瑠菜の生活日記

白咲 神瑠

第1話:あの日

「あなたは……誰?」








「おにぃ!まだ?ねぇってば!」


 明るい声が響く朝。高校の制服を着た瑠菜という少女が部屋の扉を開けた。


「うるっせぇ。るな……」


 寝ぼけた頭でいらつきながら言い返すのは、雪紀という二十代の男である。とても美しい顔をしていて、男からも女からもモテるという前代未聞の男だ。ある一定の人々からは人間国宝とも呼ばれている。


「おにぃ!おーきーて!」


いつもいつもこうやって起こされる雪紀は、ムッとしたまま起きて瑠菜を学校へ送り届ける準備をする。

 瑠菜は、公立の高校に通っている。いつも朝早くから起こしに来る瑠菜を車で送り届けるのが、雪紀のモーニングルーティンなのだ。一方、学校さえなければこんな時間に起きたりしない瑠菜は雪紀を起こしながらも眠くて眠くてしょうがないらしい。あくびをしたりもしている。


「おはようございます。朝食の準備をして待っていますね。」


 女の子のような中性的な声に雪紀は、「あぁ。」とだけ答える。

 この子は、しおん。女の子のような声で、見た目も女の子のように見えるが、この子は男の子だ。本当に、見た目だけは、可愛い女の子に見える。雪紀の家に急に来て、住み込みで家事をしている。


「しーくん、しーくん。今日の料理も、おいしかったよ。ありがと。」

「はい。瑠菜さんにそう言われるとうれしいです。」


 中学生でありながら、料理は高級ホテルのシェフではないかと思うくらいのできだ。

 瑠菜はしおんにそれだけ伝えると、仏壇の前に座り手を合わせる。心の中で「いってきます。」と一言言うと、すっと立ち上がった。しかし、瑠菜は動かない。


「瑠菜。」


雪紀に呼ばれてやっと、後ろを振り返った。


「あっ、おはよ。楓李。あき。」


 部屋から出てきて、自分の後ろに立っていた二人の男を見て瑠菜はニコッと笑う。二人も少し微笑んでから。


「おはよ。いってらっしゃい瑠菜ちゃん。」

「はよ。」


と返事をする。その言葉に少しほっとしながら、瑠菜は学校へ行く。







 


 瑠菜から、楓李かえりと呼ばれた男はぶっきらぼうな性格だ。それに比べて、あきと呼ばれた男は愛想の良い王子のような性格だ。二人は真逆な性格だが、顔が良いため、やっぱりモテる。


 雪紀の姉にきぃちゃんという人がいる。

その人が、勝手に雪紀、あき、楓李ともう一人をアイドルグループのオーディションに応募されたことがあった。

そのとき、まさかとは思ったが全員合格してきたのだ。

しかし、やる気の無い四人は辞退して帰ってきた。

瑠菜は、今でも心底もったいないと思っている。

なぜやらなかったのかと聞くと、

雪紀は、「面倒くさい」の一点張り。

楓李は、「なんでも。」とはぐらかし、

あきは、「君のためだよ。」と口説いてきた。

瑠菜は、その三人の言葉を聞いて心底あきれた。


 瑠菜は、モテたくはないと思うタイプの人間だ。

それでもバレンタインデーには、箱いっぱいのチョコが雪紀の家の玄関を埋めるほど届く。

雪紀の家は、決して狭くはない。

広い家だ。

 なぜそんなに届くか。

理由は一つだ。

瑠菜が、多才なのだ。

絵を描けば、写真と間違えるほどの絵を描き。

物語を作れば、誰もが読みたくなる物語を書く。

色彩能力が高く、生け花も綺麗に生ける。

勉強も運動も上の下ほどで、教えろと言われれば、県の中で一番くらいには出来る。

歌えば、鳥のさえずりのような声で歌い、舞を踊れば、蝶のようだ。

ただ目だちたがらないだけ。

人助けをしても、雪紀に押しつけて、逃げていく。

配信もしているが、雪紀の弟のひかるの作ったアプリで課金をしなければ見られない設定にする。

たまに、無課金も見られるようにしても月に一回、あるかないかだ。

それでも一回の最高視聴率は百万人突破という偉業を持つ。

それがあった後から、一回を一万人しか入れない設定にしてもらっている。

瑠菜は、普通でいたい。

目だちたくはないのだ。

メイクで顔を中の下にまで落とす。

一重まぶたにするだけでも印象は天と地ほど変わる。


 人間国宝のような雪紀の妹なら当たり前?

