53.

「何を笑っている」

「いえ、いえ⋯⋯。笑ってなどおりません」

「そんな顔をしておいて笑ってないなど、よく嘘を吐けるものだな」


目を鋭くさせ、立ち上がった御月堂は、先ほどいた席へと戻っていった。

咄嗟に謝罪の言葉を口にしようとしたが、噤んだ。

短時間で珈琲を飲んだり、置いたり。かと思えば、窓の外を見ているような行動を何度も繰り返していたのだ。

自分が何故、笑われたのかは分かってないのかもしれないが、その笑われた事実に対して気にしている様子で、落ち着かないように見え、拍子抜けした。


立場上、初めて会った印象からも近寄り難い雰囲気をまとわせ、常に気を張っているのかと思っていた。

が、姫宮に多少笑われた程度で、こういってはなんだが、人間らしい行動を見せてくれるとは思わなかった。

愛しい、なんて思ってはいけない感情。しかし、そう思いたくなってしまって、そういう意味で表情を緩めたのを目ざとく見られて、またもや押し問答が始まってしまったものの、楽しく思ったのであった。




「姫宮様、最近楽しそうですね。何かいいことがありましたか?」


朝食を摂り終え、ひと段落をしている時、安野がそう言ってきた。


「顔に出てました?」

「ええ。素敵な表情をなされていて、私もつい、頬を緩めてしまいます」


そういうや否や、頬に手を添えている姫宮のそばで目を細めた。

家と散歩するために、この辺りの近所を往復する毎日を暮らしている姫宮が楽しく思えるものは、限りなく少ない。

が、その中でも、安野達の何気ない会話、彼女達の掛け合い、お腹の子に歌や絵本を聞かせたりと、それらが仕事としてでなく、個人として楽しく感じていた。


「皆さんが楽しませてくれるからですよ」

「そんなこと!そんな大変恐れ多いこと⋯⋯! そう言って頂けて、大変嬉しく思いますよ」


心からそう思っていることがはっきりと分かる嬉しそうな表情に、姫宮もつられて同じような顔をした気になる。

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