ダンジョンの酸素無くせばいいんじゃね?

リンリ

第1話

「それで、私にそのダンジョンマスターとやらになれと、そうおっしゃるのですね?」


「おう。と、言うてもお主に拒否するという選択肢はないがの」


 目の前に座る女は煙管を吹かし、こちらを興味無さげに見つめながら言う。


 赤い着物に、趣味の悪い金装飾がふんだんに使われた煙管……身長の程はやや平均よりも低め……。


 そして……赤い瞳に金の髪、その頭部からは禍々しいと表現ざるを得ない角。

 非現実的ではあるがその角の質感はどうにも偽物には見えない。


 どう頑張ってもコスプレは偽物感が出るが、目の前の女性の角にはそれが見られない……ように思える。


 私は恐らくは死に、そして次に目を覚ましたらこの簡素でやや寂れた洞窟、その奥にいた。

 女性の言葉を信じるなら、正しくは召喚された。という状況か。


 女性は自らを主、あるいはコアと呼べと言った。

 コアは以前いたダンジョンマスターがあっけなく、それこそテスト期間が近いのに遊び呆け、当日何も準備していなく挑むテストの様にあっけなく惨敗し、死んだという。


 そこで代わりが必要となった為、またボロボロのこのダンジョン再建の為に貴重なリソースを割いて通常の手順とは違う、別の世界から人を呼ぶ儀式を行い私を呼んだという。


「ま、といってもどこまでお主がやれるかわからんがの……。どうせ前のやつと同じく使えんじゃろう、期待せずにおるよ」


「失礼な人ですね。だいたい、なぜ拒否権が私に無いので?」


「んぅ?お主を呼んだ時にもう既にダンジョンマスターへの登録をこっちでしたからじゃな。わし、ここのコアじゃし、コアが認めればそれだけで済むのじゃ」


 猫が伸びをするように肘掛けや背もたれが半壊した椅子の上で伸びをし、大口をあけて欠伸するコア。


「コアとは、名前では無かったのですか?」


「名前じゃよ?じゃが、ダンジョンコア、という意味でもある。要はこのダンジョンの心臓部じゃ。わしが死ねば、ここもただの湿気とじめっとした空気の洞穴よ」


 ダンジョンコア、というともっと丸っこくてなんか光ってる怪しい物体、というイメージがあったのだが……。


 どうやらこの異世界では違うらしい。

 人の形態へも代われるのか、それともそういう種族なのかは知らないが、コアがこのダンジョンの最重要防衛対象という事は理解した。


「ですが……私がここで働く理由がありませんね。私になんの得が?」


「うるっさい奴じゃのう……ほれ、お主で死んだじゃろ。あれ、本来ならそのまま輪廻行きじゃったのじゃぞ?魂は一度砕かれ、再利用されて記憶も何もかもリセットをかけられ……」


 コアは一度だらんと椅子に座っていた姿勢をある程度正してこちらを見る。


「お主、鈴音という男が完全に消えて無くなる。そんな所を拾い上げてこっちへと喚んだのは、わしじゃ」


 どうじゃ?わし、すごいじゃろ?とここに来て初めて笑顔を見せて自慢するコア。


 なるほど、一理ある、が……。


 それでもこの先ずっと働くには至らない。

 なにより無給というのが気に食わない。


 実直な働きには、それ相応の報酬を。

 それが私の理念だ。


「一応ですが、雇用形態や福利厚生等を聞いても?」


 このままではその理念は果たされそうに無く、念の為に確認を取る。


「お主……面倒な男じゃな。まあよい、給料に関しては、そうじゃのう……今は前の無能マスターのせいでボロボロで、すまぬが何も出せん。じゃが、お主が活躍を重ねて以前のようなダンジョンへと戻してくれた暁には、必ず礼をする……では、駄目かの?」