いやいや、あの二人は兄弟ではないですよ。

近所のお世話をしてくれるおっさんと、子供くらいの関係だ。

 雪紀が高校生の頃、瑠菜は小学生で雪紀が高校の勉強をしているとよく邪魔をしに来ていた。

小学生なのにもかかわらず、微分やら積分やらをすらすらと解く瑠菜を、雪紀は面白がって大学の過去問やらなんやらを渡していたのだ。

普通なら解けないのにほぼ満点取るものだから、雪紀はどんどん難しい問題を瑠菜に渡した。

その時の雪紀は、自分の教え方がいいのか、はたまたこのチビの頭が良いのか分からなかった。

 だが、雪紀は思ったのだ。

このチビは使える。と。


雪紀は祖母の経営している会社に入ることが幼い頃から決まっていた。

雪紀も瑠菜と同じで、天才だった。

一度見たものは頭の中に一生残り続ける。

教科書も、問題の答えもだ。

それが雪紀の能力だ。

 雪紀は、瑠菜を弟子に置いて仕事の手伝いをさせた。

資料整理から片付け、客にお茶を配らせたりと、小学生から仕込んできたのだ。





 


「なぁ、あき。」

「ん?」


白の王子ことあきは、赤の王子こと楓李の呼びかけに笑顔で答える。


「あいつさぁ…、まだ忘れられないのか?」


少しさびしそうな楓李に対して、あきは思った。


(こんな姿を女の子が見たら大事になるんだろうな。)

「さぁね。知らないけど、さびしいの?」

「はぁ!ばっ、違っ!」


楓李は挑発には乗るが、すぐにさびしそうな表情に戻る。捨てられた犬のように、しゅんとする。


「まだ一年経ったばかりだしね。」


あきは、付け加えるように言った。

二人が瑠菜の虜であることはいうまでもない。


「お前ら仲いいなぁ。」


瑠菜を送り届けて帰ってきた雪紀が、落ち込んでいる二人をあきれた目で見る。


「お前ら、瑠菜とは別れたんだろ?」

「兄さんだって。」

「俺はもう諦め着いてるよ。」


この三人瑠菜の元彼である。

別れた理由はすべて瑠菜がモテすぎたことが原因だ。

瑠菜は、誰かと付き合っても申し訳なくなり、別れへの片道切符を渡す。

 瑠菜は、人を動かすことが得意だ。

その片道切符を持たされると、気づけば「別れよう。」と言われても首を縦に振ることしか出来なくなる。

 この男達も気づいた頃には後に戻れなくなっていたのだ。

だが、諦めの悪い三人は、どうやって瑠菜を落とすか今でもこうやって近くにいて試行錯誤を繰り返している。


「あいつは、心配しなくても大丈夫だろ?」


雪紀は、瑠菜に対しては大丈夫だと言える。それだけ信頼はしているのだ。


「今からお前らに良いことを教えてやろう。」


そう言うと、雪紀は、ニッと口の両端をつり上げた。

しおんは、雪紀の朝食を持ってきたまま


(また瑠菜さんに、嫌がられるようなことしてる。)


と心の奥でため息をついた。







 

瑠菜はぞわっとした。

ただ学校で(雪紀の家の地下から引っ張り出した)本を、読んでいたのだ。

その本の内容は、ラノベ。

瑠菜は、ミステリーなどを読んでいると犯人がすぐにわかってしまい、よく雪紀と一緒にテレビを見ていて怒られている。

瑠菜自身も、最初はすごいと思っていたが、最終的にはつまらないと感じ始めていた。

そこから、現実ではあり得ないようなことが書かれているラノベ本へと傾いたのだ。

ついでに言うと、恋愛小説も興味ない。


「なんか嫌な予感がする。」


瑠菜は、ボソッとつぶやいた。

高校二年生のもう6月が過ぎている。

それなのにもかかわらず、学校には知らない顔ぶればかりだ。

瑠菜の記憶は長く持たない。

今回も、まったく昨日の記憶が無い。

いや、その前の記憶もない。

高校1年生の6月から、まったく覚えがない。

覚えるのも早いが、忘れるのも速いのが瑠菜の長所であり短所である。


「瑠菜ちゃん!」


一人の女の子が、話しかけてきた。

朝みたメモの情報と彼女の特徴から名前を導き出す。


「あぁ。葵ちゃん、おはよう。」


ニコッと挨拶をすると、彼女はうれしそうに教科書の問題を指さす。


「昨日のところ分かった?あの数学の。私さっぱりでさ!」

「ん?あ、これね。分かるよ。教えようか?」

「やったぁー!」


すごく明るい子である。

瑠菜もネガティブではないが、度を超してポジティブだなぁと感じる。


(あとでメモしておこう。)


