悪魔と奴隷 ~転生したら悪魔になった日本人は奴隷の銀髪少女と旅をする~

来栖シュウ

第1話 転生したら悪魔だった。

「ここどこだよ……」


 目が覚めた俺、木場田翼きばたつばさは鬱蒼とした森の中にいた。確か家に帰る途中だったはずだ。夜の静かな道を歩いていて、交差点で車の光が見えて……。


「……轢かれて死んだ? まさかな」

 

 空を見上げる。太陽が真上に輝いている。


「昼? 夜じゃなかったか?」


 何が起こったのか分からない。胸の奥にモヤモヤした感覚が広がって、頭が回らない。とにかく今はこの状況を確認するしかない。

 再び辺りを見回す。やはり見知らぬ森。こんな場所に覚えはないし、家の周辺にそれらしい森は見たことがない。何よりこの圧倒的な違和感が拭えない。


――カンッ。


……ん? 頭を掻こうとした手に何かが触れる。硬い、何かだ。


「って、なにこれ!? 手が!」


 目の前に持ち上げた自分の腕に目を疑う。紫色に変色した巨大な腕。爪が鋭く黒くなっており、まるで怪物のものだ。


「なんだこれ!? 夢だよな……?」


 全身を確認する。腕だけじゃない。足も同じように異形化している。恐る恐る手で頭を触ると、硬い何かに触れた。


「あ……ああ……」


 全身から嫌な汗が噴き出る。手探りで自分の頭を確認すると、まるで水晶のように硬く滑らかな物体が、ヘルメットのように頭部を覆っている感触があった。頭頂部には二本の角がついていて、俺の口は異常に大きい。鏡があったら、どんな姿なのか確認したいところだが、今はその余裕もない。


「俺……どうなってるんだ……」


 整理しよう。俺の身長は三メートル以上。体重は不明だが、少なくとも百キロは超えているだろう。体は紫色に染まり、まるで悪魔のような姿に変わってしまっている。視覚、嗅覚、聴覚はしっかり機能しているものの、顔には目も鼻も耳も存在しない。さらに腰からは蝙蝠のような巨大な翼が生え、尻からはしっぽが伸びていた。


「まさか……これ、俺が悪魔になったってことか?」


 呆然と立ち尽くしているが、今は動かないと始まらない。この姿が何なのかも分からないし、どうやってここに来たのかも不明だが、とにかく動いて状況を確認するしかない。


「とりあえず……歩こう」


 足取りは重い。だが、歩かないわけにはいかない。周囲の様子を探りながら、少しずつ森を進んでいく。木々の間をすり抜け、低い枝が体に引っかかるのを無視して、どんどん奥へ進む。


「というか、これ……飛べるんじゃないか?」


 大きな翼に目をやる。蝙蝠のような形状のそれは、俺が今まで感じたことのない力を秘めているように感じた。思い切って地面を蹴り上げ、翼をバタバタと動かしてみる。


「お……おお!?」


 ふわりと体が浮き上がった。予想外の感覚に驚きながらも、何とか翼を制御して浮遊し続ける。まさか本当に飛べるとは。高い位置から森の景色を見下ろすと、遥か先に建物らしきものが見えた。


「お、あそこに村が!」


 思わず声が漏れる。とにかく、あそこに行けば何か分かるかもしれない。俺は地面に降り立ち、村へと向かって歩き始めた。

 

