第5話:総会議の準備
瑠菜は困っていた。
何をするにもサクラがついてきて行動一つ一つをまねするのだ。
いや、瑠菜が仕事を与えないのが悪いのだ。
瑠菜はついこの間まで一人で仕事をこなしていた。
それはサクラを弟子にした今も同じだった。仕事の量が変わらないため、サクラに手伝ってもらうほどでもない。
だから、サクラが暇しているのは瑠菜も理解している。
しかしながら、行動一つ一つをまねされてはさすがの瑠菜でもうっとうしさを感じてしまう。
今でさえも本部である社長室の廊下でへたくそな尾行をしながら一生懸命についてきている。
(少し遊んであげようかな。仕事も終わったし。)
瑠菜はふと思いついて後ろを勢いよく振り返った。
すると、長いスカートが丸く円を作る。
後ろを振り向くとは思ってもいなかったサクラは急いで物陰に隠れた。
瑠菜は、周りには誰も(サクラ以外)いないことを確認すると走り出した。
腕も振らずにやる気のなさげな走り方だ。
サクラも真似しようとするが、瑠菜のように腕を動かさずに走るのは無理だった。
それどころか、腕をどれだけ動かしながら本気で走っても近づくどころかどんどん距離がひらいてしまうのだ。
サクラは、走るのが遅いわけではなかったため最初は意味が分からなかった。
(あのスカートで、何で走れるの?え?なんで、追いつけないの?)
サクラには瑠菜の走っているところの床が動いているのではないかと思ってしまった。
瑠菜はそんなサクラの様子を見て次の行動へと出た。
「ちょっと、瑠菜さん?」
瑠菜は窓の外へと飛び出したのだ。
本部のマンションは十階建ての一室を借りていて、今瑠菜とサクラがいるのは八階だ。
瑠菜は突き当りの窓から外に出ると近くに生えた木に摑まった。
そしてそのまま木をつたって下へと降りてまた長いスカートをひらひらさせながら歩きだした。
サクラはさすがにまねする勇気はなかった。
そのため、階段を使って八階から一階まで全速力で降りた。
しかし、サクラが下までつく頃には瑠菜の姿は見えなくなっていた。
仕方がないので、サクラはそのままいつもの倉庫のような小屋に行くことにした。
小屋につくと瑠菜がケーキを食べながらコーヒーを飲んでいた。
「いらっしゃい。サクラちゃん。」
あきと楓李もいたがサクラの目にはその二人の姿は入らなかった。
あきの言葉を無視してサクラは瑠菜に詰め寄った。
「あー!瑠菜さん、ひどいですよぅ!窓から飛び降りるなんて!」
その言葉を聞いて楓李とあきは吹き出してしまった。
「ひどいって、なんのことよ?」
瑠菜は知れっとしらばっくれようとしたが遅かった。
「瑠菜?何をしたのかな?」
「危ねぇから窓から飛び降りるのはやめろって言ったよな?」
「そんなに高くはなかったし、骨も折れてないし、いいでしょう?」
「お前の言う骨はすぐには治らねぇんだよ。」
「ついでにサクラちゃん、何階?」
あきに言われて、サクラは小さい声で「八階です。」といった。
(余計なことを、……)
瑠菜がそう思うのも当たり前だ。
あきと楓李は二人して鬼の形相で瑠菜を見て同時に今にも逃げようとしている瑠菜に叫んだ。
「「瑠菜!」」
(あぁ、逃げられないな。)
瑠菜はあきらめてその場に正座をした。
サクラが瑠菜に弟子入りしてから二週間がたとうとしていた。
サクラは瑠菜の行動一つ一つを見よう見まねで覚え、言葉に関しても瑠菜が使う言葉をもとにして意味を自分なりに解釈している。
そのおかげかどうかはわからないが、サクラは少しずつ成長しているのは確かだった。
しかし、その成長も長くは続かなかった。
「真似から基礎は作れても応用はできない。」