人の情報はできるだけメモをして、忘れた後の対処に役立てる。

瑠菜の記憶は戻るときには小学六年生まで戻る。

それで一番苦労したのは人間関係だ。

そんなことがないよう、毎朝自分の名前と日付を口に出す。

あっていたら良いが、言えなかったり間違えれば、メモを見て覚えてから家を出るのだ。

あきと楓李には、全日制は止められた。

あきも楓李も勉強する必要はないと通信制に通っている。

瑠菜は家にこもりたくなかったため、公立の全日制を選んだのだ。

ただし一つだけ、雪紀との約束をして高校に通っている。

それは盗聴器を持って行くことだ。

瑠菜を含め、全員が持っていて聞くことも会話も出来る。

これは、雪紀の弟のひかるが作ったものだ。


ひかるも瑠菜と同い年の男の子だが、ほとんど会わない。

彼は雪紀の家に五年生から住み始めている。

引きこもりで、その時からずっと引きこもっている。

その代わり、スマホやタブレットなどの、電子機器をいじったり作ったりしている。

そのひかるが作ったものを持って瑠菜は学校に行く。

帰りもそれで呼べるので、ある意味楽しみだったりする。






 

「ん~。終わったぁー!」


放課後瑠菜は雪紀の家に行くと人が来ていた。


「やぁ、瑠菜ちゃん。」


茶髪の見るからに優しそうなお兄さん。


「ケイ兄。来てたんだ。」

「うん。ちょっと呼ばれてね。」


ケイは、雪紀の幼なじみだ。

雪紀とは、まったく正反対だ。

そんなケイの指さす方向を見ると、めずらしくひかるが部屋から出ていた。

それだけではなく、あきと楓李が正座してひかるの横に並んで座っている。


「どうかしたか?」


雪紀が後ろから来て瑠菜に問いかける。


「私宿題やらなきゃ…。」


瑠菜は自分の勘を信じてその場から離れようとする。


「「まって!」」


あきと楓李の声が重なる。

ケイもこれには苦笑いで雪紀を見る。

雪紀も大きなため息をした。

すると、


「そんなんじゃあ、ダメに決まってんでしょう?」


長くとがった爪にはネイルが綺麗に施されている。

髪も綺麗に巻かれていて赤茶色に染められている。

きれい系で、男がたくさんいそうな見た目の……


「きぃちゃん。」

「ねぇちゃん…」

「嫌そうにしてんじゃないわよ。馬鹿弟。やっほぉー!瑠菜ちゃん元気?」


きぃちゃんと呼ばれた女性はまるでレッドカーペットでも歩くかのように堂々と歩く。 

一歩一歩とあきと楓李のちょうど間に立つ。


「下手ねぇ。相変わらず。どうせ告白でもしようとして二人して声かけたんでしょう?それに雪紀。この二人にも、私の瑠菜ちゃんにも婚約は早いわよ。」

「えっ?」


瑠菜は気づいていなかったが、雪紀はきぃちゃんに背を向けながら釘をさされて、なにも言えなくなった。


「ついでに瑠菜ちゃん。今恋人は?」

「え……。いないわよ。悪い?」

「良かったじゃない。二人とも。」


安心する二人とニヤニヤと茶化すきぃちゃんに瑠菜はいう。


「無理して付き合わなくていいよ。二人とも。どーせ、おにぃになんか言われたんでしょう?」


瑠菜は鈍感だ。

いつも通りに感じて、二人はさらに安心した。

瑠菜は一言それだけを言って、そのまま自分の部屋へ戻った。

ベッドに横になり足をパタパタさせた。

真っ赤になった顔をなんとか落ち着けさせたくて、ドクドクと今にも飛び出しそうな心臓を押し込む。

窓を開けてその横に座って息を吐く。


「こはく…。」


瑠菜は無意識にその名前を口に出していた。

ぽろぽろと流れ落ちる涙をそのまま垂れ流しながら上を見る。

ドアの前でその言葉を聞いているのがいるとも知らずに。


チロリロリン♪


とスマホが鳴ると瑠菜は肩を跳ね上がらせた。

スマホを開くと、きぃちゃんからのメッセージがこれでもかというくらい届いている。


「女子会しましょ。」


という誘いの連絡だった。

断ろうとしたその時、


 「おいしいもの。用意してあげるわよ。」


 五秒考える前に、指が勝手に返事をしていた。


 「行く。」

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