30.

安野が一礼した後、前に出、隣に並んだ今野と向かい合わせとなった。


「タヌキさんよ、今日こそどちらが変化する数が多いか、勝負しようじゃないですか」

「臨むところですな、キツネさん」


いがみ合っているような、されど、照れているようで、言葉の端々が震えていた。


安野はタヌキ役で、今井はキツネ役だったようだ。

だから、あの色合いと耳としっぽなのかと今更ながらに気づいた。

それから二人、もとい、役に沿うと二匹は、キツネの今井に黒子に扮した他三人がせっせと白い羽織と角隠しらしい被り物を被せ、花嫁姿に見せかけ、タヌキ役の安野は胸元を大きく開いた、スパンコールの入った赤いウェディングドレスを着て、こちらにウインクをしてみせた。


「「さぁっ! どっちが美しい!?」」


立膝を着いて、並んでいた三人に同時に問うと、二つ持っていた内の一つを上げた。

キツネが描かれた札が二つ、タヌキが描かれた札が一つ。

とすると、これは。


「二対一⋯⋯。私の勝ちですね」

「やりますな、キツネさん」


ふんぞり返って言うキツネの今井と、悔しそうに指輪を咥えるタヌキの安野。


次にタヌキの安野は猫の鳴き真似、キツネの今井は犬の鳴き真似をした。

今井は恥ずかしく感じているのもあり、なんとも可愛らしいと思える鳴き声だったが、安野の方は、猫だと聞き間違えるほどの迫真の鳴き声をしたのだ。

これには思わず小さく口を開けて驚いてしまったし、審査員役でもある三人はタヌキの札を三つ上げた。


今のところ、どちらも一勝ずつとなった。


最後の勝負は、タヌキの安野が「ドロンっ!」と言って、忍者が消える時のポーズをし、すぐにその場から離れると、黒子の一人が安野がいた場所に油揚げを置いた。

そこに、つま先で踊るような歩き方でキツネの安野がやってきた。


「うわぁ! こんなところに大好物の油揚げが!」

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