瑠菜は昔自分の大好きだった師匠の言葉を口に出した。
(聞いてくれれば教えるんだけどなぁ。)
瑠菜をはじめとした楓李、あきはサクラに対してそう思っていた。
この会社では社員全員がバタバタとしているため、自分から聞きにいかない限り基本的なことは特に教えてもらえないのだ。
全員が全員瑠菜のように毎日おやつの時間や半日暇になるわけではない。
「瑠菜ちゅぁん。なぜ呼ばれたか分かっているわね?」
「何のことでしょうか?」
「そのガキのことよ!クソガキ!」
社長はおかま声で叫びながら、サクラを指さした。
すごく怒っているのだけはすごく理解できた。
「この一週間で五回も服を汚されたのよ!」
「新しい服は透け感を入れた、流行りに乗ったものですか?」
「そうねぇ。それもいいわね。って、そうじゃないわよ!」
(チェ、乗ってはくれないか。)
「次の総会議でその子について話すわ。せっかくのお弟子ちゃん、辞めさせられるどころか追放かもしれないわね。」
いじわるそうな表情で社長は瑠菜をにらんだ。
サクラは瑠菜の後ろであわあわとしているが、瑠菜は堂々とした態度でふっと息を吐いてから一言「そうですか。」と言って社長室を出た。
「瑠菜さん、申し訳ありませんでした。」
サクラは社長室を出てすぐに、瑠菜へ頭を下げる。
瑠菜はサクラの頭をなでながら少し微笑むとため息をした。
「サクラは、私たちのこと信頼していないの?」
「えっ?そ、そんなわけないじゃないですか!」
「でも、私たちにわからないこと、ぜんっぜん聞いてこないじゃない。信頼しているなら、なぜ聞いてこないのかしら?」
「それは、……。」
サクラは言葉を詰まらせたが、少し心配そうな瑠菜の表情を見て言わざるを得なくなってしまった。
「申し訳ないですし、格好悪いです。」
「知らないことを知らないままにするといろいろ勝手が悪くない?簡単なことでもたもたしているほうが格好悪いわよ。それになぜ謝るの?悪いことをしているわけでもないのに。」
「教えてくださるにも時間が必要です。相手の貴重な一分一秒無駄にはできません。」
瑠菜は、自分と似ているなぁ、と感じてしまった。
しかし、しっかり教えることもサクラのためである。
昔の自分が言われたとおり、そして昔の自分へもう一度言うように瑠菜はサクラに言った。
「私からしたら、教える時間以上に、失敗してそれを片付けたり、やり直したり、謝る時間のほうがいらないと思うけど。それに、教えられていれば失敗も減ると思うわよ。」
瑠菜に言われてサクラは何とも言えない表情をした。
「自分が、……それでも自分が何も知らないみたいでいやです。羞恥心のほうが勝ります。」
サクラの本心は、嘘偽りなく瑠菜に届いた。
何も話さないよりかはいいと思うが、ここまでまっすぐに言える子も珍しいと瑠菜は思った。
何も知らないこと、それは恥ずかしいことだとサクラは考えている。
そう考える理由は、サクラの今までかかわってきた人間からだろうと、瑠菜は仮説を立てた。
周りの人間に影響されて育った人間はどうしてもそう感じてしまう。
そういう人間を瑠菜は何人も見てきた。
「そんなことないわ。私たちからすれば、失敗されるよりもよっぽどうれしいし。知らないことをそのままにするのは、すごくもったいないことよ。それに、楓李もあきもね、自分の知ってることを話してその子の成長を見ているのは好きなの。」
瑠菜は明るい声と笑顔でサクラに内緒ね、と伝えた。
「瑠菜さんもそうやって人に何でも聞けたんですか?」
「ある人に、あなたと同じことを言われてからね。」
サクラはその言葉に少し安心した。
(私だけじゃないんだ。)
サクラにとって、それは勇気にもなった。
