ひとの夢を覗く
鷹見道可
プロローグ
山本の寝息が聞こえる。あいつは最近、鼻詰まりがひどいらしく、時々「ぐぎ」っという音が寝息に交じっている。
僕は寝返りを打った。二段ベッドがキシキシと揺れた。二段目に寝ている僕が少しでも動くと、見た目より古いこのベッドはすぐに音を立てる。まだまだ同じ部屋、それも同じ二段ベッドの上下で寝ることに慣れていなかった頃は、僕が少しでも音を立てると、山本は「おい、うるさいな。静かにしてくれよ」とすぐにでも文句を言ったものだが、今は多少の物音では寝息が止まることはない。
私立K高校に入学して、もう三か月になる。もう夏休みは目前だ。
スポーツの強豪校として有名なK高校は、全国から将来有望なアスリートを集めている。様々な地方から集められている推薦入学生は、全員がK高校の学生寮「希望館」に入寮するのが決まりだった。
僕も、その中の一人だ。I県の強豪サッカークラブでそれなりに活躍し、全国大会にもあと一歩というところまでいった。それまでの実績や今後の伸びしろでつけられる入学時の「特待」評価は、下から二番目の「B特待」だったが、それでも同じクラブチームから声がかかったのは僕だけだった。だから、僕はすごい。入学する前は、そう、思っていた。
だが、入学してからその自信はあっさりと打ち砕かれる。みんな、僕と同じくらいうまい。いや、僕よりもうまいやつも数えきれないほどいる。後から聞いた話だが、スポーツ推薦の生徒は基本的に「A特待」で、「B特待」はほぼほぼ補欠合格であるらしい。(ちなみに「C特待」は一般入試の合格者で入試の成績上位者が選ばれるそうだ)
あれほど楽しかったサッカーが、とたんに苦しくなった。
夜、寝ようとすると、不安になった。僕はこのままで大丈夫なのか? どうせ、レギュラーなんて取れないのに。家を離れてまでここにきて、僕は力の差に愕然とするばかりだ。眠ろうとすると、家を離れるときに涙を流していた母さんの顔が浮かんでしまった。
「あんたはサッカー選手になりたいんだもんねえ、さみしいけど、応援するからねえ」
母さんはそう言ってくれた。
だけど、ダメそうだ。母さん、僕、ついていけそうにないよ。
眠れずそんなことを思っていた。
そんな風にぐるぐると嫌なことばかり考えてしまうので、五月の終わりごろまで僕は眠るのが怖かった。
――でも、今は違う。
今は、眠るのが楽しみで仕方ない。
それは、ある特技を身に着けたからだった。
さあ、今日はどんな夢を覗こうか。
僕は、ついにいびきに変わった山本の寝息を聞きながら、目を閉じる。
ひとの夢を覗く 鷹見道可 @dokatakami
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