陽の当たる道

マターリマターリ

第1話 ハイライト

かれこれこの道を何分、何時間、何日、何年歩いただろう?

最早喋り方すら忘れたような気がする。

幻聴も一時期は聞こえていたが、もう聞こえない。

歩きにくい暗い道を只管歩いているだけだ。

こんな風に頭に血を巡らせたのは久々だ。

そうだ…なんでこんな事になったんだっけ?

思い出せ、思い出せ、思い出せ…。



恐らく10年前



「ふぅ…タバコが美味いなぁ」

ボヤーっと近所のタバコを吸っていた時だった。


「なーんもやる事ないしな~…宝くじ当たってから毎日が暇だ!」

俺は半年前に宝くじを当てて以来特にする事もなく、毎日をボヤボヤする事もなく毎日を過ごしている。

日課と言えば煙草屋と喫茶店に行って時間を潰して喋ってるだけだ。


「エンジちゃん?いい加減働いたらどう?」

「へいへい。いいんだよ金はあんだから」

「貴方ねぇ…こんな煙草屋でボヤボヤしてたら一生なんてあっという間よ?」

「う、うるさいな。俺は俺が可愛いから社会に出たくないの!」

「ダメ人間ねぇ…まあ良いお客さんだからいいけどさ…」

煙草屋のおばちゃんから文句を言われながらも毎日ココに来ている。

母親も父親も故郷にいるものの俺は帰ってもやる事がないため、東京の高煙寺でボヤボヤ過ごしている。

宝くじで金を得たが、使い道がないのだ。

当てる前は家を買って、車を買って…などと思っていたが、いざ当たってみると何もする気が起きなくなった。

元々勤めていた会社もスンナリ辞めて毎日が暇すぎる。


10億円。


これは人を壊すと言うが、確かにそうなようだ。

俺は無気力という意味で壊された。


「何か…何かワクワクする事起きないかなぁ…」

そんな時だった。


ピピピ!


「あ?非通知?」

俺は怪しいと思ったが電話に出てみる事に。


「もしもし?」

「コチラ、タイムサービスです。今キャンペーンを行っておりまして…」

「あー勧誘とかセールスは、いいんで」

切ろうと思った瞬間だった。


「いいんですか?これは宝くじに当たった貴方だからこそのキャンペーンですよ?」

「は…?何で知ってるんだ…?」

「今貴方は現在に満足していない。そうですよね?」

「要件は何なんです?一体どういう事です?」

「貴方は「はい」か「いいえ」で答えるだけでいいんです」

「…?」

「今の状況を打破したい。そのためなら5億円を払い能力を手に入れたくないですか?」

「ハハハ!何を言うかと思えば!じゃあ失礼します」

「貴方はこの電話の価値を理解していない」

「はぁ…俺が暇だからって怪しい勧誘には乗りませんよ?」

「そうですか…では今から不思議な事が起こったら信じますか?」

「は…? ま、まあできるものなら信じますよ」


「は?」


その瞬間全てが止まった。

スマートフォンは動いており、相手の呼吸は聞こえる。

だが、目の前に落ちるはずだった落ち葉が空中で止まっている。

触れてもビクとも動かない。

後ろにいるおばちゃんもタバコの掃除をしたまま固まっている。


「どうですか?信じていただけましたか?」

「一体何が…!?俺がおかしいのか?時間が止まってるのか!?」

「現在時刻は13時ピッタリですよ。時計の針は動きませんけどね」

「そういう事を聞いているんじゃない!一体どうなっているんだ!」

「これが証拠です。信じていただけましたか?」

それと同時に落ち葉は下に落ち、おばちゃんの掃除の音が聞こえた。


「…これは信じるしか無いようだな」

「ありがとうございます」

「で?5億円を払って何を得るって言うんだ?」

「それは私にも分かりません」

「は?払うだけ無意味じゃないか」

「いいですか?払う事で何かしらの能力を使用可能になる。それだけです」

「…考えさせてくれ」

「今ここで決断をしてください」

5億円。サラリーマンの生涯年収が2億~3億の現代でこの価格はあり得ない値段設定だ。人によっては人生を3周してようやく稼げる金額になる。

それを即断即決なんて俺には出来ないというのが妥当だ。


「エンジ様?エンジ様?」

「あっ…す、すまない。考えていて…」

「申し訳ございませんが後一分で通話が切れます。それまでどうか御決断を…」

俺は脳内をフル稼働させるも考えはNO一辺倒だが、一部でYESを望む声もある。

どうする?どうする?どうする?