「瑠菜さん、瑠菜さん!いっぱい質問しますね!」
「楓李とあきにもお願い。」
「はい。もちろんです!皆さんに聞きます。」
サクラは元気に返事をして次の仕事へと向かった。
ルンルンで歩くサクラの背中を見て瑠菜は少しほっとした。
(やっと社長室に近づかなくてよくなりそう。あっ、でも総会議に出えないといけないのか。面倒なことになったなぁ。)
夕方ごろ、瑠菜が仕事終わりにいつもの小屋へ行くとサクラとばったり会った。
「あっ。仕事終わりですか?」
「えぇ。サクラもお疲れさま。」
「瑠菜さんからそんな言葉をいただくわけにはいきません。瑠菜さん、お疲れ様です。」
そんな会話をしながら小屋の中へ入ると、狭い部屋に一つ置かれたソファの上に楓李がスマホ片手に寝転がり、あきが自分の机でお菓子を食べながらお茶を飲んでいた。
「おかえり。神様、なんて言ってた?」
あきがそう言うと、瑠菜はため息交じりにあきを指さした。
あきは意味が分からずに首をかしげていると、サクラが目を輝かせてあきに飛びつく。
「あきさん、あきさん。神様って何のことですか?宗教に入っている人がいるんですか?」
サクラは前かがみになり、あきにさっそく質問攻めをした。
「え?あぁ。神様は、社長のことだよ。サクラちゃんからこうやって聞かれるとは思わなかったなぁ。ほら、社長の本名、上代でしょ?だからみんな神様って呼ぶんだ。弟子の身分だとあんまり本人の前では呼ばないようにしたほうがいいかもしれないけど。」
あきがサクラの頭をなでながら丁寧に教えると、サクラは嬉しそうにした。
雪紀が、よいことをすると頭をなでてくれるため瑠菜も、あきも楓李もついつい撫でてしまう。
(あっ、みんな癖づいてるんだ。)
とそれを見た瑠菜は陰ながらに思った。
「ありがとうございます!」
「はぁ、で?カミの奴なんて?」
楓李はかったるそうに聞いているが、心配してるのだと瑠菜は思った。
「総会議で話し合うって。ワンチャン追放。」
「そうか。」
「さすがにないと思うけど、まぁ私の行動次第ってとこかな。」
瑠菜がお菓子を食べながら軽く説明する。
「じゃぁ、久しぶりに行くんだ。」
「行かないっていう選択肢はないからねぇ。」
あきの言った言葉に瑠菜は冗談っぽく返したが、心底めんどくさそうなのは隠せていなかった。
サクラは、ここにいる全員行きたくないのだろう、と感じとった。
「あの、総会議って何ですか?私どうなっちゃうんですか?」
「総会議って言っても、パーティーだよ。」
頭がぐるぐるとなっていそうなサクラにあきは丁寧に説明した。
「一年に何回か、階級っていうのを持つ人が集まって情報交換をするんだ。もちろん、おいしいものを飲んだり食べたりもできるよ。ついでに言うと、瑠菜はずっとサボってたの。」
「おいしいもの……、私行きたいです!」
「はいはい、どれだけいやだといってもつれていくわよ。弟子はふつう連れて行かないし、連れて行ってもゼロから三人までだけど。」
別に一人しかいないし、というように三人はサクラを見た。
「瑠菜、明日だろ?」
「そこよね。」
「瑠菜、あきらめも大切だよ。」
サクラはどう見てもパーティーには合わなさそうな子だ。きちんと礼儀やしつけがなっていない。
ほかの人はこういう子を絶対に連れて行かない。自分が下に見られてしまうからだ。
階級がつくと、急に相手を蹴落とそうとする者がいる。
そういう人たちに目を付けられないように格を上に見せるのが普通の考えである。
「敬語もあやしいけど、サクラ、ドレスとかって持ってたりする?」
瑠菜に聞かれてサクラは首を横に振った。
その反応に対し、予想はしていたのにもかかわらず、全員がため息を吐く。
