夜獣

武江成緒

第1話 回想




 まあ、大した話でもない。

 言ってみりゃ、ただ夜道を散策した、その感想というだけのもの。




 思い立って書こうとしてはみたものの、エッセイというものを、本格的に書こうとしたのはこれが初めてで。

 どこをどうしたらいいのか、何をどう組み立てたらいいのか、無知無経験という暗澹たる穴ぼこが目の前に口を開けているようなわけで。

 何よりも、下手にぐだれば、このまま機会をのがすまでまで、この穴のまえに立ち尽くすと、そんな愚行をさらすことになりかねず。


 とりあえず、先のことは考えずにキーボードをたたき続けることにした。




 さて。さんざん言い訳ならべたあとに、重ねがさね申し訳ないが。

 あの日の記憶、あまりはっきり残っていない。


 別に思い出したくないとか、そういう訳では全然なくて。

 ちょうど、このエッセイを書こうと思い立った今のごとく、あの日にとった行動は、あまり深く考えないまま始めたことで。

 思いかえす手掛かりになってくれるような出来事やら心情も、とくに大したものもなく、今となっては、かなりあやふやに記憶の暗がりに浮かぶだけなのだ。

 ただあの日の、昼下がりから夜にいたる黄昏たそがれにてらされた、電車と、滝と、紅葉の山の景色だけが、かすかな興奮と懐かしさびて再生されるだけ。




 なんとか思い出してみるなら、二十年ほど昔になるか。


 秋も終わりの昼下がり。

 たまたま幾らかの時間ができ、




 そのときに居た、大阪市街の北はずれから、ちょっとばかり足をのばして、みのへゆこうと思い立ったのだ。

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