 弱々しい態度を取れば多少は交渉成功率が上がると判断してか、しおらしい態度でこちらへ話にもならない交渉をするコア。


 私はただじっと黙ってコアを見つめる。


 無言の時間が続く。


 ……続く。


 …………コアの表情が若干歪む。


「いや、そのじゃな……わしも悪いとは思っておるのじゃよ?確かにダンジョンマスターと、そのコアは本来対等な存在じゃ。マスターはコアの為、そしてダンジョンでの生活の質の向上やその他様々な目的の為に働く。そしてコアはそれを最大限サポートする……」


「に、しては最初は随分と高圧的でしたね?」


「う、それはすまぬ……。じゃ、じゃがわしの気持ちもちょっと汲んでほしいのじゃっ!お主の前の奴ったら、ほんに無能での?」


 そこからコアによる愚痴が延々と続く。


 内容としては、会社での愚痴とさして変わらない。

 ただ話題や単語が少々物騒なものに変わっただけだ。


 やれゴブリン大量に隠れさすこともせずに直置きしたり、やれ罠の位置も下手くそでアドバイスしようとしても五月蝿い、とか言って当たり散らすし……。


「それでな、わし言ったんじゃよ?ちゃんと考えてモンスターの召喚や罠の設置をしないと勝てる戦も逃す。って、そしたら何て言ったと思う!?」


「……コアさん」


「なんじゃ?あぁ、済まぬわしばかり話すぎたか、じゃけど分かったじゃろ?前の無能者のせいでわしとわしのダンジョンは見ての通り何も無いのじゃ……じゃから頼む。先程の態度はきちんと謝罪する」


 じゃから暫く無給で……、と初対面の時とは打って変わってその頭を下げてお願いするコア。


 私の前任者に当たる人物のせいでだいぶ荒れてたようで、その結果があの態度だと言う。

 まぁしっかりと謝罪が出来るのであれば一度の失態であるしとやかく言うのも人間が出来てない話だ、不問とするのが正しく、善い選択だと思う。


「無給で、ですか。随分と経営者として下の下、最悪の雇用文句ですね」


「うぅ……わ、わかっておる。じゃが……」


「コアさん、ダンジョンが再建したら必ず報酬は出るのですね?」


 コアが頭を上げてこちらを見る。

 その顔には隠しきれない感情が見て取れる。


 まだ何も言っていないし、確認を取っているだけですけど……。


「お、おう。勿論じゃ、ダンジョンコアとして二言は無いっ!あ、じゃがわしが支払えるもので頼むな……?世界が欲しいと言われてもわし、対応しかねるのじゃ……」


「しませんよ。そんな維持費や管理費、把握が面倒そうな事」


「う、うむ。良かったのじゃ。と、言う事はもしかして、やってくれるのかや?」


 事情やら苦労やらを聞かなければよかったとすこし後悔する。

 人間、背景を知ると親近感であったり同情等が沸いてしまう。


 このコアと呼ばれる女性に対して私は少しでも可哀想に、出来ることはないだろうか?と考えてしまった時点で、ある意味で負けなのだ。


「はぁ……いいですよ。ただし、先程呼ばれたばかりの地球生まれ日本育ちの一般市民、分からない事が多すぎて、分かることを聞かれた方が短く済むレベルの無知なのでちゃんとサポートしてください」


「わぁっ……!ふふっ、分かってるのじゃっ!元よりコアとマスターは対等にして二つで一つじゃっ!わしはお主の為に、お主はわしの為に働くのが当然なのじゃっ!」


 了承を受け、コアは心の底から嬉しそうに笑って私の手を取って宣言する。


 召喚、という単語であったり目の前の少女の角といい、もはや異世界は確定である。

 つまりは身寄りも無く、どこかで野垂れ死んでも誰も気にしない存在であるからして現状唯一頼れる存在がコアである事は紛れもない事実である。


 そういう意味でも私に拒否権はなく、ダンジョンマスターとなるのが確定していたような物だが、交渉や上下関係等はしっかりと行う必要があった。


 つまりは先程のやり取りは半ば茶番に近いものではあったが、結果としてコアの背景を少し理解できたことを嬉しく思う。

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