「よしっ!今日買いに行きましょう。」
瑠菜がため息をかき消すように勢いよく言った。
「はぁ?おい、瑠菜!」
「やったぁ!選んであげるね。サクラちゃん。」
「えっ?いいんですか?あっ、でもお金。」
「私が出す!」
「瑠菜!」
「おぉ、瑠菜太っ腹!」
楓李が怒るのも無理はない。
というか、必死に瑠菜を止めようとしている。
瑠菜は、基本的な収入は少ないが、びっくりするくらいお金を貯めるのが上手なのだ。
しかし、使うと決めるとそれを使い切るまで買い物をしてしまう。
「ほら、楓李さんも行きましょ!」
「行こう、行こう!」
あきとサクラははしゃいでいるが、楓李は頭を抱えたくなっていた。
街につく頃には、夕方の四時を回っていた。
小さなお店が並んでいて、人が多いわけでもない。
「ここ、私がよく来る店よ。」
「えっ?る、瑠菜さん?」
「瑠菜、ここ入るの?」
「……。」
サクラとあきが一歩後ろに下がる中、楓李はハァ、とため息をついた。
「こんにちはぁ。」
瑠菜が中に入り、その後ろから三人が顔を出した。
店の中には、いかにもぼったくりそうなおばぁさんと、体格の良い男が二人立っていた。
奥にも部屋があり、そこはカーテンで仕切られていて見えないが、この人たちの居住スペースだろう。
「瑠菜様。今回はどんなご用件で?」
おばぁさんは瑠菜にわかりやすくごまをすった。
「この子に合うアクセサリー探しよ。」
瑠菜がサクラを指さすとおばぁさんはサクラをじっと見つめた。
腰を抜かしてしまう一歩手前で瑠菜の腕に必死にしがみついているサクラに値段をつけているようにも楓李は感じた。
「名は?」
「サクラ、です……。」
震えながら答えるサクラに選ぶ価値がないと判断したおばぁさんは、作り笑顔を顔に張り付けながら入り口近くのアクセサリーを瑠菜の目の前に並べた。
「それならこんなのはどうでしょう?」
おばぁさんが持ってきたものはサクラの花をモチーフとしたもので、宝石がキラキラと輝いているものばかりだ。
「キレイ……。」
サクラも宝石に負けないくらい目を輝かせながら言う。
「どれがお気に召しますか?サクラ様。」
おばぁさんがせかすようにサクラに聞くとサクラは首を横に振ってから頭を下げた。
「ごめんなさい。サクラの形はちょっと……。」
「なっ?」
「おばぁちゃん。これちょうだい。」
普通に考えて、自分の名前が相当気に入っている人以外はわざわざ自分の名前の入ったものは選ばないだろう。
おばぁさんはサクラの態度に何か言いかけたが瑠菜が話しかけたためまた猫を被ったような態度に戻った。
「楓李、どう思う?あのおばぁさん。」
「さぁな。」
楓李が珍しく宝石を見に行ったのを見て、あきはサクラのほうに近寄った。
どう見ても高そうな宝石や宝石のついたアクセサリーばかり並んでいて、いつもみたいにサクラに壊されては困るためだ。
「これがいい。瑠菜さん!いい?」
「えぇ。いいわよ。」
三十分ほど歩きまわってサクラは一つの髪留めを手に取った。
イチゴをモチーフにしたもので、パーティーやドレスには合わないような髪留めだが瑠菜は気にすることなく許可を出した。
もちろん、お金を払うのは瑠菜なので却下することもできたが、あきの体力的にも許可するほかなかったのだ。
「あき、サクラ。帰るわよ。」
「楓李は?」
「まだここにいるって。」
サクラは初めて自分の師匠に買ってもらった髪留めを見て目を輝かせていた。
三人は楓李を待つために店の前にあるカフェに座る。瑠菜がコーヒーを選ぶ中あきとサクラは甘ったるそうなジュースを選ぶ。
「よくそんな苦いもの飲めますね。」