 しかし、村に近づくにつれ俺は違和感を覚える。何かがおかしい。村を構成する建物全てが日本のそれらしくない。一言でいえばヨーロッパの村。


 村の入口に着くと、入口付近の村人数人がこちらを見つけて、すぐに大きく怯えた表情を見せた。


「あ、悪魔だーッ!」


「きゃああああーっ!」


「逃げろー!」


 村人たちは悲鳴を上げて次々と逃げていく。


「ま、待て! 俺は悪い奴じゃないんだ! 俺はただ……!」


 しかし、俺の声は届くはずもなく、ある者は子供を抱えて逃げ出し、ある者は家の中に隠れて扉と窓を閉めてしまった。村の広場に一人、俺は立ち尽くす。


「……これからどうすればいいんだよ、俺……」


 村を離れしばらく移動をする中でようやく頭が状況を飲み込めた。ここは異世界で俺は悪魔に転生したのだ。


 目覚めたところへ戻ると、茂みの中にスマホやパソコンの入ったバッグがあることに気がついた。案の定Wi-Fiも電波も繋がらない。


「俺、なんか悪いことしたかな」


 どれだけの大罪を犯したら悪魔になるんだ。とにかく、この姿じゃ人間はもちろん、きっと動物だって逃げ出すに違いない。


 今思えば村で無理矢理一人捕まえてでも話してみるべきだっただろうか。


「……そうだ。逆に悪魔となら会話ができるんじゃないか?」


 森を歩いて十分。木々の緑とは違う緑色の物体を見つける。緑色の小人。ゴブリンだ。


「や、やあ。ちょっとお話を」


 刺激しないように友好的な言葉をかけながらゴブリンに近づく。


「ギギャッ! グアァ!」


 こちらを視認したゴブリンは真っすぐ駆けて向かってくる。その右手には、先端に石が括りつけられた棒が握られている。間違いなく俺をそれで殴ろうというのだ。


 なんだよ。同じ怪物だから仲間じゃないのかよ! 俺は再び跳躍し翼を開く。ゴブリンは俺を突き落とそうと足元の石を投げるが、どれも届かない。


「しかも、言葉を発さないってことは知能が低いってことか? どのみち会話は無理そうだな」


 俺は再び何をすればよいか分からなくなり、森の小さな湖の近くに降り立つ。


 しばらく呆然としていると、日は沈んですっかり夜になり、聴き覚えのない鳥の鳴き声と、風で木々が揺れる音が聴こえた。


「俺、ずっとこのままなんかな」


 醜悪な悪魔が湖の水面に映る。この世界で一人寂しい存在なのだと自覚してしまう。


「……雨」


 水面の悪魔はたちまち崩れる。


「寒いな」


 どこか雨宿りできる場所をために冷たい雨に打たれながら翼を広げる。舗装されていない道は蛇のように伸びていた。


「あれは、馬車か? 生まれて初めて見るな」


 確か幌馬車なんて名前だったか。荷台に白い屋根のついた馬車が道の真ん中で停まっている。


「……!? あれは!」


 暗くて見えづらかったが、ゴブリンどもが馬車を囲んでいる。それに応戦する一人の男。


「やめろー! このっ!」


 俺が着地すると同時に、ぐしゃっ、と嫌な音が鳴る。助けようとした男の頭がゴブリンの鈍器で潰された。


「ひ、ひでぇ。こんなのって」


 今やられた男の他に二人、馬車の近くに横たわっている。それぞれ首と胸に大きな傷。血溜まり。


「う、うおおおお!」


 襲い掛かってくるゴブリンを大きな拳で殴る。ボールがバットに打たれたように、ゴブリンは嫌な音を立てながら吹き飛ぶ。


「ど、どうだ。お前たちもこうなるぞ!」


 言葉は通じないが意思は伝わったようで、ゴブリンは吹き飛ばされた仲間を担いで森の奥へ消えた。


「はあ……」


 ため息と共に素手で土を掘る。名も知らない人が三人死んだ。それも一人は目の前で。


 せめて土に埋めてやりたい、と思うのは俺の自己満足なんだろう。土葬がこの世界で一般的なのかもわからないが、雨ざらしよりはよっぽどいいはずだ。


 三人の遺体を道の脇に埋めた俺は馬車の荷台に目を向ける。馬の姿はない。きっと襲われる前に逃げたのだろう。三人はなにを運んでいたのか。ただ漠然と知りたかったし、食べ物があればいただきたかった。


 馬車の裏に廻り、入口の幌を捲る。


「だ、大丈夫!?」


 そこにいたのは一人の少女。年は十代前半。十三歳か十四歳程度に見える。腰まで伸びた銀色の髪と滑らかな白い肌、そして瑠璃色の瞳が鮮やかで、まるで作り物にさえ思えた。それとは対照的に、少女の衣装は粗末な布に身を包んでいた。


 少女はこちらを向くと、ただじっと俺を見る。そして少女は口を開いた。


「どうして助けてくれたの?」


 意外だ。てっきり見た途端絶叫と共に逃げ出すと思っていたのに。


「こ、怖くないの?」


「だって、私のことを襲うつもりはないんでしょ? そのつもりだったら私、とっくに殺されているだろうし」


 少女は笑った。確かに。俺の目の前で。


「えっと、君の名前は? どうしてここに?」


「私の名前はセラ。奴隷として運ばれるところだったの」


 雨音にかき消されそうな小さな声で、セラは再び笑顔で答えてくれた。


 ――これが俺とセラの出会いだった。

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