冬隣る

あじふらい

冬隣る


木枯らしが窓を揺らす。

私は彼の残した荷物を燃えるゴミの袋に入れながらそれを聞いていた。

別れは突然だった。

未だに何が原因だったのか理解ができない。

傷心の折り、煌々とした夜景の中で彼が知らない女を抱きしめている写真をお節介な知人に見せられた。


烏が鳴いた。

スマートフォンが震える。


雪虫が飛んでいる。

メッセージは別れた男からだった。

『今なにしてんの』

『会えない?』

今の彼女を大切にしなよ、書きかけて消す。


夕暮れの水たまりに枯れ葉が落ちる。

会うべきではないと頭では理解しているはずなのに、指が勝手に画面の上を滑る。

髪を撫でてうなじに這わせる手を、頬に刺さる短髪を、耳元で囁く低い声を、私を受け止める分厚い胸板を、人より高いその体温を、彼の身勝手さえも、私の理性以外の全てがただただ欲していた。


ゴミ袋の中で彼にもらったアクセサリーが輝いている。

ふと彼が褒めてくれたワンピースが目に入る。

それらを身につければ自然と彼と並んで歩いたブーツに手が伸びる。

ドラマのように投げ捨ててやろうと思いサイドボードに置いていた指輪をそっと指に沿わせる。

彼のお気に入りの香水を身に纏おうとして、やめた。


晩秋の夜が体のあちこちに突き刺さる。

ハイヒールが夜のアスファルトを叩く。

シリウスが冷ややかに見下ろしている。

スマートフォンを握りしめた手が冷えていく。

風が落ち葉を巻き上げる。

はためいたコートの中から、彼は知らないであろう香水がふわりと舞い上がり打ち薫る。


スマートフォンに目を伏せる彼を見つけて、立ち止まる。

乱れた息を深呼吸で誤魔化し、髪を整える。

その一箇所のみ点滅する街灯に照らされた彼の姿が、誘蛾灯のように私を誘っている。

振り返ればポラリスが道を示していた。

引き返すなら今しかないのだろう。

冷えたブーツが硬く音を鳴らした。


早く雪が降ればいい。

彼の思い出を全て白く染めて欲しい。

音ひとつない雪の夜に吸い込まれ消えてしまいたい。

凍てつく氷ならば、私から彼のぬくもりを消し去って閉じ込めることができるだろうか。

分厚い乱層雲ならば、私を覆い隠してくれるだろうか。




渡り鳥が騒いだ。

星と点滅する街灯が、いつまでも見ていた。






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冬隣る あじふらい @ajifu-katsuotataki

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