「甘ったるいものは好みじゃないのよ。別に飲めないわけじゃないけど。」
瑠菜がそんな会話をサクラとしているとき、楓李は悩んでいた。
楓李の目の前には指輪が二つ。片方は水色と緑色の宝石のついたもの、もう片方は瑠菜もよくつける赤とピンクの宝石がついたものだった。
赤とピンクのアクセサリーは瑠菜によく似合うが、寒色系の色も似合うのではないかと楓李は考えていたのだ。
「まだ選ぶのかい?早くしておくれ。」
「なぁ、どっちがいいと思う?」
「さぁねぇ、あんたは寒色系の色が似合うと思うけど。人にあげるんなら、本人に聞きな。」
「うっ……。」
楓李はじっと二つの指輪を眺めたのちに、そっと片方に手を伸ばした。
一か月はもやしを食べる生活になりそうな額だったが、気にしないようにした。
「瑠菜、お待たせ。」
「あー。やっと来た。」
「遅いですよぉ!楓李さん!」
「わりぃ、わりぃ。」
楓李は文句を言うあきとサクラに軽く謝りながら空いている椅子に座った。
あきとサクラが瑠菜の横に座っているため、瑠菜の正面に座ることとなったがまぁいいかと楓李はため息をついた。
「何をため息が出るほど真剣に選んだのですか?」
「ねぇ、何買ったの?」
「なんも買ってねぇよ!」
「「うっそだぁ!」」
あきとサクラは何度も何度も楓李に何を買ったのかを聞いたが楓李は適当に受け流した。
楓李がちらりと瑠菜のほうを見ると、瑠菜はスマホを眺めたままで楓李が来たかどうかも気づいていないのではないかと思うほどだった。
指の動きから誰かとやり取りをしているようにも見える。
「あっ!瑠菜さんにプレゼントですか?」
「えっ?抜け駆けはだめだって言ったよね?楓李!」
「ちがっ!つか、なんでそうなんだよ!」
「瑠菜さんが、本音を知りたいならその人の視線と言葉一つ一つから探りなさいって。」
サクラは瑠菜から教えてもらったことを試していた。
そんな中、楓李は瑠菜のことを見て適当に返事していた。
そりゃ、本音の一つや二つ漏れ出していてもおかしくはない。
(こいつ……まぁ、瑠菜の弟子ならこのくらい……。うん……。)
「楓李?」
あきがぷんすか文句を言っているが、楓李はそれを聞かずに瑠菜に助けを求めようとした。
「瑠菜さん!瑠菜さん。プレゼントですって!」
瑠菜は、楓李のほうを軽く見てため息交じりにサクラの頭をなでた。
「サクラ。えらいねぇ。よく覚えてたね。でも、私の方見てただけで私のだとは限らないでしょう?それより、この近くで通り魔ですって。ここの道にも来るかもよ?」
瑠菜は楓李の助けをくみ取ってサクラのテンションを落ち着かせながら言った。
そして、その言葉はサクラのテンションを下げるには足りすぎるくらいだった。
「ひっ!は、早く帰りましょう!」
「はいはい。」
ここは、犯人が逃げ込むには適した道だ。人通りが少ないというよりないのだ。
だれ一人歩いていないし、店もシャッターが閉まった店が多い。ここへ逃げ込めば、逃げやすいのは確かだ。
「はやく帰りましょう。変に巻き込まれたくないわ。」
「そうですよ。はやく!」
「ちょっと待って。きれいに片付けるわよ。」
サクラは怖いからかあきと楓李の袖を引っ張っている。
ゆっくりとあきとサクラの食べたものを片付けて帰る準備をする瑠菜と、あきに早くしろという目でじっと見るサクラを見て見ぬふりをしながら、瑠菜は自分のスマホを見た。
(五時過ぎ……)
(瑠菜に通り魔が出たという情報が出たのは五時前。そんなに優秀な会社ではないということを考えると、事件が起きたのはその十五分前くらいが妥当だろう。)
あきと瑠菜はほぼ同じことを考えていた。もし、後ろから襲われる可能性がゼロでないなら、ここを動かないほうがよい。
