お金が必要やから、異世界で稼ごうと思うんやけど ―神話の世界でその頃彼女は―
秋草
第0話 神のいない国
神に捨てられた国。
それが自分の住んでいる国だった。
世界にある大小さまざまな国々。それら全てに、神が住み、国民はそれを信仰して過ごしている。
ただ彼女の生まれた国ではそうではなかった。何しろ信仰するべき対象がいない。不在の存在に対して何を敬い、奉仕すればいいのだろう。
ここは神亡き国、シェイド・レグナム。今はいない神の名から付けられたその国は、ゆっくりと少しずつ、だが明確に神の加護を失っていた。
「アーラ。そろそろ時間じゃよ」
「うん、分かってるよ。おじいちゃん」
そんな国だが、牧歌的で美しい緑が広がる落ち着いた景色が魅力的な部分もあった。彼女の住む村は決して人は多くはないが、個々人の人柄は良く国民の間には優しさが満ちている。
アーラ、と。そう呼ばれた少女は今年で十六の歳を重ねる。そんな彼女は風光明媚でゆっくりと時間が流れていくこの村、そしてこの国を気に入っているのだ。
『生贄』として、その身を捧げることになっても、その想いは変わらない。
アーラは先導する祖父の後について、荘厳な扉を開ける。
そこは、教会のようだった。天蓋につけられた窓ガラスから、柔らかい陽光が降り注いで、教会内にある全てを神々しく照らす。
すきま風一つ無いのだろう。キラキラと、空気に漂う埃が美しく舞い踊っている。
時は夕刻。古い伝承では、この時間帯は彼方と此方を繋ぐ瞬間であるという伝えもあるが、いま映るこの景色からは決してそんなことを感じ取らせない美しさがあった。
「さあ、アーラ。こっちじゃ」
祖父の言葉に従い、歩く。
一歩、踏み出す。赤い絨毯を踏みしめ、黒いローブを纏った人々の間を抜けていく。
その人達をちらりと横目で見遣ると、沈痛な面持ちでこちらを見ていた。
全員、この国の人々。それも、アーラと交流があった人々ばかりだ。
みんな、悲しんでくれている。ああ、大切にされていたんだなあ、と。アーラは目頭を熱くする。
壇上に上がると、より彼らの顔が見えた。みんなが一様に辛そうな表情を見せている。今にも泣きだしそうだった。
だが、それでも無理やりにアーラは笑顔を作ってみせる。ふわり、と。壊れてしまいそうな微笑を振りまいた。
アーラはまだ若い。十六という歳となれば、この国では一人前の大人としての仲間入りを果たすことになるが、それでも人間の一生から見ればたった十六年しか生きていない。その矢先に、生贄にならなければならないのだ。
そんな境遇を不憫に思ったのか、黒いローブの一人が声を上げた。
「あ、あのっ。今さらこんなこと言うのもアレですけど……。やっぱり止めませんか? そもそも、よく分からない、怪しい旅人でしかない人間の言うことなんて信用していいんですか?」
「もう、こうするしかないんじゃ。この国は、シェイド・レグナムは。全てを捧げてきた。作物、家畜、貨幣や酒なんかもな。だが、それでも国神シェイド様は見向きもされん。……最後の、手段なんじゃ」
「でもっ。もっと色々と調べてからでも遅くないと思います! お願いです! 考え直してくれませんか?」
「……ダメじゃ。やはり、これ以外にはない!」
シェイド・レグナムは神に見放された。その理由をアーラは知らないが、国の偉い方は国神である『シェイド』を呼び戻そうと色々策を講じていたらしい。
当然だろう。国神がいなければ、神の加護を受けられない。神の加護とはつまり、その国の財政やら経営やら物流など全てを担う一種のステータスである。
それがないというのは、一本の木に根が無いようなもの。
そもそもの土台として神の加護がない国は存在し得ないのだ。
そのことを裏付けるように、神がいなくなってから、シェイド・レグナムという国はどんどん衰退していった。馴染みの行商はシェイドを訪れる頻度が少なくなっていき、国には流行り病が横行するようになった。
神とは、国になければならないシステムなのだ。
国家は民、王、そして神。この三本柱で成り立っているとさえ言われている。
その神が欠けたのだ。どうにかして補おうとするのが、王の務めだった。
アーラの祖父が語った、物での供物は既に捧げている。無論、全て失敗に終わり最後に行き着いたのが、人の、国民を生贄に捧げることだった。
それを提案した流れの旅人曰く、『夕刻に、一番広い教会にて生贄を捧げろ』と。
半信半疑。誰とも知らない根無し草の話など信頼に足るわけなどなかったが、藁にも縋る思いでその方法を試そうと思ったらしい。
そうして、今に至る。
「でもっ……」
「……急がねば、夕刻でなくなってしまう。これで国が生き返るのなら、安いモノじゃ」
祖父の手がアーラの背中を押す。その手が、震えているのをアーラは感じ取れた。
誰もが嫌なのだ。それならなおさら、自分がやるしかない。
彼らの姿、言動、表情を見て、アーラは決意を固めた。
「大丈夫だよ、おじいちゃん。心配しないで」
いつもとは違った、純白で、足元まで隠れるローブを引きずって壇上の真ん中に立つ。
朱色の陽射しは次第にその威光を弱めていく。まもなく、夕刻から宵へと切り替わる。
アーラは瞳を閉じ、両手を組み合わせて、祈った。
――ああ、神様。どうか……。
この国に、救いを――
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