。


 敵はスライム二体——ゲームのチュートリアルと全く同じだ。


「攻撃は、前衛のアクセル殿下たちがメインでしてくれる。我々後衛は、彼らが戦いやすいようにサポートするんだ」


 同じ後衛同士、クリストフ様がバトルの説明をしてくれた。


 その時、俺の脳内にありえないものが浮かんできた——


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▷こうげき

 ヒール

 ぼうぎょ

 にげる

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 は? 選択肢、だと……?


「ぐわっ!」


 アクセル殿下がスライムから一撃を喰らった。

 腕を怪我したようで、殿下が腕を押さえている。


「殿下!? エトムント殿、ヒールだ!」


 クリストフ様が俺に指示を出した。


「??? ヒ、ヒール!」


 俺が半分混乱しながらも、アクセル殿下に手を向けて呪文を唱えると、殿下の傷がたちまちに治った。


「うおおぉっ!」


 ベルンハルト様が二連撃を決め、スライムが一体倒された。


「ファイアボール!」

「はっ!」


 クリストフ様の魔法とディーター様のナイフ攻撃で、もう一体のスライムが倒された。


 そして、俺の脳内に例のイメージが浮かんだ。


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 経験値を二かくとくした。

 ぜんいんの好感度がいちあがった。

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 ぬわにぃいいっ!?

 好感度、だと……?


 ま、まさかな……


 俺の背中を一筋の冷や汗がツーッと滑り落ちていった。


 もしかして、ゲームのヒロインみたいに、好感度とかも気にして魔王討伐に行かなきゃダメなの……?


「すまなかったな、エトムント」


 アクセル殿下が声をかけてきた。


 一瞬にして、脳内にとあるイメージが思い浮かんだ。


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▷「大丈夫です。サポートは任せて下さい」

 「もう、気をつけてよね!」

 「次やったら、パイルドライバーに処しちゃうからね!」

 「べ、別に。大したことないから……」

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 おのれ、選択肢ぃぃぃっ!!!

 しかも女言葉をしれっと選択肢に入れるのはやめろっ!!!


 今まで普通に生活してたが、こんなもん現れたことなかっただろっ!


……それとも、これがいわゆるゲームの強制力…………なのか?


「……だ、大丈夫です。サポートは任せて下さい」


 俺は口角を引き攣らせながら、どうにか答えた。


「ああ。頼んだ」


 アクセル殿下が、はにかんで答えた。どこか幼さ感じさせる純粋な笑みだ。


 流石、攻略対象者だ。普段は爽やかにキリッとしている殿下の少し違った一面が垣間見えて、一瞬、俺までドキッとした。


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 アクセルの好感度がいちあがった。

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***



 王都を出立してから約一ヶ月。

 いろいろと分かったことがある。


 ゲームとは違って、好感度が上がっていない仲間とのイベントがスキップされるということはなく、全員平等に全てのイベントが発生した。


 まぁ、一緒に旅してるんだ。当たり前か。


 そして、選択肢はゲームと変わりなかった。


 選択ミス——すなわち、バッドエンド! そして、この世界の滅亡!! ……の可能性がある限り、選択ミスをわざと選んで様子を見る、という勇気も出なかった……


 もうどうしようもなくて、「全員攻略ルート」に進むしかなかった。


 そして女言葉の選択肢を選んだ時は、なぜか俺の口から出てくる言葉も女言葉になった——他のメンバーからは一瞬「あれ?」って顔をされるけど、流石にもう慣れてきたのか流してもらっている……


 おのれ、ゲームの強制力めぇえっ!!!


 もちろん、好感度が高くなった時の特別ブーストイベント……ちょっぴりエッチなラッキースケベイベントも発生した——全員、総スカンだったがなっ!!!

 多少好感度が下がったが、普段マメに好感度を上げてた分、大きな影響は無かった。俺のメンタルを除いてな……ぐふっ……



 ある日、ディーターが困ったように眉を下げ、ボロ雑巾のような物を掴んで持って来た。


「エトムント、こんなのがいたんだが……」


 好感度が高まるにつれて、俺たちは互いに敬称無しで呼び合うようになっていた。


「? これは……?」


「キュキュウ……」


 ボロ雑巾が鳴いた!?


 ボロ雑巾がむくりと頭を上げた。うるると涙ぐんだ青い瞳が、薄汚れた毛の間からこちらを見つめている。


 もしかして、これって聖獣じゃないか?


 不意に俺の脳内に、いつもの選択肢が現れた。


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▷「元いた場所に捨てて来なさい」

 「可哀想に。迷子かしら? 連れて行きましょう」

 「ちょっと待って。今、浄化魔法をかけるわ!」

 「連れて行きましょう。弾除けにちょうどいいわ。ニヤリ」

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「ちょっと待って。今、浄化魔法をかけるわ!」


 俺はそう言ってボロ雑巾を受け取ると、浄化魔法をかけた。語尾が女性らしくなってしまうのは、ゲームの強制力のせいだ。決して、そう決して俺の趣味じゃない。


 ディーターが残念そうな目を俺に向けてくるが、そんなことは気にしてられない。


「キュキュウ!」


 聖獣は、薄汚れたボロ雑巾のような色から、洗い立ての洗濯物のような目に眩しい程に真っ白な色に変わった。

 心なしか、嬉しそうに鳴いている。


 だが、やはり毛むくじゃらのモップ犬みたいだ。


 モップ犬な聖獣は、尻尾っぽい毛の房をブンブンと振って、俺の足にじゃれついてきた。


「エトムントのことを気に入ったみたいだな」


 ディーターがくすりと笑った。

 甘いマスクのイケメンってこともあるが、なんだかその笑顔がキラキラと綺麗に見えた。流石、攻略対象者。


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 ディーターの好感度が三あがった。

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