「瑠菜。後ろ見ろ。」
ふと楓李に言われ瑠菜は後ろを振り返った。
誰もいない、静かな通りを猛ダッシュで走る人物。
店はほとんどがシャッターが閉まっているため、ここを急いで走る人は他の目的で走るだろう。
一人の男が包丁を持った手で瑠菜たちのもとへと近づいてくる。
もちろん、瑠菜たちはそのまま見送るつもりでいたが、相手は目撃者を一人も残したくないらしい。
店のほうへ向かって、というより瑠菜へ向かって刃を振り下ろした。
「瑠菜さん!」
サクラが叫ぶと、瑠菜はサクラを抱きかかえてから地面に倒れこんだ。
「瑠菜、雪紀さんに連絡しろ。」
「わかってるわよ!」
楓李とあき(九割楓李)が犯人を捕まえようとするが、男のほうの力が強いらしく、ぎりぎり押さえつけているような形となってしまっている。
「うっわ、る、瑠菜!」
唐突にあきが叫んぶ。
瑠菜が振り向いたときには、もうすでに男の持つ包丁が瑠菜の目の前にあり、瑠菜がよければサクラに刺さるだろうという時だった。
「ひぃっ!」
「はやいわね。」
サクラが目をつぶって、なかなか自分に包丁が刺さらないことを不思議に思い目を開けるまで、ほんの一瞬程度だった。
「えっ?」
見渡すと、かしゃんという音とともに二、三件離れた店の前に包丁が落ちたところだった。
「ったく……。」
包丁を持っていた男は、見たことのない美形の男に押さえつけられていた。
前髪で顔が隠れているが、カッコいいという雰囲気を醸し出しているその男は何やらぶつぶつと文句を言っているようにも見える。
「る、瑠菜さん!瑠菜さん!」
「はぁい。」
「瑠菜さん。」
路地裏のようなところからひょっこりと瑠菜が顔を出すと、サクラは心底安心したような表情をした。瑠菜は、にこにこと笑いながら抱き着いてきたサクラを慰めるように頭をなでる。
「よかったねぇ。怪我がなくて。それにお兄、どこにいたの?結構早かったわね。」
「ちょうど、ここの横の通りを通ってたんだ。」
「お前らが遅くて心配だったから。」
「ケイ兄。来てたんだ。」
「久しぶりだね。瑠菜ちゃん。変わってないね。」
「この前も会ったでしょう?」
「そうだっけ?」
サクラは全く会話についていけず、しどろもどろしていた。もちろん瑠菜の後ろに隠れたままだ。前に出て行ったり、瑠菜の横に並ぶことができるほどサクラは人なれしていない。
「あー。僕はケイ。こっちは君の師匠の師匠の雪紀。一回あってると思うんだけど、覚えてないか。一瞬だったし。なんかあったら、相談してね。なんでも助けてあげるから。」
「お前は甘いんだよ。ケイ。ふーん、お前がサクラか。」
「は、はいっ!」
「バカな主を持つと苦労するなぁ。ま、がんばれ。」
「ちょ、誰がバカですって?」
瑠菜は雪紀のその言葉を聞いて、雪紀に文句を言う。
(仲いいなぁ。)
「もともと恋人同士だしね。あっ、今雪紀が言った意味はあいつを見捨てず必死になってついて行け。ってことね。」
「えっ?って、恋人同士なんですか?」
「前ね。もう五年位前かな。瑠菜ちゃんがいじめられて、年の差もあるからってことで別れたんだ。あっ、これ内緒ね。」
サクラは頭の中で計算した。
計算した結果、絶句してしまった。
いまだに彼氏一人作れていない自分に比べて、瑠菜は小学生の時点で年上の彼氏を作っていたのだ。
(うわぁ。)
サクラはいまだになかのよさそうな二人を見て、大きなため息が出かけた。
「楓李とあきは気失ってたからもう僕が乗せたよ。サクラちゃんも行こうか。」
「はい。行きます。」
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