第7話 シェイド・レグナムへようこそ⑥

 その後、ひとしきりお礼を言われ続けて、精神的に疲弊した櫛奈はアーラの部屋で座り込んでいた。


「はー疲れた……」

「ふふ、ごめんね。パパとママが」

「いや、全然ええんやけどな。ちょっとウチがこういうの慣れてなくて」


 いつもは感謝されても適当に聞き流して、真摯に受け答えてこなかった。多分そのツケが回ってきたのだろう。

 しかしイヤな気はしない。心地良い疲労感に浸かると共に、ふとさっきやり取りして気になったことを思い出す。


「なあ、フェイレス。おるんやろ?」

『ええ、いますよ。よくあの場を能力も使わずに切り抜けましたね』

「ホンマにな! なんやねん一回使用するごとに使用料って。そもそもナンボやねん!」

「まずそこなんだ……」


 アーラが渇いた笑いを上げるが、櫛奈にとってはそこが何よりも大事なのだ。


「当然! これでボラれたらシャレならんからな! で、ナンボなん?」


 姿を現した悪魔に向かって、問いただす。


『まあそう怒らずに。大した額じゃありませんよ。ほんの金貨十枚分です』

「そっかそっか金貨十枚分なら大したことないな……、ってならんわ! 日本円でナンボやねん!」

『百万円です』

「ひゃく……!?」


 それまでの勢いを全て削がれ、言葉を失う。

 そんな櫛奈を意にも介さないフェイレスは、続けて事実を丁寧に語り続ける。


『ですので、今回のやり取りで貴方は《咬我の蛇アンチストロフィ》を一度使用しましたから、金貨十枚。百万円お支払くださいね』


 悪魔のような笑みが見えてくる。というか実際笑っているんだろう。顔がないから、そもそもどんな表情をしているのか櫛奈には見えないが、この自称悪魔は中々性格が悪い。


「いや、百万円なんて、そんなん払えんって……」


 百万円なんて、一介の高校生から見たら大金だ。一応貯蓄はあるので払えないことはないが、生活が苦しくなるのは目に見えている。


『仕方ないですね。それじゃあ体で払ってもらいましょうか』

「か、体って……」

『ええ、それじゃあ頑張りましょうか。異世界労働生活』

「は、え? なんて? 異世界……?」


 お金についてどう支払えばいいのか、頭を巡らせている内に話の展開が転がっていく。


『時にアーラさん。この世界でお金を稼ごうと思ったら、何をすればいいでしょうか?』

「え、え? えーと、依頼をこなす、でしょうか?」

『そうです! この世界には色々と職がありますが、無職フリーターでもお金を稼げる手段があります。それが職業提供連合会リクエストです。貴方はそこでお金を稼いで、ワタシからの借金を返して下さい。それがクシナさんとワタシの契約、取引です』


 契約。悪魔に金を払う、というのがどうやら取引の目的らしかった。その意図は不明だが、櫛奈はもう、流れに乗せられてしまった。


「……もし、払わんかったらどうすんの?」

『大丈夫ですよ。幾らでも待ちます。ちなみに、貴方がこちらの世界でお金を手に入れた瞬間、勝手に引き落とされますから』

「いや自動引き落としかいな。えらい便利やな……」


 どうやら逃げられないらしい。それならもう、心を決めるしかない。もともと、踏み倒すつもりもなかったが。


「……分かった。やる。どうせ逃がしてくれへんねんやろうし」

『それでこそ、神の気質を持った方です』

「からかうの止めてや」

『まさか。ワタシはそのつもりもない発言はしないつもりですよ』

「まあ悪魔やからな、アンタは」

『ええ。信じて下さい』


 悪魔の何を信じろと言うんだか。

 今だ掴めないフェイレスの調子に、やれやれと首を振る。まあ今後も付き合っていく相手だ。今のうちに慣れておかないと精神がもたない。


「それじゃあ、明日もあるしそろそろ寝るか~。アーラ、明日その職業提供連合会リクエストってところに行くから、案内してや」

「もちろんっ。クシナの為なら、何でもやるよ」

「いや、そこまで気ぃ張らんでもいいんやけど……」

「あ、一緒のベッドで寝る? 私は、どっちでも良いけど……!」

「いや、そこまでしてくれんでも大丈夫やって。床で寝るから」

「そんな! これから神様になるのに、床でなんて寝かせられないよ!」

「いや、ホンマ、まだウチ女子高生なんで。多分アーラとそんな歳変わらへんし。神なんて大それた存在じゃないしやな」

「あ、神様だから民と同じベッドで寝るとか良くないよね……。私が床で寝るよ」

「いや壁感じるわ! もっと友達みたいに接して欲しいんやけど!」


 そうこうしている内に、疲れていたのか。

 いつの間にか眠ってしまっていたようで。

 気が付けば見覚えのある天井が、視界に広がっていたのだった。



 現在の櫛奈の借金

咬我の蛇アンチストロフィ=使用回数:1 金額:100万円

合計:100万

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