55.


どうして、私なんかに。


いつもより早い昼食時。 自分の反対側で静かに、当たり前に食事を摂りかかる女性をちらりと見た。

薄茶色の緩く巻いたセミロングに、赤いニットセーターの風貌。

そして、加えて鼻にくる香水。

初対面であるはずなのに、憎たらしいとも言いたげな目つきも合わせて、第一印象は最悪な相手だ。

とはいえ、依頼人である御月堂の奥さんであるから、無下にするわけにはいかない。


それにしても、そのような態度で訪れる人が何故、姫宮と食事を共にしたいと言ってきたのであろうか。

子どもに会いに来た様子でもない。

得体の知れない気味悪さと、きつい香水の匂いで戻しそうになっていると、雅が話しかけてきた。


「フォークとナイフを持ったままで一体どうしたのかしら。どこか気分でも悪い? それとも、仕事を邪魔されたあたしと食事をしないと思ってる?」

「いえ、そのようなことは⋯⋯」


弁明しようと顔を上げた時、スッと目を細めた雅の目と合ってしまい、何も言えなくなってしまった。

同じアルファの御月堂とは全く違う、本当にこちらを嫌っている目に恐怖を覚えている姫宮を知ってか知らずか、彼女は「そもそも急に押しかけてきた私が悪いのでしょうけど」とため息混じりに言ってきた。


「けどね、あなたの方がよっぽど悪いことをしていたようね」

「何、を⋯⋯?」

「とぼけないでちょうだい。そのお腹は何だっていうの」

「え⋯⋯」


瞳孔が揺れる。

前々から、内密に代理出産を頼んでいるのではないのかという、推測に過ぎなかったものが、現実になってしまった。


「このお腹は御月堂ご夫妻のお子様です。なかなか子どもに恵まれないと御月堂様からのご依頼で、代理出産を──」

「とか言っておいて、人の旦那をそそのかして身ごもったのでしょ。アルファ同士ではなかなか子どもが出来なくて、オメガであれば、男であろうが女であろうが簡単に出来てしまうのだから」

「だから、誤解です⋯⋯──」

「本当、卑しい性だわ」

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