3話目 アカリのカルボナーラ

 日曜日のお昼前。


「おなかすいたなぁ」

 僕は独り言のようにつぶやいた。

「ホント、おなかすいちゃった」

 アカリがそれに応える。

「なにか作ろっか!」

「いいの?」

「うん、じゃあね、カルボナーラとか?」

「へぇ、カルボナーラって難しいんじゃない?」

「うん、そうなんだけど、クックパッドでね、簡単なレシピがあるのよ」


-クックパッドか、今は色んな動画のレシピサイトとかあるのに、ずいぶんと老舗のサイトを使うんだなぁ。


 僕は変なところに感心していたが、美味しければそれでいい。それに、アカリがそうやって料理を練習しているのも嬉しかった。幼馴染でお互い遠慮がない仲だけど、向上心があるっていいよね。


 アカリはさっそく大き目のフライパンにたっぷりのお湯を沸かし始めた。

 ざぁっと塩を入れている。

 僕はちょっと興味があって後ろから見ていたが、その塩の量に驚いた。

「え!そんなに入れるの?塩って」

「うん、ほら、適量は湯量の1%ですって書いてあるでしょ?」

 アカリの傍らにはタブレットが置かれていて、カルボナーラのレシピが表示されている。

「ほんとだ、2リットルの水なら20グラム?すっごい多いね」

「なんかね、入れなければ入れなくってもっていうレシピもあるんだけど、テレビとかでも大体入れるみたいね。パスタの下味とか、腰が出るとか」

「ふぅ~ん」

 そんなことを話しているうちにお湯が沸騰し、アカリは用意していたパスタを入れた。

「これで後7分とか8分とか。アルデンテっていうでしょ?タカシは硬めがいい?柔らかめ?」

「う~ん、僕は硬いパスタって、ちょっと苦手かなぁ。給食のソフト麺が好きだったくらいだからね~」

「分かった、じゃ、ちょっとだけ長く茹でるね。じゃ、後はベーコンを」

 アカリはフライパンを熱してオリーブオイルを敷き、ベーコンを炒め始めた。

「ベーコンはね、ホントはパンチェッタっていうのを使うんだって」

「ぱ、ぱんちぇ?」

「パンチェッタ、豚肉の塩漬けなんだって。スーパーでも時々見掛けるけど、あんまり普通には売ってないから、ベーコンを使うんだって」

「ほぉ、さすがアカリ先生、お詳しいですなぁ」

 ベーコンを炒め終わったアカリは、おどける僕を無視して玉子の準備に取り掛かる。

「たまごは~、黄身と白身を分けておきます、か。二人分だから2個だね。白身はまた何かに使おっかな。それからぁ、パスタがゆで上がるちょっと前に、牛乳を二人分で200cc、それと塩、昆布だし、にんにく、黒コショウをベーコンのフライパンに入れて沸かします」

「牛乳なんだ、それに昆布だしとか入れるの?イタリアンなのに?」

「うん、ほら、書いてあるでしょ?それにこのレシピの名前、”牛乳で簡単カルボナーラ”って」

「あ、ホントだね」

「きっとね、イタリア人がこのレシピで作ったら、オーマイ!ってびっくりするんだよ?」

「え!イタリア人って、オーマイって言うの?」

「え?言わないの?って言うか、このスパゲッティがね、オーマイスパ・・」

「おっと!そっから先はコンプライアンスに違反するかもよ?」


 彼女はそんな僕をやっぱり無視して料理を続ける。


「で、沸いたところにチーズを加え、火を止めて混ぜて、チーズが溶けた頃合いでパスタを移します。湯切りは必要ありません、か」

 アカリはタブレットを見ながら、ちょうどパスタが茹で上がる頃合いでチーズを入れ、フライパンの火を止めた。

「で、パスタ投入!」

 うん、熱々ソースに熱々パスタ。これで絡めるだけでも美味しそう。

「さ、こっからは速いのよ?」

 アカリはそう言いながらパスタの上に玉子の黄身を乗せた。

「で、すかさず混ぜます混ぜます、更にぐるぐる混ぜます!!」

 先ほどまで白っぽかったソースがみるみる黄金色になる。アカリはパスタを混ぜる手を休めない。

「ここでのんびりすると、黄身が固まって乳化しないのよ」

 すごい勢いてパスタを混ぜる姿は、傍目で見ているとちょっと面白い。


 ふと、アカリの手が止まる。


「できた。完成」

 お皿をふたつ、そこに出来上がったカルボナーラを盛り付けて、更に黒コショウを振る。見るからに美味しそうだ。

「さ、食べよ?カルボナーラはどんどん固まっちゃうから、出来立てをすぐに食べなきゃね!」

「うん、あ、ちょっとお茶とか」

「タカシったらもう!それ先に準備しておいてよ」

「あはは、ごめん、すぐだから」

 お皿二つをテーブルに運び、冷たいお茶を準備する。

「じゃ、いただきます!」

「はい、召し上がれ」

「おぉ」

 早く食べなきゃと言いながら、アカリは僕のひと口目を見つめている。

「どう?」

「ん~~っま!!」

「ホント?」

 アカリはすっかりご機嫌でフォークにパスタを巻き付けている。

「あ、おいし~」

「ホント簡単だったね」

「うん、コツはね、最後のパスタぐるぐる混ぜみたい。モコモコになると失敗だって」

 僕はカルボナーラを食べながら、ある風景を想像していた。

「でもね」

「え?」

「これって、本物のカルボナーラじゃないんだって」

「え?こんなに美味しいのに?」

「うん、このレシピにも本物じゃないって書いてあるけど、ちょっと調べたら、本物はさっき言ったパンチェッタを使って、他は卵とチーズだけなんだって。もちろん牛乳も昆布だしも入らないよ?」

「そうなんだ」


 僕の思い描いた風景に、その”本物のカルボナーラ”が加わった。僕は食べる手を止めてお茶をひと口含み、ティッシュで口元を拭いてアカリに向き直った。


「じゃさ、その、本物のカルボナーラさ、披露宴で出さない?」

 アカリはフォークをくわえながら目を見開いた。まっすぐ僕の目を見ている。

「披露宴?誰の?」

「はぁ?誰って、僕たちに決まってるじゃん!」

「私たちの、披露宴?」

「そう!僕たちの披露宴に、本物のカルボナーラを出すの!」


 アカリはフォークを皿に置き、少し俯いて言った。


「それは無理」

「へ?」

「それはできないわ」

「へ?なんで?」


 僕は思わぬ返事にうろたえた。なぜ?なんで?頭の中は疑問符でいっぱいだ。

 テーブルに両手をついてオロオロする僕に、彼女は毅然として言い放った。


「ワタシ、和食党なの!!披露宴は会席料理!!」

 そう言うアカリの瞳は、涙で潤んでいた。


-そうかそうか、そう来たか。じゃ、僕も容赦はしない。


「うん、もちろんいいよ、和食ね。じゃ、神前結婚式だな」

「そうね!」

 アカリの笑顔が弾ける。

「ね!食べよ!カルボナーラ、モコモコに固まっちゃうよ?」

 僕も笑顔で応える。

「うん、食べよ!」

 しかし、僕の笑顔の裏に、別の顔があることをアカリは知らない。


 ふふん、覚えておけよ?さっきのお返しだ。


 君が望んだ披露宴の会席料理に、カルボナーラをぶち込んでやる。

 しかも本物じゃない、このクックパッドのカルボナーラ風だ!

 式場が決まったら、アカリに内緒で事を進めよう。


 ああそうさ、俺は容赦しない男だぜ。



ずずず。


うま。



つづく

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