「後10秒です。エンジ様」

「…」

「残り5秒です」

「3」

「2」


「分かった!買う!」


「…素晴らしい御決断かと思います。では今口座から金銭をいただきました」

「は?」

「どうぞご確認ください」

俺は急いで通貯アプリを見ると5億円が引かれている事に気づく。

というより入出金の記録が無くそもそも存在していない金になっていた。


「…なぁ、アンタら一体何者だ?」

「何れ分かるでしょう…能力はたった今付与されました。使う際は「回れ」とお唱え下さい。それでは…」

「お、おい!」


ツー。ツー。


「どういう事なんだ…金は無くなるし…ハァ…」

「どうしたの?エンジちゃん」

「いや、なんもないんだ」

「ふぅん?そうは見えないけど…まあ良い事だってあるわ」

おばちゃんはそう言うと店に戻った。

「回れ」という言葉を言うとどうなるのだろうか?不安ながらも人気の無い場所で言ってみる事にした。

身体が強くなるとか?空が飛べるとか?火の球をゲームみたいに出せるとか?

俺には全く見当がつかなかった。


「よ、良し…」

人がいない事を確認して言う事にした。


「回れ…は?なんも起きなくねえか?」

その後何回か声のトーンを変えたり手をそれっぽく前に出したりするものの、何も起きなかった。


「騙された…」

俺はタバコを加えながら煙草屋に戻る事にした。


「回れって何だ…え?」

その瞬間だった。

タバコから煙がモクモクと多量にあふれ出し、タバコの煙がくるくると回りだした。

俺は火をつけてないのにも関わらず溢れる煙に戸惑っていた。


「えっ?えっ?…逆に回ったりとかできんのか?おお!できた!」

俺は煙を動かせるのか?と適当に考えたらそのまま煙の滞留は逆向きになった。


「こ、これは一体どうなってんだ?まあいい。煙よ消えろとか考えれば…本当に消えた…ってタバコがなくなった?」

どうやら煙は俺の意思で増やしたり動かしたり消したりもできるようだ。

能力を使った代償なのかタバコは全て吸った状態になり、ボロボロと無くなった。

ブツブツ呟きながら煙草屋で一吸いしてタバコを3カートン買い帰った。


「ただいま…って誰もいないか」

俺はマンションに帰り、能力を色々試す事に。


「回れ…うん。これはタバコが無いと発動しない能力みたいだな」

「良し…じゃあタバコを手に持って…回れ!」

発声と同時に煙が湧きだした。タバコの煙をふかした時のような濃い煙がモクモクとあふれ出す。


「量を増やせとかできんのかな?煙を増やせ!」

ボワッ!と煙が増えて部屋が煙塗れになるも不思議と煙たくも無いし視界は晴れている。二酸化炭素が怖いのですぐさま換気することにした。


「じゃあ次は…盾みたいな形になって固くなれ!」

煙は形を作り固くなる。


「お?固いじゃん!…ってあれ?なんかもう普通の煙になった…」

エンジは他にも何度か試して能力の特性が分かった。


1.煙は形を作って固くできるが柔らかくはできない

2.固くできても1回触れられる、ナイフ状にして刺さる等の影響が発生した場合煙に戻る

3.歯車の様な駆動するものは作れない

4.煙を使い固体化しても維持は10秒程度

5.タバコ一本につき5回まで能力が使えるが、消えろと命じた場合は即灰化


「うーん。まだまだあるんだろうか?でも5億円払ったけど…これ何に使うんだ?」

俺は全く持ってこの能力の使い道が分からなかった。

街で怖い人が来たら使う?でも今時そんなのはあり得ない。

というか人前でいきなり使ったらヤバイ人でしかない。


「はぁ…なんなんだよこれ…ん?誰だ?」

チャイムが鳴ったため、俺は煙に消えろと命じて玄関に向かう。

恐らくこの前買った飲み物の通販だろうと呑気に向かった。


「はーい」

「お兄さんこんばんは!」

「?…えっと、どなたですか?」

「やっぱり!何も知らないんだ!」

「は?一体なんなんですか…?」

目の前には所謂今時の地雷系と呼ばれるファッションに身を包む少女がいた。

俺はこんな少女と喋った機会も無いし、女性とイチャコラした記憶なんて無い。


「で…その…」

「えーっと…何の様ですか?」

「ごめんね?」

「はぁ?」

その瞬間少女が手をコチラに向けて突き出して言葉を発した。


「回れ!」



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