29.

膨れていても、まだ小さい命を見つめる眼差しは、鬱々とした気持ちは晴れていた。

悪いことを考えてしまうのは、つわりのせいだろう。そう思うことにして気持ちを切り替えた姫宮は、サイドチェストに置いていた絵本を手に取った。


こないだの散歩の途中で立ち寄った本屋にて、自分が選んだ物だ。

「姫宮様、お好きなのですね」と意外だと言う安野に、「⋯⋯ええ」と曖昧な返事をした。

この作品を選ぶのはおかしかっただろうかと思いながら、読み聞かせをしてあげた。


「──⋯⋯人魚姫は泡となり、消えていきました」


しんみりとした口調で締めくくると、次の絵本を手に取り、読み始めた。

そうして、物語を半分ほど読んだぐらいだろうか、規則正しいノックする音が聞こえ、言葉が途絶えた。


「姫宮様、入ってもよろしいでしょうか」


安野の声だ。

「はい」と短く返事すると、安野が入ってきた。

が、いつものシンプルな服装にエプロンを付けた格好ではなく、茶色の全身タイツに腹部は薄黄色の楕円の模様にへそ辺りに、バッテンが書かれていた。

それに彼女だけではなく、今野、上山、江藤、小口と皆揃って入ってきたのだ。

ちなみに、今野も黄色の全身タイツを着ていた。

それにしても、皆して来てどうしたのかと、さすがの姫宮も呆然としていた。


「突然、皆揃って来てしまい失礼します。姫宮様がちょうど絵本を読まれているので、今やるのもどうかと思いますが、私達も御月堂様のお子さんを楽しませようと思いまして、ささやかながら劇をしたく、馳せ参じました」


こちらに一礼する際、頭に付いた丸い耳が垂れて、可愛らしく思えた。


「姫宮様、『タヌキとキツネの化かし合い』という話をご存知ですか」

「いえ、初めて聞いたかと」

「左様でございますか。でしたら、ちょうど良かったです。より楽しめるかと思います。では、ご覧ください」

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