40.

まさか、御月堂だけとは思わなく、普段話したことも、それに前のこともあって、気まずさを覚えていることに加え、話題がなく、姫宮は二人きりになった途端、口を閉じてしまっていた。

それは、御月堂も同じらしく、一言も話さず、ただひたすらに歩いているだけだった。

このことさえも気まずい。

そもそも、彼は歩くのが速く、姫宮の一歩が彼にとっては二歩程度と差があり、追いつくのさえ必死だった。

最近は、内蔵が圧迫され、歩くことさえ息苦しいというのに、常に小走りは辛い。

さすがに言った方がいいと口にしようとした。


「あ、あの⋯⋯っ、御月堂、さ──っ!」


御月堂が急に立ち止まったようだ。彼の大きな背中に直撃する形になってしまった。


「申し訳ございません、御月堂様」

「いや⋯⋯、それよりもお前の方が大丈夫か。今の当たった衝撃で子どもが危険な状態になると松下から聞いた。大丈夫なのか」

「ええ、はい。転びはしなかったので、大丈夫かと思います」

「そうか」


そう言ったきり、また前を向いて歩き出してしまった御月堂を、再び追いかける形を取らされてしまうのであった。


またしばらく会話をせず、ひたすら歩き、汗がどっと出た時、御月堂があるホテルの前に立ち止まった。

見上げてしまいそうなほどにうずたかい建物を、躊躇することなく入っていく御月堂の後を追った。

入った瞬間、心地よい冷気が姫宮をまとい、思わず小さく息を吐いていると、御月堂らの前に一人のホテルマンがやってきて、深々とお辞儀をする。


「御月堂様。暑い中、ご足労をおかけしました。こちらへどうぞ」


ホテルマンが差し出した先には、全面ガラス張りの窓に照らされた、二十席ほどある、オープンな喫茶室らしいスペースだった。

何故、ホテルにと不思議に思ったが、ここに来る目的のためなのかと、共に赴いた。

どっしりとした肘掛けの一人用ソファは、座ると思っていたよりも沈み込み、「わっ⋯⋯」と悲鳴を上げてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る